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破滅の聖女とゆるふわ勇者  作者: 久我山
第一章 破滅の聖女とゆるふわ勇者
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1-8 聖女、ゆるふわ勇者に告白する

 ◆◇



 出兵に向けて地図とにらめっこする勇者が可愛い。

 上にしたり下にしたりしてるけど、ちゃんと読めてるのかな。


「……ちょっと遠回り?」


「辺境の港町ですが、護衛の兵を置くことで安心する避難民は多いでしょう」


「なるほどね。避難した人たちにも安全になるよって教えてあげるんだね」


 それとあの街にはゲーム攻略に大事な人物がいる。


 ゲームファンの間では苦悩の聖騎士と呼ばれる悲運の美剣士だ。

 国のために尽くすが報われないという、聖女に次ぐ悲運キャラ。


 グッドエンドでは守り抜いた王女を勇者に奪われるNTR展開で悲運。

 サッドエンディングでは勇者の功績を奪わなければならない辛い立場。

 勇者を暗殺した聖女……っていうか私はこの聖騎士に殺されるんだよね。

 聖騎士も命令に従っているだけだが、愛した王女には嫌われる末路だ。


 トゥルーエンドだけは聖騎士にとってもいい結果で終えることができる。

 隠された王子の後見人となり、幼い頃から好きだった王女とも結婚できる。


 他国の脅威から国を護る為に再び勇者を送り出すなんて聖騎士としてのプライドはないのかと、ファンからいらぬそしりを受けたりするのが彼の悲運をあわらしてると思う。


 隠された王子を見つけないと私はこいつに殺される。


 見つからなかったときのためにも、なんとか丸め込んでおきたい。

 それでも信義に殉じそうなのが苦悩の聖騎士っぽいんだけど……。


 どこかに幽閉するのも考えたけど、そうなると今度は仲のよかった王女のほうから暗殺者を差し向けられれそうで怖いのだ。


 私の生存ルートって狭いな。


 諦めて勇者と戦い続ける未来を選ぼうかと思ってしまうくらいだ。


「皆には港町に先に行ってもらおうか。

 修道院へはセイカとわたしだけでも大丈夫だよね?」


「いえ、勇者が先導することで評判を上げて……」


「そういうのは解放軍の人たちに任せようよ?

 わたしはセイカの話をゆっくり聞きたいなー」


 そのほうが時間のロスは少ないのだが勇者の評判が……。

 解放軍の評判を上げて恩を売るにはいい機会かもしれないけど、うーん。


「やりすぎないようにって言ったのはセイカだよ。

 わたしのこと少しは信じて欲しいな。だって、加護を貰った勇者なんだよ?」


 はっとした。

 私はゲーム知識を活かしたいばかりにリラを無視して焦っていたようだ。

 勇者の指揮に間違いはない。私は助言を与えるだけでいいんだ。




 ……というわけで解放軍の本隊とは別行動となった。


 勇者の脚力はすごい。


 あっという間に山を分け入り、修道院へと辿り着いた。

 私も身体強化の魔術で無理矢理走破した。


「誰も見てないからいいよね?」


「どこに人の目があるか……」


「セイカも全力で走ってきたくせに」


 これはあまり人には見せないほうがいい気がした。

 バケモノ扱いされて討伐対象になりそうだ。


 この世界にはワイバーンやグリフォンがいるので、移動手段として早急に手配したほうがいいな。


 そんなこんなでやってきた懐かしき学び舎。

 この山奥の修道院で治癒魔術の習得に明け暮れたのだ。


 今は修行する若者たちの姿はない。

 戦いに駆り出されたのだろう。


 しかし宿舎には支給品の服が残ってるはず。


 勇者の装備が修道服一枚というのは貧弱すぎる。

 剣や鎧は好みじゃないと受け取らなかったみたいだし、服くらいはいいものを着せてあげたい。

 聖女の権利で何枚か拝借していこう。


「ローブよりはいいけど……ちょっと動きにくいかな」


 胸元にフリルが付いたブラウスと、膝まで覆うロングのプリーツスカート。

 修道女の制服としてはいささか豪華だが、礼服と考えれば地味なほうだろう。


「仕立て直しは後でいたしましょう。

 今はベルトでとめるので、好みの長さまで裾を……」


 割と大胆にスカートを引き上げられてドキッとする。

 スカートの下はフリル多めの下着だからチラ見せしていいくらいのものだけど、今のわたしにはちょっとばかり刺激が強い。

 思わず鼻をすすって血が出てないか確かめてしまった。


「それではお留めいたしますね」


 お腹の位置でちょっと折り返して、ベルトで止めて……はいこれでよし。

 生足だけど勇者の肌はちょっとやそっとじゃ傷つかない。

 むしろ傷一つない肌は神々しさの象徴になりそうだ。


「おぉー、わたしかっこいい? 強くなった気がするよ」


 可愛さも破壊力も一段増している。

 キラッキラだよ勇者様!



