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破滅の聖女とゆるふわ勇者  作者: 久我山
最終章 破滅の聖女と・・・
38/39

4-8 聖女と勇者と神と鍵(前編)

 ◆◇




「さてどうする白き者よ。神を相手に一人で抵抗を続けるか?」


 邪神の問いに、リラは攻撃で答える。

 白い髪をなびかせ風のように駆け抜けた。


 メイスの重い一撃は、鋼鉄のように硬い邪神の身体を押し潰し砕け散らせた。


 リラならきっと大丈夫。

 私がいなくても軽々と邪神を倒してしまう。

 けれど私がいたらそれは叶わない。


 お互いに攻撃力が極まっている状況で、勝敗を決するのは生命力だ。


 魔力の供給源の私を潰しさえすればすぐに終わる。



 こんなことになるなんて……。

 私が自分で決着させようとしたのが全ての間違いだったんだわ。

 自分で戦いの場に出て、身の破滅を引き寄せた。


 結局、前と同じ結果になるのね。

 私は自分の命を絶つことしかできない運命なんだ。



 胸の痛みが強くなる。

 悲しみから来るものなのか、邪神の欠片が影響しているのかはわからない。


 黒い霧に包まれ強いめまいが襲ってくる。


 邪神は私の身体を包み込むように自身の肉体を再生させていく。

 肉に埋もれて身動きもできなくなる。


 でも、もうどうでもいい。


 心地好いまどろみに落ちていく。



「黒き者よ、我が胸で眠るがよい。死は平等に与えられる。

 我が魔力となり永久に生き続けるとも言える。好きに解釈するが良い。

 すぐに白き者も取り込んでやろう。人はひとりでは生きられぬというからな」



 絶望から逃れるための思考停止。

 暗黒神の甘い誘い。


 このまま眠ってしまいたい。





「だめぇええ!!」


 リラの叫びがこれまでにない強い光を生み出した。

 放たれた神聖な光は邪神の肉体を焼き払う。



「セイカ! まだ諦めちゃダメだよ!!」


 邪神に取り込まれた私に向かってリラが飛び込んでくる。

 暗黒力で満たされた邪神の肉体を引き裂き、真っ白な光を届ける私の天使。



「……リラ、私ごと邪神を倒して全てを終わらせて」


 リラは全身から光を発していた。

 目を閉じても感じる強烈な存在感。


 賢者たちと同じように命を燃やして力に変えている。


「どうして逃げるの? 何も言わずにさよならするつもり?」


 私は無駄に力を使いすぎた。

 あとは邪神に命を吸われてあとは朽ちていくだけ。


 リラの笑顔をもっと見たかったな。


「安らかな顔で祈るのはやめてよ。

 わたしたちはまだ終わってないんだから!」



 膝を付いた私に白い手が差し伸べられた。


 小さくて柔らかな勇者の手。



 握り返せば破滅の運命に引きずり込んでしまう。


 その手が握るべきは賢者から受け継いだ世界を救う鍵だ。



「リラ、この剣で邪神を打ち倒して」


 そして世界を救って。

 できることならその鍵を使って元の世界に……。



 リラの手が伸びて……瞬間、火花が散る。


 !?


 頬がゆっくりと痺れと痛みを訴えかけてきた。

 そこで事態を理解する。



「えっ? あっ……何で?」


「恋人が諦めて死のうとしてたら引っ叩きもするよ!

 逃げないでよセイカ!!」



「でも……私がいる限り邪神は倒せないわ」



「すぐに結論出して諦めちゃうのはセイカの悪い癖だよ。

 わたしはまだ諦めたくない。まだやれることはあるはずだよ!」



 強く揺さぶられても頭は冴えてこない。


 何をしたって私の運命は変わらないんだ。



 暗黒の気が私を中心にして集まってくる。

 何度やっても同じことの繰り返しだ。



 結界も悲鳴をあげている。

 次の一撃で決めなければ結界が崩れて帝都が滅びかねない。



「どんなに辛いことがあっても、わたしはセイカをひとりにしないよ。

 嬉しいとき、楽しいときと同じように、悲しいときも一緒にいたいよ」


 それはまるで夫婦の契りのような宣言で……胸の痛みが強くなった。


「ねえ、セイカ……最後の加護を授けて。命がけの悪あがきをしようよ。

 セイカの身も心も全部、わたしに預けて欲しいんだ」


「そんなことをしたらリラまで死んでしまう。

 私ごと倒せば済むことじゃない。大丈夫、死ぬのは初めてじゃないから」


 リラは咎めるように私の唇を噛んだ。



「わたしを信じて、絶対に諦めないで」


「私ごと邪神を消滅させて……」


「諦めないでよセイカ。またわたしが誰だか忘れちゃったの?

