4-7 聖女と邪神と仲間と敵と(後編)
◆◇
「いつまで休んでおるつもりじゃ。暗黒神を倒すことに集中せい。
力を溜めて初撃に全力を注ぐのじゃ」
「倒せと言われてもまずは帝都から離さないと……」
「安心せい。対策は済んでおる。戦う前から戦いは始まっておるのじゃ」
賢者が高いところから声を掛けてくる。
飛竜に乗ったまま腕組みをしてこちらを見下していた。
策と言っても相手は異常に硬くて再生し続ける邪神だ。
聖母の聖域ぐらいでは押さえきれない。
だから、人のいない場所に隔離して戦うしかない。
どうやってそんなことを可能にする?
「何をする気ですか。策があるのなら説明してもらえませんか」
「暗黒力の再生を気にしておるのじゃろうが、まったくもって問題なしじゃ。
強力な聖域を発生させ、再生も移動も完璧に封じてやろう」
「どうやるかは教えてはくれないのですね……」
「おぬしが気にするのは、いかに封じるかではない。いかに破壊せしめるかじゃ!
ほれほれ、わかったらさっさと魔力を練り始めんか」
改めて問うが師匠は無視して鼻を鳴らした。
不満が残るが策があるというなら乗るしかない。
憤りを力に変えて魔力を練り上げて、邪神の破壊にのみ神経を注いだ。
得意な風の魔術にするか、それとも硬い肉体に効果的な雷か。
自分の力だけでは足りないかもしれない。
邪神の攻撃を反射して逆に利用する手もある。
選択肢はそう多くはない。
最後まで決めきらずに集中して対応しよう。
その様子にようやく満足したのか賢者が口を開く。
「よし、それでよい。そのまま取り乱さず聞くのじゃぞ?
これより行うは生命力を魔力に変える外法を使った最強の結界魔術じゃ。
皆を人柱とするゆえ、非常に危険なものじゃ。一気に始末せいよ?」
浮ついていた私を目の前の戦いに向けるには十分な忠告だった。
「みんな配置についたみたいだよ。賢者さんもセイカも準備はできた?
ん、すごい集中してるみたいだね」
リラも隣で武器に強化をかけ始めた。
神聖系の魔術ならもうお手の物のようだ。
このまま回復魔術まで熟練したら私いらなくなっちゃうな……。
私の心の陰りを察したのか肩を摺り寄せてくる。
白い髪からやわらかな花の香りを感じた。
そうだ。
私はこの小さな勇者を守りたいんだ。
心配することないほど強いけれど、それでも私は守りたいんだ。
だから今、目の前の戦いに全力を注ぐ。
私たちが近づくと暗黒神も動き出した。
最終決戦が始まる。
逃げ出すものはここにはいない。
「神の前に立ち塞がるか。それもまた良い。
では、おのれの非力さを呪うがいいッ! 死ねッ!」
暗黒神の咆哮は強大な暗黒力の塊を生み出した。
放たれれば破壊の渦が広がるだろう。
撃たせるものか。
初撃に全力を注げ。
賢者の忠告通りに練り上げた魔力を一気に解放する。
邪神の攻撃に合わせて巻き込むように狙いをつける。
「風よ引き裂け、雷光よ爆ぜろ。《疾風怒濤》」
雷を纏った烈風を打ち当てる風と雷の複合魔術。
炸裂した魔術は邪神の身体を竜巻で包み込み、何度も雷撃を突き抜けさせた。
暗黒力を巻き込んで連鎖的な爆発を引き起こす。
切り裂かれて散らばる邪神の肉体につい口元が歪む。
だが、喜んではいられない。
周囲に暗黒の気が残っていれば何度でも再生してくるだろう。
「今じゃ! 《四聖陣》!」
賢者の号令で東西南北それぞれから光の柱が天高く伸び上がる。
邪神を囲むように立てられた四本の柱は太陽の力を増幅させて強力な神聖領域を作り出した。
聖域は内部の瘴気も浄化し、外部からの暗黒力の流入も妨げている。
「これだけの神聖力。一体どうやって……」
柱の根元を注視すると二人ずつ陣を組んでいるのが見えた。
ロビーナ殿下と聖騎士ディア。
聖母ユークリアと魔獣騎士ガラハド。
法皇ユノとマール将軍。
さらにはフィル新王と聖堂騎士システィナまで光の柱を生み出している。
