Dear Bobby 4
『ボビー、私はあまりいい人間ではありませんでした。傲慢で自尊心が強く、望むものは全て手に入れたいと思っていました。あなたが亡くなった時、すべての秘密をあなたに持って行ってもらおうと思いました。だけど神様はやっぱりそんな人間を許してはくれなかったようです。私はどんどん私ではなくなっていきます。
だけどボビー、たったひとつだけ私の贖罪の証として娘のドロシーの子にあなたの名前をつけました。あなたへの罪滅ぼし、いいえやっぱりあなたは自分勝手な自己満足だと言うでしょうね。自分の胸のつかえを取るためだけだと。でもあなたの孫のボビーはギターがとても上手なのですよ。
ああ、久しぶりにパソコンに向かって少し疲れてしまいました。私は近々、自分で判断ができるうちに専門の施設に入所しようと思っています。この手紙をどうしたらあなたに渡せるでしょうか。もしかしたら永遠に渡すことはできないかもしれません。
親愛なるボビー・ターナーへ。 リタ・クーパーより』
「約束します。この手紙、必ずボビーの墓に届けます」
もう一度、クリスはリタに言った。
しかし遥か水平線の方に顔を向けたままのリタからは返事がなかった。
「そろそろ戻りましょうか?」
やっぱりリタは何の反応も示さなかった。眉間に皺を寄せたその顔はさっきまでと違って明らかに不快な表情だった。異変に気づいたクリスは急いで施設に向かって車椅子を押した。
施設の玄関にはスタッフが控えていた。病室に戻るとスタッフが慣れた手つきでリタを車椅子からベッドに下ろした。手伝おうとした時、排泄物の匂いにクリスは気づいた。
「レイ……」
リタは消え入りそうな声で夫の名を呼んだ。
「ご主人はもうすぐ来ますよ」
笑顔でスタッフが答えた。
「レイ! レイに会いたいの! すぐに来て! レイ!」
「ご主人はこちらに向かっている時間ですよ、クーパーさん」
「レイ! レイ!」
リタは子供のように今にも泣きそうな声で夫の名を呼んでいた。
そこはクリスがいるべき場所ではなかった。これから排泄物の処理をするのだろう。
クリスはスタッフに目礼すると病室を出た。廊下を歩きながらジャケットの上からリタから預かった手紙を確認した。
少し疲れていた。軽く混乱もしていた。
クリスは施設の玄関ロビーの椅子に深く腰かけると大きく息を吐いた。その時、施設に入ってくる男性がいた。自分と同じくらいの年齢のその男性と目が合った。
その男性はまっすぐクリスの方へやって来た。
「スペンサーさんですね」
クリスが立ち上がると男性は笑顔で近づいてきた。
「初めてお目にかかります、クーパーです。今日はリタに会いに来てくれて本当にありがとうございます」
初対面のリタの夫、レイ・クーパーと元夫のクリスは握手を交わした。二人は向かい合って座った。
「あの……リタは、あなたのことを憶えていましたか?」
「いいえ、ロートレックのメンバーの知り合いを演じてきました」
ただ一瞬だけ「ありがとうクリス」と言われたことは伏せていた。
「そうですか。わざわざ遠くから来ていただいたのに申し訳ありません」
「いいえ、今日来たことは無駄ではありません。リタから亡くなったメンバーの墓に手紙を届けて欲しいと依頼されました」
クリスがジャケットから取り出した手紙を見てレイ・クーパーはちょっと驚いた。
「いつの間に書いていたんでしょうか。リタは自分の将来を覚悟していたのでしょうか」
「たぶんそうだと思います。中を確認しますか?」
一瞬出しかけた手を引っ込めてレイは言った。
「やめておきます。私は私と出会ってからのリタを愛しました。あなたとの結婚生活を含め彼女の過去を知る必要はありません」
「そうですね。私も同じです。リタがあなたを待っていましたよ。あなたの名を呼んでいました。行ってください」
「はい」
「クーパーさん」
立ち上がり妻のもとに向かおうとするレイにクリスが声をかけた。
「リタと、ドロシーとそして孫たちに会わせてくれてありがとうございます」
立ち去るレイの返事がわりの笑顔を見て、再婚後のリタの人生は幸せだったに違いないとクリスは確信した。




