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破滅の聖女とゆるふわ勇者  作者: 久我山
第一章 破滅の聖女とゆるふわ勇者
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1-9 聖女、ゆるふわ勇者と三度キスをする

 ◆◇



 死なないと入り込めない街がある。

 そこは守りの堅い要塞都市で、通常の手段ではとても攻略できない場所だ。


「勇者を討ち取った芝居をして死体を持ち込むしか、入る手立てがないのです」


 死んでから復活するという、ゲームじゃよくある救世主イベントだ。

 勇者の力と送りの加護の両方がなければ乗り越えられないイベントだ。


「そこには第一王子の乳母だった人が隠れ住んでおります。

 死んだと思われている第一王子の行方を知る、ただ一人の手がかりなのです。

 彼女を助け出さなければ、この国に未来はありません」


 今の私なら無理をすれば押し通れるが、そうなると街への被害が大きくなる。

 民衆の支持を失いバッドエンドフラグが立ちまくるので選べない手段だ。


 トゥルー以上を目指すなら被害を抑えつつ、助け出さねばならないのだ。


「聖教会からも女王派からも騎士団からも……全てに認められる未来を作る必要があるのです。そのためには死んだはずの王子を探さなくてはならなくて……」


 だから、勇者には一度死んでもらわなければならない。



「まーた険しい顔してる。そんなにちゅーされたいの?」


 そんなこと言ってたわね。

 ずっと険しい顔してたら何度もキスしてくれるのかしら。


「ひとりで考え事するのセイカの悪い癖かもね。もっと何でも相談してよ?

 王子さまを助けなきゃいけないのに、セイカはわたしに送りの加護を使わない。

 それって何か理由があるんでしょ?」


 私は小さく首を振った。


 殺したくないし、殺されたくない。

 単純で利己的な気持ちがあるだけで、特別な理由なんてなかった。


「それじゃわたしにその加護を掛けてよ。それで解決することじゃん」


 私はまた首を振った。


 リラに送りの加護を使えばイベントをクリアするのは容易だろう。


 でも私はトゥルー以上の結末が欲しい。

 ただそれだけの私のわがままなんだ。


 死んで入り込む以外に王子の乳母を助け出す手段を思いついてるわけでもない。

 ただ怖くて……送りの加護を使えない私の逃げだ。


「ごめんなさい。私のわがままで勇者の足を引っ張るなんていけませんよね」


「わがままだって良いと思うよ。誰かを不幸にするわがままじゃないもん」


 それはまだ被害が出てないから言えるだけだ。


「セイカはセイカが思ってるよりずっと聖女してるよ」


 違う……違う。

 リラは何もわかってない。


 私はそんなに清くない。


「勇者のわたしが言うんだから間違いないって」


 自信を持ってと背中を叩かれた時に、何かが弾けてしまった。


「私はリラの思うような……そんな聖女じゃないの!

 邪神討伐が終わったら、勇者の加護を切って殺すのが私の使命だった。

 私は何も考えず加護を与えて、利用するだけ利用して勇者を殺そうとした。

 それで、重荷に耐え切れなくなって……私は逃げ出したのよ!」



 あっ……。

 あぁ、やってしまった。



 リラの優しい気持ちが棘の様に突き刺さって冷静でいられなくなった。

 抑え込んでいた気持ちが、忘れようとしていた気持ちが溢れ出してしまった。


「大丈夫だよセイカ」


 声を荒げた私を、リラは優しく抱きしめてくれた。

 なんで……どうしてそんなに落ち着いているのよ。


「わたしは死なないよ」


 まるで子供でもあやすみたいに頭まで撫でられた。

 その度に力がスッと抜けていく。


「王子さまを助け出すのだって、二人で考えれば何か見つかるかもしれないよ?

 わたしはセイカも救いたいって言ったよね?」


 どうしてリラはこんなにも優しいんだ。

 それが私を苦しめるのに……。


 勇者の適正があるから?

 生まれ持った才能?


「わたしはセイカのためなら命くらい……」


「駄目ッ! 私はそんなことを言わせたいわけではないの。

 死ぬのも死なれるのも絶対に嫌だから……」


 小さな手のひらで涙を拭われた。

 いつの間にか私は泣いていたようだ。


「ごめんねセイカ。でも、わたしはそれくらいセイカのこと……」


 涙のあとを柔らかな指で撫でていく。


 理解できなかった。

 どうして私を?


