訪問者 2
観光とか小旅行とか、クリスなりにいろいろとプランを練ってはいた。なにしろ初めての孫との時間である。これまでの時間を埋めることはできなくても、これから始めればいい。
二人でじゅうぶん楽しんで、そしてボビーを無事に両親のもとへ送り返すことがクリスの役目だった。ボビーから連絡をもらってから、到着後の1週間は重要な仕事は入れないように調整した。
「あの、ロートレック、また演るんでしょう? 『ロートレックの次回ライブを実現させるサイト』で見たんだ」
「ああ、あの非公認サイトね。一夜限りのライブのつもりだったんだが、やってみると実に楽しかった。メンバーも賛同してくれてまた演ろうってことになったんだよ」
クリスがロートレックを存続させようと思ったいちばんの理由は、その非公認サイトに寄せられた『おじいちゃんのかっこいいライブをもう一度見たい』というボビーからのコメントだったことは内緒。
「演奏はしてないの?」
ボビーも少し緊張がほぐれたのか上目遣いをやめてまっすぐクリスの目を見て質問した。ボビーのその瞳は元妻リタ、娘のドロシーと同じ明るい鳶色だった。
「しているよ。実はね、ニューアルバムの計画もあるんだよ」
「マジ? すごい!」
ボビーの顔がぱあっと明るくなった。
「それで演奏というか練習も定期的にしてるんだけど、まあ昔みたいに時間に追われての録音じゃないからのんびりやってるんだ。今週も集まる予定だったんだけど、あ! キャンセルしない方が良かったかな?」
「もしかして僕が来るからキャンセルしたの?」
「ああ」
「それは間違ってるよ、おじいちゃん。僕は普段通り仕事したり、できればバンドでボーカルやってるおじいちゃんに会いたくて来たんだよ。特別のことなんて望んでいないよ」
「この街の観光はしたくない?」
「観光よりロートレックの演奏をもう一度見たいんだ。僕はこれでもギタリストのはしくれなんだよ」
クリスはあらためてボビーが背負ったままのギターケースを見た。確かに観光目的の旅にはギターケースは必要ない。
「オーケイ、ボビー。みんなに連絡入れてみるよ。元リーダーからの一方的なドタキャンやら緊急招集やら振り回してばかりだけど、みんな案外退屈してるからきっと集まってくれるさ」
茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせる祖父にボビーもつい笑ってしまった。
「さて、とにかく食事行こう、腹ペコなんだ。ボビー、蟹くらいつき合ってくれるよな?」
ロートレックのドラマー、ジョーイのスマホが鳴った。
ここは彼と彼のパートナーであるレイク・ギルバートが生活する家。
「ハイ、クリス。ん? 特に予定はないよ。ちょっと待って」
ジョーイはソファーに座ってギターを弾いているレイクに声をかけた。レイクは孫に送るビデオレターをジョーイに撮ってもらっているところだった。
「クリスだけど、蟹につき合わないかって。もちろんオーケイだよね?」
指を止めたレイクが笑顔で了解した。