1-7 聖女、ゆるふわ勇者と出陣する
◆◇
『ふわぁ~ん、リラぁ~、お説教つかれたよぉ~』
なんて言って抱きつけたらどんなに癒されるだろうか。
私のキャラじゃないし、リラに冷たい目を向けられたら立ち直れない。
どうして今日あったばかりのリラのことがこんなに気になるのかわからない。
でも好きになってしまったものはしょうがない。
リラも私も救われる道を探そう。
破滅の未来を回避しなくちゃどうにもならない。
「遅かったね~セイカ。調子悪そうだけど大丈夫?」
「私なら心配はいりません。それより部隊編成は上手く行きましたか?」
城門前では解放軍の志願者たちがざわついていた。
何があったか聞こうにも、恥ずかしくてリラの顔がまともに見られない。
妙に素っ気無くなってしまう。
賢者に啖呵を切ったせいで、自分の気持ちがはっきりわかってしまった。
私はリラが好きだ。
大好きだ。
「なんとなーくだけど上手く行った気がするよ?」
その割りにざわつきがひどいのだけど……?
太陽のごとき笑顔に目が眩んで何も言えない。
この笑顔を守るためにはは、全ての戦いに完勝しなくてはならない。
傷のひとつも負わせたくない。
送りの加護があればそんな憂いは消えるのだが、そうすると生涯に渡って加護を受け続けることを強制することになる。
リラに生き方を強制するのでは私は耐えられない。
だから、私は私にできる全力の支援をしよう。
「小分けにした少人数の電撃部隊ですね。変則ですが奇襲には最適かと。
ざわついているのは近衛騎士の人たちですね?」
「定石じゃないって怒られちゃったんだけど、まずかったかな」
現状の戦力は少ない。
女王直属の近衛兵のうち数名が名乗りをあげてくれた。
所属の決まっていない騎士見習いの中からも掻き集めたようだ。
悲しいけれど、これが解放軍の主戦力だ。
固まったところで高が知れている。少人数で奇襲するしかない。
「編成の意図は説明してあげたのかしら」
リラの作った部隊編成は、ゲーム攻略の視点からするとほぼ完璧な出来だった。
戦いに長けた騎士からの反発は仕方の無いこと。
だが、不満を持ったままでは士気に関わる。
「ひとりひとり説得してるんだけど……」
見た顔があった。
近衛騎士の副隊長をしている男で、志願者の中では頭一つ上の実力の持ち主だ。
階級もこの中では一番上のはず。
名前は確か……
「えぇと、ヘルベルト? ハルバルトでしたっけ?」
「アルベルトです、聖女セイカ・ハインテル。貴方はどう思っているんですか。
治癒術師を最前線へ同行させるのは……」
「待って待って。勇者の指揮に異論を挟むのは、少し待ってもらえませんか。
助言はありがたいですが、貿易都市の攻略を終えるまでが賢者の試験のはず。
実力を認めていないというのなら待機してもらって構いません」
「勇者の力に感銘を受けたからこそ、こうしてご助力を!」
暑苦しい……。
私の苦手な熱い男だ。
「リラ。このアルベルトさんに説明してあげて」
ここは勇者のお仕事だ。
私は一歩下がってリラを見守るお仕事に就く。
ずっとこうして見守りたい。
やらなきゃいけないことは山ほどあるけど今はそれを忘れて見蕩れよう。
「えっとねアルベルトさん、解放軍の目的は帝国からの解放だと思うの。
争うことでも奪うことでもなくて、街の人たちを護ることが一番だと思うの」
リラのよく通る澄んだ声が、アルベルト以下ざわついていた兵の気を静める。
血気に逸る若い兵をいさめるのに、頭ごなしの拳はいらない。
そっと撫でてやるだけでいい。
騎士の剣を護りの剣だと見込んで力を貸してくれと、信頼を預けるだけでいい。
導きの加護のおかげか、リラの生まれ持った才能か。
勇者を信じて付いていこうという空気が広がっていく。
完璧に掌握できるかはこれからの戦いにかかっている。
「セイカと私で被害を抑えてみせるから。
だから皆には街の人たちを助けて護ってあげて欲しいの」
戦闘なんて今の私には朝飯前だが、リラに言われるとこそばゆいものがある。