「みんなが命がけで防いでくれてるの」
「言ったであろう、命を力に変えるのじゃと。
ゆえに長くは持たん。さっさと全て消し飛ばして終わらせてこい!」
光の柱は皆の命の輝きだった。
聖母ユークリアと法皇ユノが聖域の基点となっているのだろう。
それぞれ柱になった二人から生命力を引き出し制御する役を賢者が担う感じか。
なんて無茶なことを。
一刻も早く戦いを終わらせなくてはならない。
リラもそれをわかっていて邪神の破片を叩き潰していく。
「《神聖なる破砕《セイクリッドバスター》》《神聖なる崩壊《セイクリッドブレイク》》《神聖なる消滅《セイクリッドヴァニッシュ》》」
再生の隙も与えぬ連続攻撃。
それでも邪神の肉体は再生し始める。
浄化しきれず漂う邪気がまだ存在するようだ。
私も負けじと神聖魔術を次々と放つ。
「《神聖なる穿孔《セイクリッドアロー》》」《神聖なる破裂《セイクリッドウィップ》》」《神聖なる衝撃《セイクリッドジャベリン》》」
邪神の肉体に穴を開け、引き裂き、打ち砕く。
暗黒の気になるような死体はないし、浄化の力で囲んでいる。
すぐに力を使い果たし消え去るだろうと思っていた。
しかし予想は裏切られる。
「なぜ再生が続いているの……?」
「わたしにもわからないよ。暗黒の気がまだ漂ってるみたい」
攻撃疲れするほどリラも私も消耗していく。
私たちの攻撃より暗黒神の再生力が上回ってくる。
皆が命がけで作り上げた結界はまだ機能している。外からの流入はない。
一体どこからそんな力が?
肉体が再生しきった暗黒神はゆっくりと口を開いた。
「まだ気付かぬか? それとも運命を受け入れられぬだけか?
いや、我もまだ信じられぬが、奇妙なこともあるものだな」
「私たちじゃ神に勝てないとでも言いたいの?
悪いけど私は一度見ているの。神が滅ぶところをね」
「威勢がよいな、黒き者よ。そなたの神を滅ぼす力は認めてやろう。
我が肉体をこうも易々と砕くとはな。その力、どこで手に入れた?」
邪神になど褒められても何も嬉しくない。
再び魔力を練り上げて攻撃態勢を取る。
「あまり浪費してくれるな。
その力は我のものだ。我の元に還るべきものだ」
「私の力は私の努力の結晶よ。貴方に返す物など何もないわ」
「ハハハ、本当に気付いておらんのか。貴様の中には我の欠片が眠っておる。
何故にそのような不可思議が起きたのか……まことに興味深い現象だ。
人間の中に未知を見出すとは思わなんだ。この世もまだまだ侮れんな」
何を言っているのかわからなかった。
ただわかったのは邪神は私を見て笑っているということだけだ。
その時ひとつの推測に行き当たった。
魂の旅を経て、時間と空間を越えてしまったこと。
私の力が異常に強くなった原因。
私の中に邪神の欠片が……?
「まさか……」
私が以前の勇者と邪神を打ち倒したときのことを思い出した。
邪神が消え去ったときに感じた胸の疼き。
勇者を殺さねばならない使命のせいだと勘違いしていた。
その胸の疼きは今も消えず、胸の中に強く感じている。
感情とは別の、肉体的に感じる強い疼き。
これがそうなのか。
邪神の欠片を埋め込まれていたなんて。
「私の力が暗黒の力……?」
「我の神格が込められた純然たる力の塊だ。人の身で扱えたこと、誇りに思え。
しかしそれは我の力だ。我の生み出した物ではないが、我の所有物である。
破滅をもたらす我が半身よ。我の元へ還って来るがよい!」
邪神を倒すためには魔力の供給を絶つしかない。
聖域の中に私がいては邪神を倒すことができない。
けれど邪神の欠片を持っていては外に出ることもできない。
結界を消してしまえば帝都が滅びてしまう。
どうすればいいの。
「さてどうする白き者よ。神を相手に一人ででも立ち塞がるか?」
やっぱり私は……破滅の聖女は死ぬしかないのね。