「では、慌しいですが次へ参りましょう」


 着替えが済んだらもう宿舎に用はない。

 ろくな思い出もないし、忘れ物を回収するため目的の場所に移動しよう。


 宿舎を抜けて教会の裏手へ。


「これってお墓?」


 無数に居並ぶ石碑たち。

 戦場に散っていった聖女たちの墓だ。

 中身のないものも多い。

 家族の下へ帰ったものは極少数だろう。


 一番新しい石碑へ向かう。

 必要になるとは思わず台座に仕舞い込んだ小さな宝石箱。

 先代聖女の


「その箱が忘れ物?」


 ひょいと覗いてくるリラ。

 そんなことしなくてもちゃんと見せるよ、というかリラのための物だ。


 箱の中身はたったひとつの指輪。

 封蝋に使うような精巧な紋章が彫り込まれたひとつの指輪。

 聖女がその魔力を込めて織り込んだレースのスカーフで大切に包まれている。


「この指輪は肌身離さず付けてください。できれば湯浴みのときも寝るときも」


「緩くて落ちちゃうかも。紐でも通して首飾りにできないかな?」


 この指輪は聖女が加護を与えたものに贈る徽章のようなものだ。

 言うなれば勇者の証。

 戦闘中に落とされては困る。


「後で適当な鎖を探せますから、それまではスカーフの留め金にいたしましょう」


 リラの首にスカーフをふわりと掛けて指輪を通す。

 ネクタイをしめてあげるなんてちょっと奥さんみたいだ。


「だんだん装備が豪華になっていくね。勇者するのが楽しくなってきたよ」


「それはようございました」


「だからその口調~~!」


 唇を尖らせて抗議してくる。


 そうだった。

 それが本題だったね。


 木陰に腰掛けてみるが、どこから話していいのかわからない。

 悩んでいると隣に腰掛けたリラがそっと手に手を添えてきた。


 初心な子だとそういうの勘違いしちゃうよ?


 何も言わずに私が話し出すのを待ってくれる。


「まずは、そうね。私がどうして外聞を気にして、堅い口調にしているか……」


 私は事実を整理して端的に語った。


 私が緊急時に選ばれた聖女で、正式な聖女ではないということ。

 それに反発する層が聖教会の上部にいて体裁を気にしなくちゃいけないこと。

 もし好き勝手に行動すれば私は邪神討伐後に闇に葬られるだろうこと。


「そんなまさか……」


「そのまさかを行わざるを得ないのがこの国の現状なのです」


 解放軍が戦いを始めて、民衆を味方につければ暗殺の可能性はぐっと減る。

 だから謁見を終えて部隊編成するまでは大人しくしていたかった。


「もっと悪いことに……」


『勇者を暗殺するのは私の最後の使命である』


 どうしてもそれを言い出せなかった。

 言い淀んで言葉を選ぶ。


「本来でしたら三つの加護を与えなければならいのだけど……」


 先ほどとは打って変わって話す言葉が遠回りになってしまう。

 誤解されたくない。

 恐怖で胸が締め付けられる。


「私はリラに、加護を二つしか与えておりません」


 意思疎通を可能にする迎えの加護。

 勇者の才能を開花させる導きの加護。


「最後のひとつ、送りの加護は、勇者を無敵にする最強の秘術。

 心折れない限り、肉体の再生を可能にする、聖女にのみ扱える秘術なのです。

 けれどそれは……勇者を殺すことになる諸刃の剣でもあるのです」


 勇者を殺す。

 リラをいずれ殺すことになる禁断の秘術。


「この加護の効力は、ひどく短くて……。

 月が満ち欠けする間に再び掛けなおさなくてはならないの」


 リラは私の話に静かに相槌を打ち、真剣に聞いてくれている。

 それは、逃げやごまかしを許さない証。


「掛けないと……どうなるの?」


「それまでに受けた傷が全て戻って参ります。待っているのは肉体の崩壊」


 血の気が引いていくのがわかる。


 人の死にはいつくも立ち会ってきた。

 治癒術があろうと救えない命はある。

 そうやって麻痺してしまっていた。


 それがリラの死を想像しただけで……手が震える。


「でもそれって死ぬほどの怪我をしなければ治癒術でどうにかなるんじゃない?」


 鼻で笑うつもりなんてなかったのに、乾いた笑いが漏れてしまった。

 この戦いが治癒術で乗り切れたらどんなにいいか。


「なにかあるの?」


 リラは気分を悪くすることもなく、話の続きに興味を向けた。


「……死なないと入り込めない街があるのです」


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