一話
あらすじ
人は皆、何かに縛られて生きている。だってそうだろう?国という壁に囲まれて、家族という囲いを造り、職場・学校という枠にわざわざ足を向ける。「敷かれたレールを歩くな。自分の道を開け。」と大人たちは若者に言う。一見、束縛から解放され、自分で自由に歩いてるように見えるが、それは、それまでの檻から出て、自分で新しい檻を作ったに過ぎない。高卒、大卒、フリーター、一流大企業、自営業、クリエイター、アーティスト…お前が選んだ道?これから自由?馬鹿言うな、全部お前を拘束する檻だ。そして、お前はさらに檻を作るだろう。いや…もう檻の中にいるんだ。思想・信仰・主義・主張・固定観念・先入観・妄想・感情…あいつはダメな奴だ。俺は本気出せばもっと出来る。俺が悪い訳じゃない。あいつのせいだ。人が苦しんでいるのを見て笑ったことがないか?人の努力をバカにしたことがないか?やりもせずに諦めたことがないか?弱者を装い、他人に保護を求めた事がないか?己の正義を他人に押し付けたことがないか?悪者を見つけては暴力・暴言を振りかざしたことがないか?どうだ?一つくらい思い当たるのがあったか?そうか…じゃあそれがお前の…【心の檻《CAGE》】だ。事件FILE.1「紅蓮の業火と彼岸花の涙」公開中!現場を訪れ、一人勝手に暴走する雨谷蓬は一つの仮説を立てる。火災の要因は「パイロキネシス」によるものだと…。雨谷蓬の判断を疑いつつも、独自に捜査を開始した野守影明達は、科学や理屈で説明できない事態に遭遇する。社会のゴミは全て燃やせばいい。俺の炎は、紅蓮の業火…お前が犯した罪を、業を、その身に受けろッ!!焼け跡に残る時期違いの一輪の彼岸花、夜露に濡れる花弁が一粒の雫を落とす…。「何で…何で伝わらねぇんだろうなぁ?」野守は静かに銃口を前に向けた。悲しみに滲んだ顔で…。誰もが…心に檻《CAGE》を持っている…。
原作者:kinoe
演出:めんつゆ
これは大人の物語だ。真実を追い求める無謀な大人達の物語。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
独白。または、ある人物の深層心理にて。
俺は火が好きだ。その自由な姿、輝き、力強さ、全て俺には無いものだ。だから俺は火になりたい。この世はクソなことしかない、だから俺は火になりたいんだ。どうすればなれる? どうすれば、火は俺の願いを叶えてくれるんだ?
「そうだ……簡単な事じゃないか」
そうだ、火は俺の願いを叶えてくれるんだ。なぁ、それなら燃やしてくれないか? 全て、何もかも燃えて無くなってしまえばいいのに。そしたら、もう苦しまなくて済むんじゃないか? もう嫌な事も無くなるんじゃないか? そうだ、そうだよ……全部燃やしてしまえばいいんだ!
「さあ、キャンプファイヤーを始めよう。せいぜい俺という『火』を中心に踊ればいい。そして全部、燃えてしまえ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
Prrr Prrr…ガチャ
自分の仕事机に設置された仕事用の電話がなった。。出勤してすぐに鳴るとは珍しいな。だがこの電話が鳴ったということは面倒ごとが来たということになる。さて、受話器を取ってみたがどうしたものか。
(これも仕事だからな……)
「はいはい~、こちら超心理現象犯罪特別捜査班です。どうしました?」
俺はやる気の無い顔をしながら受話器を手に取ると、部屋に響いていた電子音が止んだ。受話器ごしから女性の声が聞こえてきた。
『あっ、野守さん? お疲れ様です、窓口の梅木です。あの〜いつものように一般回加入回線からですね……』
(げ……)
野守と呼ばれた受話器を取った男、それが警視庁『超心理現象犯罪特別捜査班』に所属する主任、つまり……俺の事だ。
本名、『野守影明』、27歳、身長178cm。他人からよく目が細いと言われるがのが特徴と言えば特徴だ。運命のイタズラか、現在はこの胡散臭い二人しかいない部署に配属されている。島流しにあった気分だ。
「あーはいはい、了解です。回してください」
(またか……最近多くなったな)
隣接する月島警察署の窓口担当職員である梅木恵子が、一般加入回線から入電した電話を回してくる。初日に警務課の窓口で応対してくれた女性だ。戸惑ったような声色だった。
(ということは、おそらく……)
『ちょっといつまで待たせるつもりなのっ!?』
案の定、甲高いキーキー声が、受話器から響いていた。電話で怒鳴るな、うっせえ!!
