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翁は語り終えると、最後に自らも確認するよう付け加えた。
「彼は、心優しき良い男であった」
そうして瞳を伏せ黙り込み、髭を弄ぶ。ルシオンもロベリアも、何か言葉をっすることはなく、ただ戦に自ら身を投じた若き男の記憶を持つ目の前の老人を見つめていた。
しばらくして、騒がしい足音が聞こえてきたかと思うと、部屋の扉が勢いよく開かれる。
「翁、少し聞きたいことがあるんだが」
「全くお客人がいらっしゃるというのにお主らは忙しないのう。分かった、すぐ行くよ」
翁は机に立てかけていた杖を手にし、体の向きを変えゆっくりと椅子から立ち上がる。そのまま、呼びに来た村人の元まで行き、扉の前で一度振り返ると、視線の先に二人の旅人を捉えた。
「いやはや、申し訳ありません。じっくりお話しすることもできず」
二人は、翁が立つのと同じ時に起立しており、並んで翁を見送っていた。
「いえ、貴重なお時間を割いていただきありがとうございます」
ルシオンが礼を言うと、それに合わせて二人でお辞儀する。
「どうぞ、私の話は自由に使ってください。後のことは村の者に任せますので。二人がこの先も無事に旅を続けられますこと、お祈りしております」
翁は一礼し村人とともに部屋を出て行く。足音が遠くなってなお、二人は頭を下げ続けた。やがて、あたりが静寂に包まれた頃、どちらともなく体を起こす。
「強いのは、記憶の彼だけではありません」
ロベリアが、翁の出ていった扉を見つめそう呟く。
「そうだな。あのご老人……翁も、立派な方だ。人殺しの記憶を持ってなお、あの様に聖人の心を持った方がいらっしゃるとは。恐れ多いよ」
ルシオンも同意し、そっとロベリアの手を取ると、優しく包み込んだ。
「どうしたのです、急に」
苦笑するロベリアに対し、ルシオンはいたって真面目に返す。
「急に、愛しく感じられたから」
「安心して、私はどこかへ行ったりしませんよ」
「そうだね……」
ロベリアは努めて明るく微笑みかけるが、しかしルシオンの瞳から不安が消えることはなかった。
「だいたい、先にいってしまったのはあなたの方よ」
わざと怒ったように振舞ってみるも、ルシオンの様子は一向に変わらず、まるで今にでもロベリアが目の前からいなくなってしまうのではないかというような顔をしている。
「ごめん。もっと早くに、君を見つけたかった」
「そんなこと言っても、過去は変えられないでしょう。私たちは再会できたことに感謝し、前を向くしかないのです。未来はまだ、決まっていないのだから」
ロベリアは諭すように不安げな瞳をじっと見つめて言うと、握られた手を引きルシオンをしゃがませた。
「もう髪は伸ばさないの」
「今の流行りじゃないからね」
「そんなこと言って、本当は今の自分には似合わないとか思っているんでしょう」
図星だったのか、ルシオンは気まずそうに視線を逸らした。ロベリアはそんなルシオンの髪を愛しそうに梳いている。
「私だって、同じよ」
「え……」
「私だって、不安になることもある。けどそれは、あなたがいなくなってからの数年を思えばなんてことない。だって、今はあなたがそばに居てくれる。姿形は変わろうとも、私たちは何も違わないでしょう? そして、世界はこんなにも、平和なのですよ」
ロベリアの笑顔と言葉に、やっと平静を取り戻したのか、ルシオンも口元に笑みを浮かべた。
「そうだね、世界は平和になったんだ。情けないな、いつも君に救われる」
「そんなことありませんよ。私もあなたの存在に、救われているのだから」
二人の旅人は、翌朝早く村を後にした。二人は知らない。あの老人、翁が実は大きな街の出身だということを。なぜ隔離された村に来たのかを。
しかしそれは、知る必要のないこと。二人の目的からすればどうでもいい話。
殺戮の記憶を持った翁の、若き日の苦悩は、その後も村の中だけでひっそりと伝えられた。




