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破滅の聖女とゆるふわ勇者  作者: 久我山
最終章 破滅の聖女と・・・
33/39

4-3 聖女と賢者とゆるふわと

 ◆◇



 戴冠式を終えてフィル新王のもとに王国は復活した。

 指揮官はまだ勇者リラだが、それもすぐに交代することになるだろう。


 なぜなら、私がリラを奪って逃げるからだ。


 邪神討伐を終えたらそのまま足でどこか遠くへ……。


 どこへ行こうかしら?

 国外に出てみるのもいいかもしれないわね。



 宛がわれた自室で最後の確認をしていると賢者が訪ねてきた。

 避けてたわけではないが、積極的に会いたいとは思っていなかった。

 どうせ何かにつけて叱られるだけだ。


 向かい合って座ると、思ったとおりに師匠のありがたい説教が始まった。

 せっかくお茶を用意したのに飲みもせずだ。


「王に別れを告げればそれで終わりじゃと思ったのか?

 わしに挨拶もなしとはな。最後くらい敬意を示してもよかろうに」


「今まで大変お世話になりました。

 老後はお体に気をつけて無理せず静かにお過ごしください」


「言い方にトゲがあるのう」


「感謝はしています。魔術に関してのみですが……」


 私はこの小さな師匠が非常に苦手だ。


 魔術の影響で成長の止まってしまった幼い姿。

 顔に似合わぬ知識と経験の積み重ねからくる深い言動。

 違いすぎる印象に私の心はいつも掻き乱されてきた。



「別れの挨拶が目的ではないのですよね?

 師匠はいつでもご自身の好奇心を優先させてきました」


 だから、つい言葉がきつくなる。


 賢者が悪いわけではない。

 見た目と中身の差を私が受け入れられないだけなのだ。


 頭が硬いといつも言われていた。


「やれやれ、年長者を敬うことを忘れおってからに。

 知識ばかりで知恵を与えられんかった、わしの落ち度かのう」


「物覚えの悪い弟子で申し訳ありません」


「おぬしは本気で、役目を果たさず逃げおおせると思っておるのか?」


 聖女に与えられた、勇者を暗殺せよという最後の役目。

 やらないと決めたことを蒸し返されて、私は不機嫌になり睨みつける。


「師匠のほうこそ、このまま王国に留まって国政に口を出すおつもりですか?」


 幼女の見た目を保つこの小さい賢者は私の知る限りで一番の知恵者だ。

 政治をやらせても魔術以上の才能を発揮するに違いない。


 しかし、賢者チハチルは大きなため息で返す。


「わしの仕事は勇者を召喚したときに終わっておる。

 研究のために溜め込んだ魔力を王国復興のために使ってやったんじゃ。

 これ以上を望まれても何も出やせん。政治なんぞに関わる気もないわ」


「私も同じです。これ以上は王国軍に関わる気はありません。

 邪神を討伐した後は好きにしろとフィル新王も仰られました。

 私たちを止める手段がないとも。ですからもう誰にも文句は言われません」



 私だって怠けたい気持ちから言っているわけじゃない。

 誰にも迷惑が掛からないように消えてあげるって言ってるのに。


「傲慢な目をしておるな。力を持つものに課せられた責任の話を忘れたか。

 我欲で力を振るえばどうなるか、何度も言って聞かせたはずじゃぞ?」


「誰かを力で脅かすつもりはありません。

 王国統一の道も切り開いて王家のために十分に働きました。

 聖教会の派閥争いも未然に防ぎます。私がいないほうが都合がいいんです」



「周囲を納得させたつもりじゃろうが、ひとり足りておらんぞ?

