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「お世話になりました。代金はここに」
「はい、確かに。お大事にしてください」
最低限のやりとりで手続きを済ませ、二人は病院を後にした。ロベリアの体調はまだ万全ではなかったが、薬を飲み暖かい場所で少し休めたため、顔色は随分と良くなっていた。
「馬車で来ることも可能だったんだが」
途中でロベリア用の傘を購入し、二人並んで人気のない路地を歩きながら、ルシオンは申し訳なさそうに呟いた。
「いいのよ、昔から歩くことは好きだもの。幸い靴は、まだ丈夫ですし」
ロベリアは自らの足元を見て答える。その足には少女が履くものとは思えないが、確かに丈夫なブーツがはまっていた。
「服以外にも、身の回りのものを色々揃えなくてはいけないな。幸い、私には多すぎる金を与えられているからね」
ルシオンは三男であるため、家督を継ぐことはない。しかしながらルシオンの住む街には、次男以降にも、独り立ちしていくために必要な資産を用意しなければならないという習わしがある。そしてルシオンは厄介払いのために必要以上の金を与えられ、一族から見放された。
「あなたの周りに、あなたを理解する人はいなかったのね」
水溜りをはじきながら、ロベリアは悲しげに言った。頭の良い彼女は、ルシオンの口ぶりからおおよその境遇をすでに察しているのだ。
「おかげで、変な決まりごとに縛られたりせず自由にやらせてもらってるよ。君を探せたのも金と時間があったからだ。ある意味、運が良かったのかもしれない」
「もう、強がって無理に笑顔を作る必要なんてないわ。私はあなたのことをよく分かってるし、お母様も、私を理解してくださったんだもの、あなたも受け入れてくれるわ」
ロベリアの優しい言葉が、この世に再び生を受けてからずっと孤独だったルシオンの心に響く。
「君に出会えて、本当に良かった」
過去から今な引き継がれてなお一層深くそう感じた。ロベリア微笑んで、私もと頷いた。
しばらく雨の中を歩き続け、街並みが急激に荒れ始めた頃、ロベリアは目的地はもう少し先であることを伝えた。
すると突然、後ろから複数人の水を弾き走って来る音が聞こえ、ルシオンは瞬時に振り返りロベリアの前に立った。足音達は二人の前まで来るとぴたりと立ち止まる。
「うお! 誰だお前っ」
「だれだれ?」
「お姉ちゃんの知り合い?」
ルシオンは目の前の光景にたじろいだ。そこには、ロベリアより遥かに幼い五人の子ども達が、全身雨に濡れていることを一切気にせず、興味津々という表情で二人を見つめていた。
「ふふ、驚かせちゃったわね」
ロベリアはルシオンの横に並び、楽しげに言った。
「まずはこの子達の紹介から。と言っても見たまんまなんだけど、この辺りに住んでいる子ども達で、そのうち二人はうちの孤児院で見てる子ね。みんなとっても仲良しで、よく私も一緒に遊ぶの」
子ども達はロベリアが紹介している間もルシオンが気になって仕方ないのか、上から下までじっと観察したり、ルシオンの周りをぐるりと一周したりとせわしなく、ルシオンは照れくさいような気まずいような、とにかく見定められているようで落ち着かなかった。
「あ、分かったあ!」
一人の女の子が声をあげた。
「この人、お姉ちゃんが言ってた人でしょ!」
女の子の発言をきっかけに、子ども達はざわざわと相談を始めた。お話の、夢の、と言った単語だけがルシオンの耳に届いてくる。ロベリアはルシオンと子ども達を交互に見つめ、おかしくて仕方がないというように笑っていた。
「はいみんな注目」
ロベリアが手を叩いて言うと、皆一斉にロベリアを見た。よく統率が取れており、この辺りの子ども達のまとめ役がロベリアであることは一目瞭然だった。みんなのお姉ちゃん、なのだろう。ロベリアが子ども達を愛していること、また子ども達がロベリアを信頼していることがその場の空気から感じられた。
「紹介するわ。この方はこことは違う街の貴族様です。でも、ここの街のえらーい人とは違って、みんなと仲良くなりたいって思って、ここまで来てくれました。でも、今すぐには遊べないから、また明日いつもの場所に会いに来てくれるかな?」
子ども達は、はーい、と声を合わせて返事する。その様子を見てやっとルシオンも落ち着いてきたのか、ロベリアの言葉に続いた。
「はじめまして、私はルシオンと言います。でも、みんなの好きなように呼んでくれたら良いよ。しばらくこの街にいるから、みんなよろしくね」
「呼び方だって。お姉ちゃんよりもお兄ちゃんだから……お兄さん?」
五人の中では一番大きい男の子が言った。それを皮切りに、皆が口々にお兄さんと呟く。どうやら、それで決定したようだ。
「お兄さん、明日絶対きてね。みーんなで待ってるからね」
「ばいばいお兄さん、お姉ちゃん」
そして五人は、再び勢いよく駆け出し、雨の中に消えていった。