 わたしは勇者リラだよ。世界を守り、セイカを助ける勇者リラだよ」


 私だって諦めたくない。

 でも無理なのよ……。


 私は嫌々と首を振るがキスで押さえつけられる。


「早く離れて、このままじゃリラまで取り込まれてしまうわ」


「わたしを信じて……大好きだよセイカ」



 触れ合った唇と唇。握り合った手と手。

 暗黒に飲み込まれているはずなのに、はっきりと映る白い髪の少女。

 リラの瞳には私が映っているだろうか。


 最後の力をすべてリラに流し込む。



「私もよリラ。愛してるわ」




 身体の感覚がなくなっていく。

 触れ合っていた手の温もりも、唇の柔らかさもすべて消え去った。



 再び邪神の体内に取り込まれてしまった。


 もう、リラを癒してあげることもできない。








『わたしの中の勇者の加護。どうかわたしの願いを叶えさせて』


 真っ暗な中に声が響く。

 頭の中に響いてるみたい。



『戦う以外の才能がないのはわかってる。でも今、どうしても必要なの。

 だからお願い。大好きな人のために力を貸して……』


 これはきっとリラの心だ。私を助けようとしてくれている。

 そうして欲しいと願っている、私の幻聴かもしれない。


『セイカはわたしが死なせない。だから、信じて諦めないでいて……』


 リラの唇が触れた気がした。













「不安が見て取れるぞ、白き者よ。安心しろ、その感情も食らってやろう。

 我が破壊は平等に与えられる」


「手も足もでなかったくせに。まだそんなに強気なの?」


「黒き者の一撃には驚かされたが、その力の源は我の欠片であった。

 このような僥倖に巡り会えたことを我も神に感謝せねばならぬか?

 いいや違う。これこそ我が願いが引き寄せた運命だ。破滅の始まりだ」


勇者(わたし)の力は怖くないって言うんだ?

 わたしはね、大好きな人を守るためならどこまでも強くなれるんだよ」


(ダメよリラ。邪神の言葉なんて無視して。ただの時間稼ぎよ)


 暗黒神は今もなお威圧的な態度で大きく構えている。

 リラにやられた肉体もすでに再生しきっている。


 一方的にやられていたのもきっと見せかけだ。

 塵のように小さくになって逃げ回っていたに違いない。


(……あれ? どうして邪神の姿が見えるの。私は体内に取り込まれているはず)


 黒い霧の向こうに外が見えていた。

 それもリラの視界を通して、向こう側から覗いているような不思議な感覚。


「セイカのくれた勇者(わたし)の力と、セイカの中にあった邪神(あなた)の力。

 どっちの力が強いか、どっちの願いが本物か試してみようか。

 耐え切ったらそっちの勝ち。消し飛ばしたらわたしの勝ち。簡単でしょ?」


 リラは聖剣を掲げ暗黒神を挑発していく。


 私の中から力が吸い上げられていくのがわかる。

 暗黒神も最後の一撃だと覚悟しているようだ。


(リラ、お願い。勝って……)


 私は祈ることしかできない。


『セイカにもまだできることがあるはずだよ。

 魔術の苦手なわたしにだって、命を燃やす術が真似出来たんだよ?

 賢者の弟子のセイカならそれくらいちょろいでしょ?』


 リラの幻聴(こえ)は私まで挑発してきた。



 心の奥底でくすぶる何かに火がついた。



 どうせ最後だと思って抵抗を試みる。


 暗黒神の内側で聖なる力を練り上げていく。

 命を燃やして力に変えて、リラの攻撃に合わせて爆発させよう。


『やっぱりセイカはそうでなくちゃ!』


 頭に響くリラの声も明るく弾む。何故だか死なない気がしてきた。







「これが最後の一撃だよ。絶対セイカを返してもらうからね!」


 勇者(リラ)は聖剣を天に向けて構え、精神を集中させる。

 掲げた剣に力が宿り、聖なる光が湧き出してくる。


 勇者の放つ奇跡の光は、悪を滅する破邪の力となる。


「《神聖なる輝きの訪れセイクリッドスターソード》」


 聖剣が星の輝きを溢れさせ膨張しながら辺りを照らす。



「生命そのものを力とするか。やはり人間は面白い。何がそこまでさせる?

 良いだろう。その執念も全て受け入れ、飲み込んでやろう!」


 暗黒神の硬化した皮膚が何層にも織り込まれ繭を作り出す。

 私から力を吸い上げ瘴気を撒き散らし、光を阻害しようと迎え撃つ。



 八人が命を糧にして作り上げた結界が、ひび割れ、震え、悲鳴を上げている。


「この光は……なんという波動じゃ」


「勇者様、結界がもう持ちません!」



 リラの手に握りこまれた流星の輝きは、全てを飲み込み消し去っていく。

 持てる全てをつぎ込んだ必殺の一撃。


 私はリラに呼吸を合わせて浄化の力を爆発させる。

 命の炎で練り上げた力。




(リラが信じさせてくれたから、私は諦めないわ)


「セイカ……愛してるよ」




 リラは振り上げた光の剣を一直線に振り下ろした。



「《勇者の一振り(ブレイブブレイド)》」



 圧倒的な質量を持った光の柱が倒れ込み、悪しき力を噛み砕いていく。

 何層にも防御をめぐらせた暗黒神の身体を磨り潰す。


 光の剣は全てを飲み込み崩壊させ、無へと還していった。



 あとには何も残らなかった。


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