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破滅の聖女とゆるふわ勇者  作者: 久我山
第三章 破滅の聖女と白と黒
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3-9 聖女、ゆるふわ勇者と空中散歩

 ◆◇



 王都を取り戻した解放軍は明るく活気付いていた。

 今もフィル王子の戴冠式の準備で皆が慌しく走り回っている。


 戴冠式には帝国の法皇も王国の聖母も祝福に訪れることが決まっている。

 とても盛大な式になるだろう。


 ガラハドの説得がなければユークリアは再合流しなかったかもしれない。

 父親を知らないユークリアに魔獣使いの優しさが通じてくれてよかった。

 真心の勝利だ。


 戦いを重ねるたびに解放軍に賛同するものが増えて行く。

 ただ勝てば良いわけではない。


 誰かのためを思って戦う小さな勇気の積み重ねが、結果に繋がったんだと思う。




 そしてまた一人、解放軍に加わろうとしていた。




 王城の地下牢へと足を踏み入れる。

 以前に戦ったことのある、見知った顔がひとつ。


「捕らえられているにしては余裕そうね」


 気障ったらしい長髪に女性のように整った顔の男、マール将軍。

 今は元将軍かしら。

 図太い神経で牢の中で眠っていた。


「お前は……あの時の聖女代理か?

 王都が落とされたのも、やはり貴方の仕業でしたか」


「解放軍に加わった勇ましき賢王が、自らの手で王都を取り戻したのです」


 私はその手助けをしただけと首を振った。

 俺を倒したくせにとマールには鼻で笑われてしまう。


 あの時は調子に乗りすぎたって反省してる。

 だから私を過大評価しないで欲しいわ。


「ガトーはどうした。やつがこの都市を守っていたはず。やつも殺したのか?」


「暗黒騎士が王都に?

 いいえ、守りを任されていたのはヤーク男爵で……」


「ヤークは傀儡にすぎない。ガトーめ、己の不利を知って逃げたか」


 彼を投獄したのは女帝の息子であるガトーに間違いないだろう。

 案の定、聞いてみればその通りだとマールは頷いた。


「やつは聖教会へ遠征に行っていたはずなんだがな。先回りをされていた。

 陛下を説得する前に裏切り者として捕らえられてしまったよ」


 おかげでこの有様だと、忌々しげに鎖を鳴らす。


 繋がれた男の裸というのは、いささか刺激が強すぎる。

 さっさと枷を外して本題を伝えてしまおう。


「暗黒騎士は、いずれ打ち倒すわ。

 それより今日は貴方にお願いがあってきたのよ」


「また一騎討ちの申し込みかい?」


「そんな冗談も言えるのね。心配する必要なかったかしら。

 彼女はずっと心配していたのだけど……」


 マールの冗談を軽く流して会わせたかった人を呼ぶ。

 どこにいても清楚な雰囲気と気品を感じる大人の女性、法皇ユノ。


 恋人の姿を認めると、外聞も気にせず裾を翻して駆け寄ってきた。


「マール様? 本当にマール様なのね。あぁ、生きていてよかった……」


「ユノ……君がどうしてこんなところに。なぜ反乱軍と一緒に」


「セイカ様に助けていただいたんです。一緒にいればあなたに会えると。

 あなたが死んだと聞いてわたし、わたし……」


「すまない。君には伝えておくべきだった」


「無事ならそれでいいの」


 ひしと抱きしめ合う二人。

 お互いの無事を確かめ合う抱擁から、男女の愛おしさを表現する抱擁に変わり、私の存在は忘れ去られ二人だけの世界が展開される。


 キスもすごく情熱的で……。


 私、ここにいますよ?

 まだ帰ってませんよ?