「あーはいはい、お待たせしました。本日はどのようなご用件で?」
『どのようなじゃないわよ! 私見たんだから!』
(嫌な予感がする)
「で、何を見たんですか〜?」
『火の玉よ! 火の玉!』
(は?)
「えー、気のせいじゃないですかー?」
と言いながらも、俺は卓上にあるメモ用紙を受話器を持つ反対の手で引き寄せ、『火の玉』と意味もなくボールペンでメモする。ついでに、自分の中の火の玉のイメージをイラストしてみるが……出来上がったそれはただの水滴のようであった。我ながら絵心がないのが悔やまれる。
『気のせいなんかじゃないわよっ!あれは…そう、私が自宅にーー』
(はぁ〜、またか……)
そんな言葉が、頭の中に生まれてくる。この部署に配属されてから2週間が過ぎた。それで、何があったのかというと……特に何も無かった。ドラマや漫画みたいにしょっちゅう大きな事件が発生するなんて事が……ある訳もなく。つまりこれと言って何もなかった。
(別に世界を揺るがす事件も起きなければ、取り扱うほどの事件も無い。それに、今の俺の仕事といえば……)
「だ~か~ら~あれは『火の玉』に間違い無いんだから! それでーー」
こういう常習通報者、特に『オカルト』というか、幻覚・幻聴である事に疑いのない事を、事件だと信じて疑わない連中の電話受けだった。ここはいつからお悩み相談所になった。
「飯田さん。毎回言ってますけど、『火の玉』なんてある訳ないでしょう? 何かと見間違えたんじゃないんですか?」
『何でそんな事を言うの!? 私がおかしいと思ってるんでしょう!! あなた名前は!? これは問題よ! 重大な問題だわ! この電話はね録音してるんだから! もしマスコミにーー』
(ぅわー、始まったよ)
俺は一層音量が大きくなった受話器を耳から遠ざけながら呟いた。こういう輩には、何を言ったところで無駄だというのは、これまでの経緯上、疑う余地のない事である。大体、俺が反応を示そうと示さなかろうと、この飯田という中年女性は一方的に会話を続けるのだ。中年女性恐るべし。
「あーなるほど、なるほど」
うんざりしつつも、適当に相槌を打つ。いつの間にか、手元のメモに記された火の玉のイラストには手足と顔が追加されていた。名づけて火の玉君。
前からなんとなく分かっていたが、どうやら俺は興味のない電話中に適当な文字とか図形を書く癖があるようだ。今回のは思ったより可愛いキャラクターになった。この愛嬌ある姿を見たら、この旧年女性もこう怒鳴ったりはしなかっただろうに。
『とにかくね! あんたら警察がどうにかしないと、大変なことになっちゃうんだから、分かった!?』
「……」
『分かったの!?』
「あーはいはい、わかりました、分かりました! ご協力感謝であります!」
ガチャンッ! PuーPuー
「って、そっちからかけてきたんだろ。なのに自分で切ってるよ、あのおばさん……」
受話器を乱暴に元に戻し、椅子の背もたれに体重を預けた。ふと、壁掛けの時計を確認すると、時計の針は午前10時を指していた。もうこんな時間か。
電話の対応が終わると、自分の右側から人の気配を感じた。
(見てはいけないっ! 見てはいけないぞ! 野守!!)
自分で言い聞かせ、今朝出勤した時から警戒していた人物の姿が、視界の右側にチラリと映ってしまった。だがしかし、一度気になると、もう気になって、気になって仕方が無くなる。これも奴の思惑なんだと思うと、無性に悔しくなる。相手にしてはいけない! もうこれ以上面倒ごとは嫌なんだよ!
ガサゴソ、ガサゴソ
(何かを探す音が聞こえる)
ビーピリリッ
(ん? ビニール袋を破く音か?)
