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破滅の聖女とゆるふわ勇者  作者: 久我山
最終章 破滅の聖女と・・・
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4-1 聖女と花と父と娘と

 ◆◇



 王都では戴冠式が行われ、フィル王子はアテネステレスの新しい王となった。


『旧王家を再興し大陸統一を成し遂げる』


 新王は高らかに宣言する。

 王国の新たな門出を祝う場に集まった領主たちは大いに沸き立った。



 それと時を同じくして旧四カ国同盟の敗残兵が各地で動き出す。

 示し合わせたかのような一斉蜂起。


 解放軍との戦いで疲弊している帝国は、この反乱を抑えきれないだろう。


 こう着状態となってもフィル新王には好都合だ。

 民衆は状況の打開を解放軍に期待するはずだから。



 この作戦を式典の日に合わせる趣味の悪さ。

 裏で操っているのは大賢者チハチルに違いない。


 式典を欠席した私は衛兵からこの情報を聞いて一人物思いに耽っていた。


「まったくあの人は……。

 王政に関わるのは嫌だと言っていたくせに」


「キミたち師弟は似たもの同志だよね。

 んふふ、探したよ。ずっとどこに居たのさ?

 ボクから隠れてたの? 寂しかったんだよ?」


 一人だと思っていた私の呟きに応えるものがいた。


 美しい金髪を二つ結びにしたミニドレスの美少女……に見間違うほどの美少年。

 アテネステレス第二王子ロビーナ殿下。


「ロビーナ様から隠れてたわけではないのですが、私に何か御用ですか?」


 新王の戴冠式を抜け出して何をしているんだこの人は……。


「そんなに警戒しないでよ。ボクはお礼が言いたかっただけだよ。

 兄さんを助け出してくれてありがとう」


「王子が自らの力で脱出なされたじゃないですか」


「兄さんが生きてるって、信じさせてくれたのはキミじゃないか。

 それにキミが頑張ったおかげだともボクは思うけどな。

 褒められるのは慣れてない?」


 いたずらな微笑みで揺さぶってくるいつものやり取り。


 からかわれるのも褒められるのも苦手だ。

 何度やられても慣れるものじゃない。


「んも~、睨まないで。

 不機嫌なときのキミの目は本気で怖いからさ」


 軽口を続けるロビーナ殿下を無意識に睨んでいたみたい。

 疲れが抜けてないな私。


「冗談じゃないか。そんなことでは社交界を渡っていけないよ?」


「渡って行く気はありませんのでご心配なく。縁談も必要ありませんからね?」


 睨まれても冷やかしをやめないロビーナ殿下に、これ以上は弄ばれないようにと引き攣り笑顔で牽制し返した。

 効果は薄いがそれでも思いは伝わった。

 ロビーナ殿下は肩を竦めて苦笑する。


 この人は本当に私で遊ぶのが好きなんだな。

 人をおもちゃのようにして悪趣味すぎる。


 それなのに女の子よりずっと女の子らしいところもある。

 不意に距離を詰めて感謝の抱擁で私を驚かせた。


「改めて礼を言うよ。兄さんを助けてくれてありがとう」


 甘い花の香りが鼻腔をくすぐった。

 長い抱擁だった。





「殿下、そろそろお時間です」


「ん、わかった。先に戻ってるよ」


 赤い髪の聖騎士、ディアが声をかける。

 大上段から振り下ろす剣閃のような真っ直ぐな性格の女剣士だ。


 彼女はずっとロビーナの近衛騎士をしていたが、今は私の近衛騎士らしい。

 初めて会った日から剣を捧げると付きまとって来ているが了承した覚えはない。


「ついでだからディアもお別れを言ったら?」


「お別れ? そんなものは必要ありません。

 わたくしはどこまでもお供すると剣を捧げておりますから!」


 ロビーナは私が解放軍を去ろうとしていることをすでに気づいているようだ。

 どうしてこう王族は人の動向に鋭いのだろう。


 ディアさんには伝えていないようだけど。


「あの……セイカ殿は、帝国側からも祝辞が届いたのをご存知ですか?」


「すごいことする人がいたものね」


「それも西方将軍からだと言うです。

 マール様が刻印をお確かめになりましたが間違いないとのこと」


「それって寝返るってことよね?」


「わたくしには……わかりかねます。セイカ殿はいかが思われますか?」


「使える情報だと思うわ。

 マール将軍が関わっているなら問題はないでしょう」


 西方将軍が遠征していた地域は、四カ国同盟のひとつサシャ王国の領地だ。

 蜂起した敗残兵と西方将軍の勢力がフィル新王の下に集うことになれば、帝国打倒は容易なものになりそうだ。


 将軍はサシャ領で対立を抱えたままを解放軍と戦うことを恐れたのだろう。

 マール同様に暗黒力に侵されていないなら引き入れる価値のある人材だ。


 あとでフィル新王に進言しておこう。

 私が言わなくてもマール将軍が伝えてくれると思うけど、一応ね。




 :