 じっと見つめても察する気配がないので、仕方なく咳払い。


「お二人ともよろしいかしら?」


「あぁ、すまない。

 手枷を外された解放感から、つい気持ちが止まらなくなった」


「わたしったら……」


 真っ赤になる法皇から上着を受け取り、マールは居住まいを正す。


「聖女殿、身勝手な話だと思うが、こちらからも頼みたいことがある。

 どうかこのオレを貴方たちの仲間にしてはくれないか?」


「あら、マール様もそのおつもりでしたのね。セイカ様も同じ考えでしたのよ」


 そこは私に言わせて欲しかったな。

 笑顔で返そうと思ってるけど、たぶん困ったときの顔してると思う。


「陛下を止めさせてくれ。ロマーナの民を救いたいのだ。頼む」


「頭をあげてください。王国はロマーナも含めた旧王国の統一を考えています。

 二人にはフィル殿下を補佐して欲しいの。

 大きな反発も受けるでしょうけど、頑張っていただけますね」


「願ってもない申し出だ。よろしく頼む」


「わたしからも改めましてよろしくお願いいたします」


 何度も深々と頭を下げられて恐縮してしまう。

 もういいと言っても聞かないので、二人で睦言を続けろと飛び出してきた。



 とにかくこれで新しい戦力を取り付けられた。

 解放軍はまたひとつ大きくなるだろう。


 思惑がいくつも重なる計算しきれない大所帯だ。

 ここからは人を束ねることをしっかり学んできた王族や貴族たちの役目だ。

 私の出番はもうない。


 いつまでも修道女が偉そうにして、邪魔になってはいけないのだ。


 王子の戴冠式を前に、私は逃げ出すことを考えていた。




 :

 :

 :





 式典の準備が進むその晩のこと。


 私は自室に籠もってあれこれと思い悩んでいた。

 何か行動に起こすでもなく、ただ寝転がって、無駄な時間を過ごす。

 聖女としての役割を聖母や法皇に任せて、どうにか戴冠式を欠席できないかと考えていた。


 いい答えが見つからず考えるのをやめて目を閉じても、胸が疼いて思ったように寝付けない。


 当てもなしに深夜の城内を徘徊すると、衛兵たちに遅くまでお疲れ様ですと敬礼されてしまう。

 こちらは顔を覚えてないのに、相手には顔が知られていると妙な気分だ。


 ぎこちない笑みで会釈しかえして、だんだんと人の少ない方へ逃げていく。



 気がつけば魔獣用の大型の厩舎まできていた。


 ここでも衛兵に止められることなく、むしろ丁寧な対応で扉を開けてもらえた。

 緊張感が足りない気がするが、それだけ信頼されてるということなんだろうか。



「貴方たちを盗まれたら大変なのにね」


 話し相手が欲しくなって立派な体格の飛竜を撫でてみる。


 人によく慣れているようで、話しかけても一瞥くれるだけ。

 私の焦りとは反対に飛竜は落ち着き払っていた。


 マール将軍の乗っていたものかしら?


 体つきもしっかりしていてかなり鍛えられているのがわかる。

 この子なら雲の上まで飛んでいけそう。



「……空中散歩、する?」


「リラ!? いつからそこに?」


「ねぇ、上で話さない? きっと気持ちいい風が吹いてるよ」


 飛竜の後ろにリラがいて、私の問いには答えもせずに空の散歩に誘ってきた。

 腕を引かれ有無をいわさず乗せられる。


「ちょっと待ってよリラ、ワイバーンに乗れるの?」


「わたしは勇者だよ?」


 私の心配をよそに、リラは軽快に飛竜の手綱を操った。

 厩舎を飛び出した飛竜は一気に空を翔け昇る。


 軽く跳躍しただけに見えたのにぐんぐん地面が遠ざかっていく。


 グリフォンよりずっと静かに飛んで、ずっと高い位置に滞空する。

 さすが飛竜族で一番力強く飛ぶといわれるワイバーンだ。

 なんらかの方法で魔力を操っているのだろう。


「ぅは……」


 くだらない思考を吹き飛ばすような眼下の景色。

 思わず変な声が出た。



 月明かりの下、浮かびあがる王城のかがり火。

 小さく遠く揺らめいている。


 どこまでも広がっていく夜の海みたいで……


「飛び込んでしまいたいわ」


「ちょっとちょっと、気持ちよさそうだけど絶対にやらないでよ?

