ちきゅうじんは、女の子になった?
その後、僕も普通に寮に戻った。
女子寮よりは夜遊びが認められているとはいえ、一応男子寮にだって門限はある。門限を破ったらどうなるか……わかるな?
何はともあれ、ちゃんと門限前に寮に帰った僕は、夕飯の前に風呂に入った。
「ふう……」
本日何度めかの溜め息。
溜め息をつくと幸せが逃げるというが、これは疲労が一気に抜けていく快感によるものなので仕方がない。生理現象ですよ、これも。生理現象大過ぎ? そんなもんさ。
湯船の中に肩まで浸かって、天井を見上げる。味気ない薄青いタイル。夜空というより初春の快晴だ。星の光など見えぬ真昼間。
天井でぷるぷると震える水滴のひとつが、湯の中にまっすぐに落ちる。ぴちょん。ゆらゆら広がる波紋が柔く体を打った。
風呂の中というのは妙に頭が冴えて、考え事がしやすくなる。
僕はさっきの――くぼみの中で尼樹と話したことを思い返していた。
「地球について知らないから宇宙人はやってこないか……」
地球人が宇宙人を知らないように。
宇宙人も地球人を知らないという仮説。
なるほど確かに、それは盲点だった。
宇宙人はいるけど、どうして地球にやってこないのか。
こんな質問をさせると『地球のことを知っている』前提で考えちゃうからな。
いるとかいないとか張り合うつもりのない、どうだっていい派である尼樹らしい『フェルミのパラドックス』の答えである。
用がないのに来るはずがない。
そもそも星間移動をするだけの化学力がない。
自分たちと同じ次元では生きていない。
小さすぎて見つけられない。
逆に大きすぎて観測できない。
実はもうやってきているけれど、政府が隠蔽している。
まあなんていうか、ヒントも何もない状態で考えるものだから、『フェルミのパラドックス』の答えというのは、それこそ湯水のように湧いてくる。
しかも答えがないものだから、どれだけ説得力があっても、それが正しいのかどうかは分からない。
逆にそんな訳無いだろ(シャイだから説)みたいなのが実は正解かもしれないし、尼樹の言う『知らない』が正しいかもしれない。
かもしれない運転ならぬかもしれない問答だ。
「そういえば、尼樹に質問されたままだったな」
――逆に聞くけど先輩、どうして『宇宙人はいる』と根拠もないのにそこまで言い張れるの?
それに対しての答えも、知らないから、だ。
現在地球人が自らの足で地を踏みしめた星は『月』だけ。
距離にして三十八万キロ。
未だ自分たちの住む星の衛星より先に進んでいないのが現実だ。
家の外に一度も出たことがなく、遠出といえば家にある庭まで。
外の情報はテレビに映る映像だけ。
たったそれだけで『外には生物はいない』と判断できるはずがないだろう。どんな井の中の蛙だ。
知らないだけで、そいつらはそこにいる。
存在を認識していないだけで、存在自体はそこにある。
僕はそう思っているし、きっと、それは間違いじゃあない。
「絶対、天文部のやつらに宇宙人はいると証明してみせる!」
決意新たな宣誓とともに勢いよく立ち上がる。思わず立ちくらみがしてそっと額をおさえた。危ない危ない。そろそろと慎重に湯船から足を抜く。風呂場を出て無造作にすぐそばのタオルをつかむ。足裏で触れる床がひどく冷たく感じた。
熱い想いと暖められた身体だが、冷静な思考も忘れないようにしないと。
たっぷりと水を吸い込んだ頭と濡れた身体をバスタオルで適当に拭ってから、ふと、鏡を見た。
僕の身長的には上半身が写るぐらいの場所に設置してある、洗面台の鏡。
湯気にあたって白く曇っている。最初は通り過ぎようとしたが、妙にひっかかる。さっきまで身体を拭いていたそれで、さっと鏡面を拭く。
どうせ野郎しか使わないんだから、いいだろ。
「……ん?」
そこには左右に反転した人が映っている。
至極当然。地球の摂理。擬人化していえば鏡の生理現象。別に詳しく描写をする必要もないはずなのだけれど、僕はそれを見て、硬直してしまった。
本来ならば。平均より少し細めで、目に少しかかるぐらいの長さの黒髪の男子――つまるところ僕が映っているはずだ。
そのはずなのだが。
そこには僕はいない。
僕の代わりに、女子が映っていた。
鏡に映りきらないぐらい長い紫の髪に、リスみたいにくりっとした目、体つきは曲線的な――ああ女子だ、女子だとも、女子に違いない。どこからどう見ても女子がいた。
地球の摂理が崩れてますよ? 鏡の生理現象が行方不明であたまが、いや美貌がやばい。
「……」
呆然として何度も瞬きを繰り返す。
すると鏡に映る女子も、肌理の細かい薄い瞼をぱちぱちと動かす。
……あれ、僕女子になってる!?
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鏡の中に宇宙人!?
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