 :

 :




 旅立つための荷物を飛竜に積んでいると、飛来するグリフォンが見えた。

 王国の紋章を抱えている。ガラハドの操るグリフォンだ。


 戴冠式のために聖母を連れて来てくれた。


「よくきてくれたわねユークリア。思うところもあったでしょうに」


 修道女時代に唯一心を許した友の面影がちらつく少女を出迎える。小さな身体に重責を背負い、聖教会の指導者として活躍している当代の聖母ユークリア。


「よしてくださいセイカ様。最初から同行すべきだったのです。

 意固地になっていた私をガラハド様が叱ってくださいました」


 深々と頭を下げるユークリアを、優しい微笑みで見守る魔獣使いがいた。

 よくやったわガラハド。

 母を失った悲しみからこれほど早く立ち直れたのは、心優しき魔獣使いの彼がいてくれたからだろう。

 私では恨まれ役を買って出ることぐらいしかできなかった。


 私の視線に気付いたのか、大層なことはしていないとガラハドは首を振った。



「お噂では法皇もこちらに来ているとお聞きしましたが……」


「ええ、素敵な女性ですよ。 これからはお話する機会も増えるでしょう。

 手を取り合って民衆を導いてあげてください」


「気が引き締まると同時に楽しみも増えました。

 セイカ様もぜひご一緒にお茶を楽しみましょうね」


「そう……ですね。機会があれば」


「無理なさらないでください。

 私はもう平気ですから、セイカ様の優しい心は伝わっておりますから」


 手を包み込むように握られて微笑みかけられてしまう。

 見上げてくるユークリアの瞳は、優しさと慈愛に満ちていた。


 私は何もしていない。

 復讐心を抑えて前に進む決心をしたのユークリア自身だ。


 うまく言葉に出せない自分が情けない。

 ありがとうと返すしかできなかった。




 ガラハドにも改めてお礼を言っておく。

 彼の扱う魔獣たちにもずいぶんと助けられた。


「オレのほうこそ助かった。全ては貴方の采配のおかげだ」


 助かったのは私の方なのに逆にお礼を言われる。


「皆が評価するのはそれだけ貴方に救われたということだ。

 オレもその一人だ。帝国とは違うやり方で領民を救ってくれて感謝してる。

 貴方の下につけてよかった」


「私の下じゃないでしょ。今はもうフィル新王の解放軍よ。

 ガラハドも晴れて王国軍に復帰ね。アルベルトもきっと喜ぶわ」


「あいつの出世のほうがオレには喜ばしいことだよ。

 この戦いで多くの経験を得て、将としての自覚を持ち始めたらしい。

 まだまだ子供だと思っていたんだがな」


 友人や元上官の気持ちというより親の心境ね。

 戦友に思いをはせて目を細めるガラハドから父性が滲み出ていた。



「もうひとつ喜ばしいことにな、オレの相棒が帰ってくる」


「帝国に持って行かれた飛竜たちね?」


「なんでも帝国の将軍までもが解放軍に加わろうとしているらしくてな」


「西方将軍のことね。マール様が手引きされたのかもしれません」


 飛竜を飼いならせるほどの魔獣使いはそういない。

 帝国が接収したものを授けられた西方将軍が飛竜ごと寝返るのだろう。


 魔獣が手元に戻るらしく期待に胸を躍らせているようだ。

 年甲斐もなく喜ぶ男に少し可愛さを感じた。


「将軍に献上されるほどなら、きっと優秀なんでしょうね」


 当然のことだとガラハドは頷く。



「あいつは鱗の質から違うんだ。ひとつひとつの鱗が大きく、黒く艶があり、形も整っていて極めて気品高い。顔立ちもよくてだな、鼻筋の程よい曲線と力強く突き出す牙の対比。これが堪らんのだ。強く輝いて澱みない瞳は遠くまで見通し、巨大な体躯に似合わず小回りも効く運動性能。そして主人の操縦に機敏に応えてくれる反応速度。どれを取っても最高級と言える自慢の相棒だ」


 うん……。

 ごめんなさい、もういいです。

 大好きなのは伝わったから……。


 私は張り付いた笑みで相棒を褒め称えるガラハドを見送った。


 面倒だから戴冠式に出るのを辞退したはずなのに余計に疲れてる気がした。


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