 セイカにいなくなれれると、わたしすっごい悲しいからね」


「……大丈夫。いなくなったりしないわ」


 呟いたつもりはなかったけど無意識に声が出ていた。

 ごまかすように背中にもたれ掛かって、ただ頷いてそう答えた。



 それからは二人とも黙ったまま、穏やかな時間が流れた。


 雲の上をゆったり泳ぐ飛竜の背から、近くなった星空をぼんやり眺めた。

 星の瞬く音が今にも聞こえてきそうだった。



 風になびくリラの髪が私の鼻先で揺らめく。

 無性にかじり付きたくなった。


 こんな幼稚なこと思いつくなんて……私は考えすぎでおかしくなってるんだわ。

 大きなため息が漏れた。



「ねぇセイカ。わたしはセイカと、ずっと一緒にいたいと思ってるの」


 リラが呟きが私の心に小さな波紋を作る。

 私も一緒にいたい。


 だけど……

 嫌なこと、大変なこと、面倒なことに巻き込まれるのはもうたくさんだ。


「これからも一緒についてきてくれるよね?」


「…………」


 即答できなかった。



 リラは勇者。

 それは変えようのない事実。


 勇者は人のために戦う運命を背負っている。

 リラもそれを誇りに思っている。


 私にはリラの気持ちを捻じ曲げるなんてできない。


「ごめんなさい……」


「謝られても困るよ。逃げないでちゃんと答えて欲しいの」


「……ごめんなさい」


「違う。謝ってなんて言ってない」


 振り返ったリラの瞳はいつも以上に赤く燃えていた。

 真っ直ぐに射抜かれて私は動けなくなる。


「わたしはセイカと一緒にいたい。セイカはどう思ってるの?」


「私は……」



 私は……


 勇者召喚というものを信じていなかった。


 禁忌とされた魔術で呼び出されたものが、見ず知らずの私たちのために命を懸けてまで戦ってくれるわけがない。


 加護を与えれば力は確かに勇者として申し分ないものになるだろう。

 しかし、気持ちの部分はどうなのか。


 私は信用できずにいた。


 賢者が召喚するのは勇者に相応しい素質を持ったもの。

 それを信じ切れなかったのは、私が聖女として未熟だったからなんだと思う。

 心が汚れていた。


 だけど今はわかる。


 勇者の素質は力だけじゃない。

 心にも勇者としての素質というものが確かに存在するのだ。


 勇者は周囲の人間に勇気を与えてくれる。

 信じるものには大きな力を与えてくれる。


 人を信じてみようと思えたのは、勇者と多くの経験をしたおかげ。

 勇者は私に信じる勇気を与えてくれたんだと思う。



 リラにもたくさんの思いをもらった。

 諦めずに私に寄り添ってくれた。


 私もリラに思いを返したい。

 勇気をくれた貴方のために生きたい。


 だから隠さずに話さなきゃいけない。


「どうしたいのかちゃんと話して? わたしにはわがまま言って欲しいよ。

 わたしはみんなの勇者だけど、セイカのこと大好きな勇者でもあるんだよ?」


「私はリラと一緒にいたいけど……面倒に巻き込まれるのはもう嫌なの」


「うん」


 リラの顔が近づいてくる。

 鼻先で触れ合う距離。


「嫌なことを我慢するのも、大変なことを押し付けられるのも嫌なの」


「うん」


 頭を撫でられて……力が抜けていく。

 逃げられない。


「でもそんな嫌なことがあっても……リラとずっと一緒にいたいわ」


「うん。セイカ、大好きだよ」


 唇が重なった。



 私はもうリラから離れられない。

 どんなに辛いことがあっても一緒にいたいと思ってしまったから……。


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