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破滅の聖女とゆるふわ勇者  作者: 久我山
第一章 破滅の聖女とゆるふわ勇者
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1-5 聖女、ゆるふわ勇者に見栄を張る

 ◆◇



 謁見中のことはほとんど覚えていない。

 言葉にしようのない憤りが頭の中を巡っていて、自分を抑えるのに必死だった。


 賢者の冷たい視線、過去に受けた修行時代のあれやこれやのひどい仕打ち。

 色々と思い出したら何もかもが腹立たしく感じられて、賢者をぶっ飛ばして家に帰って眠りたいと後ろ暗い感情が渦巻いてしまった。


 結果、抑えきれなくなったのだが……。


 情緒不安定すぎる。

 召喚の儀からずっと頭痛が続いているせいだろうか。

 一気に色々思い出したせいだろうか。


 いや、何を言っても言い訳にしかならない。

 今は反省している。




 女王の前で勇者のお披露目が終わるまでは静かにしていられたんだ。

 その後だ。

 大きなお団子頭の小さな賢者は勇者の実力を試すためだと模擬戦を提案をした。


「今はまだ、ゆーしゃの実力をギモンに思うものがいるやも知れぬ。

 とりでの南にあるボーエキ都市を取り戻せば、誰もがナットクするじゃろう。

 まず手始めにわしの用意したせいえー部隊を打ち負かしてみせるのじゃ!」


 あんな紫髪の幼女の言うことに誰もが賛同するなんて……私は頭を抱えた。

 この国、大丈夫なのかな……。


「あの子がわたしを呼び出した賢者さまなの?」


「どうもそうらしいですね。私も少し戸惑っています。

 私が記憶している賢者様は、かなりのご高齢だったのですが……」


「えっ、どういうこと?」


「その辺の事情も後ほどお話いたしますので、今は戦いに集中いたしましょう」


 私とリラを除いて、幼い賢者の存在に疑問を持つものはいなかった。


 冷たく見下す視線は確かに以前の賢者と重なる部分がある。

 どんな女でも――例えば老女であろうとも女にはだらしない視線を向けるのに、私にはいつもゴミを見るような視線を送ってきていた。

 聖女候補に魔術を教える師匠として出会ったが、常に厳しく結果を求められて、私は女と認識されてないんじゃないかと思った。


『運命から逃げることは許さない』


 賢者の冷めた視線が脳裏によみがえる。

 あの時は温かい叱咤に思えたのに……。

 何故だろう、今はかわいがり(いじめ)にしか思えなくなってきている。


 それと同じ視線をこちらに向けているのだ。


 とにかくぶっ飛ばして事情を聞きだそう。

 今の私に起きている記憶の混濁も、賢者なら答えを出せるかもしれない。


 この場を用意したのは賢者だ。

 逃げ出した私を繋ぎとめたのは賢者だ。

 幼女のくせに見下す視線を送ってきているのは賢者だ。

 いわば因果応報、自業自得だ。


「私がサポートに回りますので、リラは好きに暴れてください。

 導きの加護に身を任せれば全て上手く行くでしょう」


「いいの? 思いっきり行っちゃうよ?」


 力が使える喜びにリラが興奮を隠せない様子。

 頷きはするが注意も促しておく。

 わかっているとは思うが相手は私たちの味方だ。

 その辺りも含めて導きの加護が加減してくれると信じている。


「模擬戦ですので死なない程度に……ですからね」


 私はガチで暴れさせてもらいますけどね。

 サポートと言う名の極大魔術を叩き込んでやる。


「セイカ! わたしの中の導きの加護がアラートを鳴らしっぱなしだよ!?」


「小さな邪念にも反応して大変優秀だと思います」


「う、うん。特大の邪念に感じたけど、気のせいだったかな」


 リラは何を言っているんだろうね。

 師匠に挑戦しようという純粋な向上心なのにね。


 あれが賢者だと言うのなら私の全力を叩き込んでも受け流すはずだ。

 受け流せないのならそれはもう賢者でも師匠でもない。




「こちらはいつでもよいぞ。

 さぁ、ゆーしゃよ。かかってまいれ!」


「勇者リラ行きまーす!」


 言うが早いかリラは並み居る騎士見習いの真っ直中に飛び込んだ。


 騎士見習いたちは素手のリラに気圧されたのか剣先が鈍る。

 加護を得た勇者にそんな剣が通用するはずもなく簡単に叩き落とされてしまう。


「なっ、バカな!」


 馬鹿はそっちだ。

 相手は国の命運を賭けている相手だぞ。

 一騎当千の実力があって然るべきと何故わからない。


「身体が軽い! これってセイカのおかげだよね?」


 リラは期待以上の力を発揮した。

 騎士見習いを格闘だけでなぎ払い、続いては聖騎士たちの前に躍り出た。


「全力で身を守ってくださいねッ!!」


 愛嬌たっぷりにウインクをひとつ。

 大きく息を吸い込んで……一撃!