 このわしじゃ。わしを納得させる旅立ちの訳は用意してあるんじゃろうな?」


「師匠も国を離れるのに、どうして承諾を得なければならないんですか」


 賢者は腕組みし、呆れながら首を振る。


「おぬしが弟子だからじゃ」


 幼い顔が不満げな色に染まっている。

 それは嘲りよりも失望の色が濃かった。


「わしには責任があるのじゃ。おぬしに術師としての力を与えた責任がのう。

 その力をどこへ向けて、何をするか、わしは知っておかねばならんのじゃ。

 おぬしが道を違えたときに、止めるのは師であるわしの務めじゃからのう」


 賢者はすっかり冷めてしまったお茶を啜り、何度目かの深いため息をつく。


 私は何も言えないでいた。

 リラと一緒にいられればそれでいいと思ってたから。


「どうせ何も考えておらんのじゃろう。

 じゃから、わしが師として最後の課題を持って来てやったのじゃ」


 師匠が不敵に微笑むとき、それは私に無理難題を押し付けるときだ。




「覚えておるか。かつて大陸がひとつだったころに神と暮らした楽園の伝承を」


 急に何を言い出すかと思ったら創世記の話だった。

 口伝されてきたような古い教訓話だ。

 似た様な話は聖教会の経典にも載っている。


「昔話に興味はありませんので」


「まったく堪え性のないやつじゃ。たまにはわしの話を最後まで聞くがよい。

 その楽園には神と共に多くの人間が幸福に暮らしておったが……」


「長くなりますか?」


 遮ろうとすると、舌打ちと鋭い睨みが飛んできた。

 わかりました。聞きますよ。聞けばいいんでしょう。


「ある日、他人の幸福を羨んだ人間から悪意の塊である『魔』が生まれたのじゃ。

 人の中にある嫉妬や怒り、嫌悪や欲望が魔をどんどん大きく強くしていった」


 私の怠け癖も心に魔が巣食っているからだと、よく叱られたものだ。

 何もかも懐かしい。


「楽園に生まれた魔は神々をも蝕み、一部は邪神へと変異していった。

 神々は自らの住む地を天上へと飛ばし、邪神たちは地の底へと封じたのじゃ。

 そして、それぞれの大地を行き来できぬよう世界の門を堅く閉ざし鍵をかけた」


 太陽神の伝承もほぼ同じだ。

 天から恵みが降り注ぐのは天上に神々の住む楽園あるからといわれている。


 神聖系の魔術には天にちなんだものが多いのもそのせいだったはず。

 魔術理論より実践のほうが好きだったから詳しく覚えてないけれど……。


「邪神どもは復活の日を夢見ておる。世界の門を壊し天上を奪うその日をじゃ。

 やつらは人々に囁きかけ、魂を捧げさせ、力を集め、受肉しようとしておる。

 この地に降り立とうとするのは、この世界に門を開く鍵があるからなのじゃ」


 まったく耳に入ってこない。

 おとぎ話の邪神と私が倒そうとしてる邪神が同じだとでも言いたいのだろうか。



「本来はゆーしゃに託すものなんじゃがな……」


 賢者は虚空に魔法陣を敷き、陣の中から強力な波動を感じる。

 見たことのない術式。


 私の疑問をよそに、虚空に浮かんだ魔法陣から一振りの剣を取り出した。


「何ですかそれは……」


 華美な装飾がされているわけでもないのに、どことなく高貴さを感じる。

 剣自体が力を持っているように感じた。


「神聖剣《世界を渡る冒険の鍵(リープキーパー)》。やつらはこれを狙っておる」


 私が感じたのは剣そのものが放つ神の力だったのか。

 賢者は覚悟を決めた顔で神聖剣を差し出した。


 受け取れと……?


「世界を救うゆーしゃが現れたときに渡すのが我らチハチルの使命じゃ。

 天上に渡り、神の力を得て、すべての魔を討ち払う。いにしえよりの悲願じゃ。

 鍵が神の力を取り戻せばゆーしゃを元の世界へ送り返すことも可能やもしれん」


「それをなぜ私に…?」


 そんな大層なもの渡されても困る。

 戦いに巻き込まれるのはまっぴら御免だ。

 そのために逃げようとしているのに……。


 珍しく賢者が笑った。


「おぬしはわしの最高の弟子じゃ。チハチルの名を継がせたいほどにな」


「……いいえ、それは結構です」


「そう言うじゃろうと思っておった。じゃから使命は忘れても構わん。

 おぬしがこの鍵をどう扱おうと、それは託したわしの責任じゃ。

 持って行くがよい。ゆーしゃに渡すも、封印するもおぬしの好きにせい」


 無理矢理に剣を握らせ押し付けてくる。


 剣に触れた瞬間から身体が熱く燃え、動悸が激しくなった。

 賢者の使った魔法陣や剣の扱い方が一気に頭に流れ込んでくる。


 私は剣の発する神気に呑まれていた。


「世界を渡る……鍵」



「その鍵はおぬしに与える最後の課題じゃ。

 それはわしの最後の課題でもある。信じておるぞ、不出来なバカ弟子よ」


 剣の美しさに見惚れていたら、師匠はいつの間にかいなくなっていた。


 賢者の呟きは私には聞き取れなかった。




 :

