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「Reincarnater」  作者: 春風 優華
善ある殺戮者
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3

 血塗られた剣を引きずりながら、自らが生を奪った者たちの姿を横目に、返り血で赤黒く汚れた門を抜ける。

 そしてしばらく、走り寄る音がしたかと思った瞬間の、背中に感じる重くて熱い衝撃。男は、抵抗しない。もうそんな力も残されていないのだろう。いくら屈強な男でも、広い街で人を殺すたびに些細な反撃を受け、それが徐々に積み重なり体力を奪われ、そうして重い反撃をも食らうようになり、体はとうに限界に達していたのだ。

 恐らく立っていられたのも、その強く燃える使命感があったからこそ。

 男は剣を滑らせ、地面にうつぶせた。そして大きくゆっくり呼吸する。背に受けた痛みを確認するかのように。

「ごめんよ」

 呟いたのは、息も絶え絶えの男だった。そんな男の血に汚れた頬を、透明な雫が伝う。男のものではない、上から降ってきたのだ。

「俺が殺されるのは、当然の報いだ。君は何かを気にする必要はない。むしろ、殺してくれてありがとう。俺は、人として最低なことをしたのだから」

 そう、男は自分が何をしたのかをよく理解していた。そして本来、男は心の優しい者であった。学はなくとも、馬鹿ではない。本当は全て分かった上で、これらの行動をとったのだ。自分がどう思われているのか、それを知ってなお、街の役に立てるのならと身を投げ打ち、非情な決断を下したのだ。

 男の顔のすぐ横に、膝がつかれた。長いスカートの裾が、男の体にかかる。

「ごめん、君の家族も、俺が殺したんだ。怨んでくれ、どうか俺を呪ってくれ」

「知っていました」

 男の側で、女性は静かに涙を流しながら、目を伏せ、ことの外落ち着いた声音で語りかける。

「私も知っていたんです。父が兵士長で、弟もこの前から兵士になって、どこかの街で人を殺したことを。分かるんです。人を殺したあと人間がどんな目をするのか。だから帰ってきた弟を見て、父と同じ目をしているのに気付いた時……」

 女性は顔を歪め、唇を噛みしめる。ふと男性に視線を投げると、男性はまだ呼吸していた。それを確認し、女性は続ける。

「私の街が、周りにどんな酷いことをしているのかも、分かっているつもりです。あるいは、予想よりももっと惨いことをしていたのかもしれません。だからこれは、あなたの言葉を借りて言うのなら、当然の報い、に当たるのでしょう。頭では理解しているつもりでした。……なのに、どうしても、許せなかった」

 女性は顔を上げ拳を握り締めると、自らの足へ強く叩きつけた。どこに向けて良いのかわからない怒りを、懸命に抑え込んでいるかのように。その体は、全身に力が入っているためか、小刻みに震えている。

「自分の中で醜く渦巻いたこの感情を、抑えることができなかった。あなたを、殺さないとって。そんなの間違ってるのに、でも私の平和を奪ったあなたを、そんなあなたが生きているなんて許せなくて、恨みを晴らすために、殺すんだって思いに駆られ、突き動かされ」

 女性は必死に溢れるものを堪えた。ここで一度堰を破ってしまうと、止められないと分かっていたから。喉から込み上げるものを飲み込み、強く両手を握り締め、腰を曲げて体を縮めることで、どうにか抑えていた。

 しかし、男はそんな女性の手に、自らのそれを重ねて言う。

「君は悪くない。当然のことをしたまでだよ。だから、生きるんだ」

 一瞬、時が止まったかのように、全ての動作をやめ女性は横たわる男を見た。そして堪えていた全てのものが一気に溢れ出す。女性は重ねられた男の厚い手を握り額に当て泣き続けた。また男の言葉に答えるため、何度も何度も頷いてみせる。

 やがて、役目を終えたとばかりに男の体温がゆっくりと低下していった。女性は、なおも泣き続ける。後悔と懺悔で、女性の胸の内は満ちていた。

 女性は気づいていた。男が、わざと自分の刃を避けなかったことに。男の体が限界を迎えていたのは事実であった。しかし、戦いを知らぬ女の無防備な一撃をかわせないほど、弱っていたわけではなかった。男は、女性の存在に気づいた時、その憎しみを甘んじて受け入れようと決めていたのだ。それが当然として。

 女性もまた、反撃により殺される覚悟で刃をとった。兵士長の娘として、戦は知らずとも並みの女性よりは生と死という感覚に敏かったのだ。だから刃があっさりと肉に飲み込まれた時、男の思いを悟ってしまった。そうでなければ、これ程までに悔やむことはなかったであろうに。

 女性はもう動かない男の頭を膝に乗せ、手のひらを頬に当て力なく呟く。

「あなたと、敵としてではなく、出会いたかった」

 些細な願いも、この時代は消していく。もし戦などしていなければ、この男性と普通に出会い、恋に落ちることもできたのだろうか。

 女性は果てなき思いを胸に、立ち上がる。約束したことを守るため、前を向いて。



 もし男にある程度の学があれば、このような結果にはならなかったのやもしれない。立ち上がり、自らが街を変えるという選択もあったかもしれない。しかしこれは、事実として人々の胸に刻み込まれた。

 仮定を語っても仕方あるまい。人は戻ることなく進み続ける時間に従って生きるしかないのだ。できるのは、過ちを繰り返さないことのみ。

 だから我々は忘れてはいけない。


 悲劇の、惨劇の記憶を。



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