 リラの突き出した拳が空気の壁を叩き割った。


 光り輝く拳から放たれた神聖魔術の波動は、梵鐘の如く響き渡って聖騎士たちの鎧を歪ませながら大きく吹き飛ばした。


「ぬわーっ!!」


 聖女の私も驚くほどの神聖魔術の威力だった。


「やだ……かっこいい」


 それを見せられたのが最後のきっかけだった。


 私もリラにかっこいいところを見せたい!

 理性のリミッターは完全に外れ、気がついたときには極大魔術を放っていた。


 破壊をもたらす光の嵐が巻き起こる。


「あ、あれ……こんな威力、だったっけ?」


 出力を抑えようとしても破壊の嵐はすでに私の手を離れていた。




 砦の東半分を食い破り、城壁までも大きく抉ってようやく終息を見せた。


「こ、ここ、コロす気か! おぬしは昔からそうじゃ。

 目をかけてやってるというに怠ける、暴れる、ふてくされるの三連鎖。

 あげくの果てには、わしのとりでをぶち壊すときたもんだ。

 加減しろバカものめ!」


 そんなに怒ることないじゃない。

 ちょっと加減を間違っただけで悪気があったわけじゃない。


「人的被害はないようで安心いたしました。

 それより、少しは弟子の成長を喜んではくださいませんか?」


「ひみつのとりでを破壊されて喜ぶやつがどこにおるというのじゃ!

 おぬしはアレか、戦場でりせいを落してきたか、それとも脳みそが腐ったか」


「発酵熟成したと言って欲しいものですね。

 私の魔術のすべては師匠からいただいたものですから」


 喧々囂々の師弟喧嘩に周囲の騎士たちは若干引き気味だった。

 自分でもやめなければと思うものの、言い返したい感情が先に立つ。


 言い争いを続けていくうちにかつての賢者と今の賢者が頭の中で重なっていく。

 思い出が塗り替えられるような、記憶を取り戻していくような奇妙な感覚。


 別世界の記憶を自覚したときと同じような頭痛が襲ってくる。


 老賢者に教えを受けた恩義と幼賢者に教えを受けた恩義。

 どちらも、思い…出した。


 師匠への恩を思い出した途端、自責の念が大きく膨らんでいく。


 あれ?

 ものすごいやらかした感が……。


 冷や汗が止まらない。


「あの~、賢者さま~? わたしの実力ってこれで認めて貰えましたか?」


 反論の勢いが止まってしまった私に代わってリラが賢者の前にでる。

 なんという助け舟。

 天使か。


「む、むぅ、そうじゃそれが本題じゃったな、ゆーしゃよ。

 実力は申し分なしじゃ。身をもって知ったものが、きっと手を貸すじゃろう。

 この調子でボーエキ都市を取り戻してきて欲しいぞよ。

 ……オイ、どこへ行くきじゃバカ弟子よ。おぬしはこっちでセッキョウじゃ!」


 悪魔め。


「勇者リラの援護をするのが私の役目で……」


「先ほど見た限り、導きの加護は十全にハッキされておるではないか。

 今のおぬしでは守るつもりが後ろからカイメツ的な攻撃をしかねん。

 酒でも飲んでおるのか? じせー心はどこに忘れてきた? どうなのじゃ!」


「えぇ、はい……おっしゃる通りです」


 因果応報、自業自得がブーメランのように帰ってきた。


 恩義を忘れ恨みつらみばかり思い出して暴走したのは私だ。

 師匠の冷たい目は生まれつきだと忘れていたのも私だ。

 なにより自分の魔力を把握できず力の調整を怠ったのが、この私だ。


「待って待って賢者さま。わたしはセイカがいてくれたほうが安心だよ?

 何かあっても挽回してくれると思うし、ここでの初めての友達だし」


「ゆーしゃよ、あまり弟子を甘やかさんでくれんかの。

 こやつは昔から加減というもの知らんのじゃ。

 修行が辛いからと、わしに毒を盛ってくるようなバカなのじゃぞ?

 おかげでわしの髪はこの有様じゃ」


 思い出しましたから、海より深く反省してますから、もうやめてくだしあ……。


 間に入ってくれたリラも解放軍の編成をせよと退室させられてしまった。


 私はこの後小一時間ばかり、賢者様のありがたいお説教を食らう羽目になった。


「……であるからな、おぬしは深呼吸をしてから動くことを心がけてじゃな……

 オイ、聞いておるのか。目を開けたまま寝ているのではあるまいな。

 ゆーしゃに信頼されておらなんだら、ソッコク修道院に送り返すところじゃぞ」


「えぇ、はい……おっしゃる通りです」


「……もうよいわ。

 時にバカ弟子よ、おぬし……ゆーしゃに惚れておるな?

 あれほど深入りするなと言うたのに、使命を忘れたわけではあるまいな?」


 この、毒を盛りたくなるほどに厳しい師匠はいつもこうだ。

 私が今一番思い出したくないことまで、しっかりと思い出させてくれた。


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