 :

 :




 妙なものを押し付けられて呆然としていた。


 リラが隣にいるのも気付かないほどに。


「まだ準備終わってないみたいだね。私はもう挨拶を終えてきたよ。

 邪神討伐を終えたらそのまま旅立つつもりなんでしょ?

 ねぇ、セイカってば聞いてるの?」


 身体を揺すられてようやく我に返る。


「ごめんなさい。少し考え事してたの。

 だけど、おかげで行きたいところが見つかったの」


「ホント?どこなの? わたし暖かいところがいいな」


「どんなところかはわからないけど」


「決まってないじゃん」


 身体を預けてべったり張り付くリラの距離感にも随分慣れたものだ。

 倒れないように受け止めて私からも頬を寄せる。


「私が行ったことないだけよ。どこかにあるのは確実なの。

 どこにあるのか、どうやって行くのかは、まだわからないけれど……」


「なんだかそういうのも勇者っぽくていいかも」


 ぎゅっと抱きしめて親愛を確かめ合う。

 昔はそんなことに何の意味があるのかわからなかった。


 リラとなら嫌じゃない。

 むしろずっとしていたい。


 ゆるゆると波打つ髪から花の香りがほのかに漂ってくる。

 私はそれだけで満たされる。



 リラには行きたい場所や、やりたいことってないのかしら?

 困っている人を救いたいっていう勇者の願いではない、リラとしての願い。


 先のことはわからないと言っていたけど、望みがないわけじゃないだろうし。


「そんなに見つめられると照れるよ。顔に何か付いてる?」


 浸っていた私にリラが声をかける。

 また思考の波に呑まれそうになってた。


「リラは旅の目的を考えたりしてるのかな?って考えてたの」


 リラが首を傾げてしばらく唸って出した答えは、普段と変わらないものだった。


「やっぱり悪者退治かな。かっこいいと思わない?」


「どうしても戦うことから離れられないのね……」


「困ってる人を見過ごすわけにはいかないよ。わたしは勇者だもん。

 それに邪神を呼び出そうとする悪いやつが一人だけとは限らないじゃない?」


 呆れながらも子供を見守るような優しい気持ちでリラの髪を撫でる。

 野心がないのは年相応の純粋さなのかもしれないと思った。


「大丈夫だよ。全部を力で解決しようなんて思ってないからさ。

 善いことをしたいけど力が足りないって人に戦う方法を教えてあげたいんだ。

 戦わずして勝つっていうのも極めてみたいな」


 よく考えてみたら当然のことだけど、邪な考えが真っ先に浮かぶようなら勇者にも選ばれないわよね。


「どこまでも貪欲なのね。もう私が諦めたほうがいいのかしら」


「戦わないためにはセイカの頭脳が必要不可欠だよ。頼りにしてるんだからね」


 強く抱きしめられて私の胸は高鳴った。

 単純だな私は。

 頼られることの嬉しさを隠し切れない。


「いい気分にさせてたって何もご褒美は出ませんからね?」


「本当に頼りにしてるよ?

 わたしはひとりじゃ戦うしかできないからさ」


「私なんてひとりだったら何もしないわ。

 リラがいたから頑張れた。リラに良いところを見せたかったのよ」


「同じだね。わたしもセイカにかっこいいとこ見せたかったんだ」


 戦いの前の緊張感などない、他愛のない会話がなにより楽しかった。


 邪神討伐を終えたら二人で一緒に旅に出る。


 何のしがらみもない、二人だけの新しい生活。

 期待で胸がいっぱいになっていた。


 行き先はリラにはまだ秘密だ。行けるかどうかもわからない。

 でも必ず辿り着きたい。


 私は見てみたい。

 リラの生まれ育った世界を。


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