Lita 1
「すごいよ、ボビー。驚いたよ」
演奏後、拍手しながらレイクがボビーに言った。ジョーイもドラムセットから離れるとボビーに向かって親指を立てた。
ただ祖父のクリスだけは複雑な表情を隠せないでいた。ギターを弾く孫の姿に、遠い昔の友人、天才ボビー・ターナーを重ねて思い出してしまう自分に軽く動揺していた。
そしてプロデューサーとして久しぶりに興奮する逸材を見出した瞬間でもあった。だけど目の前にいるギターをかかえたきれいな少年は自分の孫だった。
ジョーイがドリンクのボトルを抱えて戻ってきた。手渡されたボビーは喉を鳴らしてボトルの水を一気に飲みほした。
「おじいちゃん、レイクさん、ジョーイさんと演奏できるなんて思ってもいませんでした。感激しています。ありがとうございます」
見かけはイマドキの少年だが、きちんと感謝することは忘れなかった。こんないい子がなぜ家出してきたのか。祖父に戻ったクリスは再び重い気持ちになった。その時、
「おじいちゃん…」
とつぜんボビーがクリスに向かって口をひらいた。さっきまでの楽しげな表情は消えていた。
「ごめんなさい、おじいちゃん。僕、嘘をついていました」
「……向こうで話そうか、ボビー」
クリスがボビーを促してスタジオ隅のソファーに移動した。レイクとジョーイはちょっとためらったが二人に続いた。
クリスはボビーと横並びに腰かけた。向かい合わせに座るより威圧的ではないだろうと配慮してのことだった。レイクとジョーイは少し離れた椅子に腰かけた。
うつ向き加減のボビーはなかなか自分から切り出せないようだった。
「ドロシーは……キミのお母さんはとても心配していたよ」
クリスができるだけ柔らかい口調でボビーに語りかけた。
「母さんから連絡あったんですね」
うつむいたままボビーがつぶやいた。
「離婚したこともドロシーから聞いたよ。知らなかった。辛かったんだな」
クリスの穏やかな口調に心を開いたのか、ようやくボビーが語りだした。
「本当は黙って出てきたくなかった。母さんにサンドウィッチを作ってもらって、父さんにバスステーションまで送ってもらって、ふたりに笑顔で送り出してもらいたかった」
クリスもレイクもジョーイも黙って聞いていた。
「母さんはもちろん大好きだけど、僕は父さんも大好きだった。最初にギターを教えてくれたのは父さんだった。学校のステージでバンド演るときも両親そろって見にきてくれるのが何よりもうれしかった」
「母さんと妹と三人の暮らしの中で、父さんが大好きだったという気持ちを隠して生活するのが苦しくなったんだ」
「僕は父さんと母さんとパティとずっと一緒に暮らしていたかった」
ボビーは両手で顔をおおって声も出さずに泣き出した。クリスは黙って震える細い肩を抱いた。
ひとしきり泣いた後、ボビーは涙と鼻水とでぐちゃぐちゃになった顔を上げた。ジョーイがすかさずボックスティッシュを差し出した。豪快に鼻をかんだボビーに今度はレイクが水のボトルを差し出した。
「ありがとうございます。そしてごめんなさい。レイクさんやジョーイさんに親切にしてもらって、一緒に演奏までさせてもらって、嘘をついていることが心苦しくなりました」
鼻を赤くしたボビーがさらに続けた。
「おじいちゃんは僕が家出してきたことを知っていたのに責めたりしなかった。ごめんなさい」
クリスは孫の髪をちょっと乱暴になでた。そしてそのまま自分の方に引き寄せると静かに聞いた。
「どうしてここに来ようと思ったんだい?」
「わからない。ただおじいちゃんのステージを見てから憧れの気持ちが強くなりました。おじいちゃんの存在が僕の誇りになりました」
「リタの……キミのおばあちゃんのところに行くという選択肢はなかったのかい?」
ボビーは床に視線を落とすとためらいがちに答えた。
「本当はおばあちゃん、家にはいなんです」
「どういうことだ?」
「施設に入っています」
「施設?」
「おばあちゃんはアルツハイマー型認知症なんです」
「リタが?」
クリスは言葉を失った。あの健康的で輝くように美しかったリタがアルツハイマー?
「僕も詳しくは知らないんですが、おばあちゃんの意思で施設に入所したらしいんです」