Bobby Bobby
「おじいちゃん、なんてステキな墓地なの? ピクニックバスケットにランチ詰めて来るべきだったわね」
ここはボビー・ターナーが眠る丘陵地の墓地。クリスはふたりの孫、ボビーとパティをともなってここにやって来た。パティの手には花束、ボビーの背中には今日もギターが背負われていた。
「パティ、なんでお前までついて来るんだよ」
ボビーがはしゃぐ妹に向かって文句を言った。まあ、本心からではないことは彼女にはわかっているだろうけど。
「なんでって、ボビーだけクリスと旅行するなんてずるいじゃない。私だってクリスと一緒に楽しむ権利があるわよ」
「お前、おじいちゃんに向かって……」
「いいんだもんね、クリス!」
パティが強引にクリスの腕に自分の腕を絡めながら言った。されるがままのクリスは笑顔でうなずいた。
「ねえ、クリス。このお墓の前で一緒に写真撮ってインスタにアップしてもいい?」
「お前なぁ! ここに誰が眠っているのか知ってて言ってるのかよ? 僕が尊敬してやまない天才ギタリスト、ボビー・ターナーの墓なんだよ」
「じゃあボビー・ターナーさんにお願いしなくちゃ」
パティは花束をボビーの墓に手向けながら言った。
「お兄ちゃんもボビーさんみたいな天才ギタリストになれますように。クリスの孫という立場を表向き利用しないでメジャーデビューできますように。これでいい?」
振り向きながらウィンクしたパティにクリスは思わず吹き出した。図星だったのかボビーは赤面して絶句した。
クリスはジャケットから取り出したリタからの手紙を花束の下に置いたが、風に飛ばされることを心配してもう一度ポケットに戻した。
あたりを見回して手頃で丈夫そうな小枝を見つけると、墓石の手前の土を掘り始めた。そして手紙を浅い穴の底に置くと、今度は丁寧に両手で土をかぶせた。
すかさずパティがバッグからウエットティッシュを取り出すと祖父に手渡した。
「ありがとう。女の子のバッグはまるで魔法のポケットみたいだな」
土に汚れた手を拭いながらクリスは心から感心したように言った。
「ほとんど化粧道具だろ? あとおじいちゃんに言えないモノとか」
ボビーがさっきのパティの発言に仕返しをした。
「ほんっとボビーってデリカシー欠如してんだからっ! バーカ!」
兄妹ゲンカを始めた孫たちをクリスは微笑みながら見ていた。
「お前とくだらないケンカしてるヒマなんてないんだった。今日はボビーさんにギターを聞いてもらいたくて来たんだ」
そう言うとボビーは背負っていたギターを取り出した。ボビー・ターナーの墓石と対峙するように立った少年はギターを弾き始めた。最初は静かに、そして徐々に激しさを増していくオリジナルと思われるその曲はアンプなしでも墓地の静寂の中に違和感なく溶け込んでいった。
その姿を見たクリスはボビー・ターナーが蘇った錯覚に再び陥った。ボビー少年の奏でるギターの音に、ボビー・ターナーの魂が永い眠りから覚醒したのではないだろうか。
演奏を終えたボビーにクリスは思わず拍手を送った。
「すばらしいギターだったよ、ボビー。お世辞じゃない。ボビー・ターナーが蘇ったのかと思ったよ」
ボビーはちょっとはにかんで、だけどうれしそうに顔を輝かせて言った。
「ボビーさんみたいなギタリストに、きっとなります」
ボビー・ターナーの墓に誓った。
「たしかにお兄ちゃんのギターはクールだと思うわよ。それにクリス・スペンサーの孫という肩書きがあればメジャーデビューも夢じゃないかもね、アハハ」
パティがまたしても憎まれ口をたたいた。彼女はこの持ち前の明るさで母親のドロシーをどれだけ力づけてきたことだろうとクリスは思った。
「おじいちゃん……」
ギターを抱えたままのボビーがボビー・ターナーの墓に向かって口を開いた。シャイなボビーはクリスに面と向かっては言いにくいことなのだろう。
「父さんが……父さんと新しい奥さんが、いつでも歓迎するって言ってくれたんだ。母さんもそれはステキなことねって。いつでも父さんに会いに行ってもいいって。これっておじいちゃんが父さんと話してくれたからなんでしょう? 」
隣に並んだクリスは少し笑っただけだった。
「新しい妹もいるらしいんだ。僕にとってうるさい妹なんてパティだけで十分なんだけどね。来週、彼女の1歳の誕生パーティに招待されたんだ、僕とパティ」
やっぱりクリスは黙っていた。実はクリス自身も大いに照れていた。
「ありがとう、おじいちゃん。大好きだよ」
ボビーがクリスに抱きついた。ボビーも優しく孫の肩を抱いた。
「ねえねえ、お取り込み中悪いんだけど私もうお墓は飽きちゃった。お腹もすいてきたし。そろそろ次の目的地に行かない? 」
「そうかい? 僕はここで、ボビーさんの隣で寝袋にくるまって寝たっていいんだけどな」
というボビーにさっそくパティの百倍返しが浴びせられた。
「どうぞ、どうぞ。お兄ちゃんだけここに残ってゾンビたちとオールナイトでバンドやっててもいいのよ。さ、クリス行きましょう! 小さな妹にイカしたおもちゃと、とびっきりおしゃれな子供服を選んであげるの。時間が足りないわ」
先を急ごうとするパティにクリスがやんわり口を開いた。
「ねえパティ、そこで相談というかお願いなんだが」
「なぁに?」
「食事も買い物も楽しみなんだけど。そのあとのテーマパーク、僕は見学だけでもいいかな?」
「だめよ、クリス。一緒にフリーフォールに乗るのよ。すっごく楽しいんだから!」
「あの落下するヤツだけはカンベンしてくれないか? なんとかこの年まで生き延びてきたんだ。ボビーの墓の隣に新しい墓石を増やすような行為はあまり気が進まないんだよ」
「だーめ。やっと会えたクリスとこれからいっぱい楽しむって決めたのよ」
パティに腕を絡め取られたクリスは引きずられるようにボビーが眠る墓地を後にした。少し遅れてギターを背負ったボビーが続いた。
その夜、パティのインスタにはゾンビが雄叫びをあげているようなクリスのレアな写真がアップされたのは言うまでもない。
THE END