今度はちゃんと加減すると深く胸に刻み込む。
騎士たちも意図を理解して納得してくれたようだ。
逆に心配そうにしているのは、解放部隊に組み込まれた治癒術師たちだ。
リラの作った少人数の部隊には必ず治癒術師が同行していた。
彼女たちは与えられた役割の大きさに押し潰されそうになっていることだろう。
幼い顔つきを見る限り、従軍経験などない完全な新人治癒術師だ。
面識はないが後輩にあたるのでビシバシ鍛えてやろう。
「皆のことはわたし…勇者リラと騎士の皆様が全力で護るから、安心してね?」
彼女たちには都市の解放と民衆の心身のケアを任せることになる。
人当たりのよさと見た目の美しさが求められる。
私には足りなかったものだ。
他人のために働くということが理解できなかった。
その私が聖女候補を励まし教え導く立場になろうとは……。
「貴方たちはできることだけ、ひとつひとつこなせばいいのです。
傷ついた街の人たちを自分の家族だと思って接してあげてください」
幼い聖女候補たちの顔に光がさしたような希望の色が見えてくる。
頑張るのはいいが、セイカお姉様なんて言って慕ってくるのは止めて欲しい。
詐欺を働いてしまったような、小さな罪悪感の種がチクリと胸を刺す。
どうにも落ち着かなくなって、ぎこちない笑顔を残してその場から逃げ出した。
装備の確認など準備が忙しいという雰囲気まで出して人払いもした。
「純真さに当てられるとか、私は優しい魔王か……」
聖教会からは認められていない特例の聖女がこの私だ。
まさに詐欺師。
聖女が亡くなり緊急時の応急処置として、魔力量と実戦経験の豊富さから勇者の加護を与える役を仰せつかっただけなのだ。
そりゃ邪魔になれば勇者と一緒に消したくもなる。
これからずっと聖女らしく振舞っていかなきゃいけないんだろうか……。
「セーイカ! 聖女さんたちに声かけてるのかっこよかったよ~。
お堅いのも悪くない気がしてきたかも?」
思考の渦に巻き込まれていた私にリラが引っ付いてきた。
恋人のように腕を取って、身体を預け、頭を擦り付けてくる。
いや、距離の近い友人のように…かな。
「リラのほうこそ、しっかり演説して、勇者らしくあり安心いたしました」
「んもー、わたしにはその喋りやめて欲しいなー。
部隊編成が終わったらやめるって言ってなかったっけ?」
私ってやっぱり変なのかな。
一番大切なものを遠ざけようとしている。
「やめると言った覚えはないですけれど……」
膨れた頬がまた可愛い。
帝国との戦いが始まってしまえば私たちを止めるものはなくなる。
少しくらいボロが出てもいいかとは考えていたけれど……。
「進軍経路ですが……少しだけ遠回りして、寄って欲しいところがあります」
「うん、行くよ~、行く行く。セイカにとって大事なことなんでしょ?」
よろしいですかと続ける前に食い気味に返答がきた。
そんなに私の口調を変えたいのだろうか。
堅苦しいの嫌いそうだしな。
ずっとこのままだと嫌われてしまうだろうか。
「私が魔術の修行した修道院が、ここから西に行った……山奥にあるんです」
それはもう本当に山奥の中の山奥。
水が綺麗なこと以外何の特徴もない山奥だ。
地図を広げながら確かめてみるが本当に山しかないのが見て取れる。
「思い出の場所ってわけだ。楽しみだな。セイカの昔話が聞けるんでしょ?」
リラはやたらと期待のハードルを上げてくる。
ろくな思い出話はないから期待しないで欲しい。
「忘れ物を取りに戻るだけですよ。
お話したいこともありますけれど、面白い話ではないですから……」
本当は勇者召喚の前に全ての準備を終わらせておかなければならないんだけど。
事態が急を要したから仕方がない。
「修道院からは一度北側に抜けて港町へ向かいましょう」
辺境の寒村だが避難してきている人たちもいる。
彼らを保護しておくことで印象をあげようという地味で姑息な手段だが、今は一人でも多くの民衆の支持を集めておきたい。
勇者と聖女を暗殺しようなどと思わせないために……。