全神経を身体の右側に集中させる。出来れば、見ないで何をしているか把握したい。そうすれば、奴を出し抜くことができる。そう思ってより一層耳を澄ませた。そして最悪な音が聞こえてきた。
チュッぽ、チュッぽ、レロレロレロレロロヌポッヌポッ
およそ行政機関には馴染まない謎のチュパ音が室内に響き渡る。青少年には聞かせられない下品な音であった。
(って、うおーいっ!!あんた一体何してんだよ!?)
心の中でツッコミを入れる。入れるしかないだろうこの状況は。なぜ、職場からAV女優顔負けのチュパ音が聞こえてくるのだろうか。頭が痛くなった。
「あっ!? しまった!?」
ところが、心の中のツッコミが身体に伝搬したようで、気付くと思いっきり奴に対してツッコミを入れていた。当人と目が合う。合ってしまった。最悪だ。
「ニヤリッ」
チュパ音の元凶である、そいつがニヤリと口元を歪ませる。ちなみに、「ニヤリッ」は本人がただ口で発した言葉であって、効果音ではない。その本人の口には、ドヤ顔を共に細長い棒が咥えられていた。目が合ってしまったからにはしょうがない。恐る恐る、その彼女に声をかけた。
(かまって欲しいならそう言えよ)
「……あの〜雨谷班長殿? 一体、何をなさってるんでしょうか?」
俺の目の前にいるのは二十代前半の女性。髪はボサボサ、黒縁眼鏡、服装は相変わらず白衣ですっぽり全身が隠れている。どうやら、これがデフォルメらしい。捜査官というよりは研究者のようだだ。そして、こいつが俺の上司……『雨谷蓬』だ。残念なことにこれでも年下だが上司だ、だから一応敬語で話しかける。そうしようと努力はしているつもりだ。
「らにって…」
そう言うと、蓬は口に咥えられた棒をゆっくりと、ゆっくりと引っ張りだす。
ぬぽぉっ
そんな効果音が聞こえてきそうなくらい、厭いやらしく、艶めかしく、蓬が細長い棒を抜き出すと、先端にはピンク色にテラテラと光る丸い玉が付いていた。唾液が口と飴球の間にアーチがかかり、より卑猥は雰囲気を演出する。はっきりいってすごいエロイ。その仕草は18禁ものであった。
(あーまずい。非常にまずい。思わず凝視してしまった)
蓬につられ、俺の頭の言葉まで桃色に染まってしまったのか、一つ間違えれば卑猥なシーンになりかねない言葉が頭を巡っていた。
(今日はずいぶんとご機嫌じゃねえか)
蓬が咥えていたのは、世界中で大人気な棒つきキャンディー『チュッ〇チャップス』だ。彼女の好物らしい。彼女は息を吸うのと同じくらい重要そうになめているが、一種の中毒だなあれは。
「何って、飴玉を舐めていただけだが?」
(見りゃ分かる!)
「え、ええ。そのようですね」
野守君、何を言ってるんだ? さっき自分で言ってたじゃないか?」
「はい? 俺が? 何を?」
「これだよ。こ・れ」
そう言うと、蓬はオレの卓上にあったメモを掴み、示す。さっき俺がかいた落書きだった。
「……俺の落書き。まさか、火の玉?」
「そう! 火の玉だ」
(おいおいおい、まさかこの人……)
「そんなアホな……どうせ失火か、放火だろうよ。非現実的だ!」
「野守くんにはこれがそう見えたのだろう。だが私は違う」
「というと?」
「pyrokinesis」
「何? パイ……なんだって?」
「パイロキネシス」
「何じゃそりゃ?」
知らない単語だ。おそらく何かの専門用語なのだろう。
「ま、簡単に言えば……火を操る超能力の一つだね。詳しくはwikiって見てくれ。とにかく現場に急行するぞ!」
蓬は一人で納得したようだ。白衣を翻し、出口に向かっていった。
「あっ、おいっ!」
バタンッ
蓬が、部屋から出て行き、急に静かになる部屋、テレビの音だけが響いていた。
「くそっ、何なんだよ! きちんと説明してくれ!!」
俺は、未だに蓬の行動が理解できなかったが、仕方なく出口の脇にかけられた公用車の鍵を掴むと蓬の後を追った。まったく、やれやれだよ。