 これはもしかするとまた禁呪か秘術の影響?

 それとも召喚された勇者には刷り込みでも起きるの?


 そうでもなければ、こんな私が大切にされるわけがない。


「勇者リラ……それはきっと召喚の影響で、一時の気の迷いかと思われます」


 撫でていた指で急に頬をつねられる。


「その口調やだっ」


「……」


 頬をつまんだまま、じっと見つめてくる。

 深紅の瞳は目をそらすのを許してくれない。


 でもどうして?

 本当にわからない。


 私はリラみたいに可愛いわけでもない。

 心が清いわけでもない。


「人を好きになるのに理由なんているの?」



「……必要です。私たちは、女同士なんですよ?」


「そんなこと言ったってセイカはどうなのよ?

 特別に思いで見てくれてるって、そう感じてたのはわたしの勘違い?」


「いや……あの、ぁぅ」


 何もかもバレてる。


「セイカのことはわたしが護るよ?

 世界中が敵に回っても護りきってみせるよ?」


 リラの顔が近づいて額がコツンと当てられる。

 唇が触れないギリギリで焦らすように。


「わたしずっと病気でね、召喚されたときに「あぁ終わったんだ」って思ったの。

 でも違った。身体が軽くなって、温かくなって、急に元気が出てきたの。

 不思議だなって思ってたら「世界を助けてくれ」って呼び声が聞こえて……」


「それは全部、召喚の影響で私とは関係のないこと。賢者の力によるものです」


 勇者は適正のあるものだけが呼ばれるのだと思っていた。

 病気が治ったり身体能力も引き上げられるなんて、さすが賢者の秘術だ。


「そうかもしれないけど……とにかく、あの時生まれ変わったって感じがしたの」


 リラは私の髪を一束救い上げ指に絡ませる。

 くるくると巻いては解けていくのを愛おしいもののように眺めた。


「ぼんやりとした意識の中で、セイカのその黒い髪だけはハッキリと覚えてる。

 わたしは天使が迎えに来てくれたんだって思ったんだよ?」


「そう思ったのは私のほうです。真っ白な天使が舞い降りたのだと……」


 おとぎ話に出てくる白い羽を持った天使。

 見たものに運命や希望を告げる


「どこまでも真っ直ぐに伸びるその髪に触れてみたくて……

 手を伸ばそうと思ったんだけど、身体がすごく重くて……」


 息の触れ合う距離で見つめられて、髪を撫でられながら囁かれる。


「そしたら、キスされて……もうどんなにびっくりしたことか」


 こんなに蕩けさせてリラは私をどうしようというの…?


「目が覚めたらセイカは泣いてた。胸が苦しくなったよ。

 たぶんあの時にはもう、セイカのことが好きになってたんだと思う」


 私はもうリラの唇にしか目が行かなくなっていて、何を囁かれているのか言葉が耳に入ってこなくなっていた。


「それなのにセイカってば、ガチガチに硬い喋りでわたしを遠ざけるんだもの」


 それでも私は踏み出せない。

 私はこんなにも臆病者で卑怯者なのだ。


「ファーストキスを奪っておいて、さらにあのすっごいキスだよ?

 わたし本当に、何がどうなってるかわけがわからなかったんだから!」


「あっあれは、リラが私をからかうから……」


 私が困ったようにすると、リラは急に吹き出して笑った。

 何か変なこと言った?


「そのままのセイカが好きだよ?

 ねぇ、あのキス……もう一回して?」


 私の心にはまだ大きな溝がある。

 リラはそんなこともお構いなしで橋を渡して踏み込んできた。


「これだけ言ってもダメなの?」




「前にも言ったけどもう一回言うよ?」


 私、落ちちゃうって……。


「セイカは…わたしを頼ってくれないの?」



 唇が重ねられ舌が絡んでくる。

 もう何も考えられなかった。



 

 

 



 しばらく惚けたまま余韻を味わっていた。


 日が傾き始め肌寒い風に身震いするとリラが身体をさらに寄せてきた。

 もう少しこのままでいたいけれど、今は賢者の試験の真っ最中だ。

 貿易都市を取り戻さなくちゃいけないのを完全に忘れ去っていた。





お読みいただきありがとうございます。

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