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破滅の聖女とゆるふわ勇者  作者: 久我山
第三章 破滅の聖女と白と黒
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3-7 聖女、離別の聖堂騎士に慕われる

 ◆◇



 私たちが合流したときには、帝国兵はほとんど打ち倒されていた。


 颯爽と登場できなかったのは残念だが、解放軍の評価に繋がりそうなのでこれはこれで良かったかな。


「あちらの白い鎧の方がシスティナ様です。

 わたしもあの方と一緒に反乱軍に加わっていれば……」


 法皇ユノが自らの行いを恥じて声を震わせる。


 愛する人を失ったら私だってどうなるかわからない。

 未遂で済んだのだからそんなに思いつめることもないのに。


「降りるから舌かまないでね」


 リラも風のせいにして聞き流した。

 強くなびく髪を押さえながら、片手でグリフォンを操って急降下してみせる。


 ひゃっと短い悲鳴が聞こえた。

 落ち込みから老け込んでいたユノが、驚きで急にかわいい声をあげたのだ。


 可笑しくて吹き出したら、ユノは年甲斐もなく恥ずかしがっていた。


 同じ恥じ入るならこっちのほうが断然かわいくていい。

 大人の女性が照れるのは、見ているほうも心が和む。



「あれがシスティナさんだね。わたしもああいう鎧で戦ってみたいな」


 グリフォンから降りると白い鎧の女騎士が出迎えてくれた。

 白騎士の凛とした姿勢を見て、和んでいる場合ではないと背筋を正した。


 戦闘もほぼ終了し、野営のためのかがり火が焚かれ始めた。


 炎で浮かび上がった白い髪の勇者とと真っ白の鎧の騎士。

 似合いの主従に見える。


 自分の重い黒髪が恨めしかった。



「わたしはロマーナの聖堂騎士、システィナ・カペラ。

 王国の勇者よ、どうか助けて欲しい。帝国は間違った道を歩もうとしている!」


 凛々しさをディアに見習って欲しいと思ったが、この人も十分暑苦しかった。

 騎士とは皆こういうものなのだろうか。


「ディアボラ様はすでに術師ランデールの企みにはまってしまった。

 暗黒の力に魅せられて、ロマーナの民を巻き込もうとしている」


 勇者に助けを請うためなのか、やけに熱心に語っている。


「心ある騎士たちは遠ざけられ、残ったのは邪神に魂を売り渡したものばかり。

 帝国は内部から腐ってしまった。大将軍である父もその一員に……。

 どうかロマーナの民をお救いください。反乱軍の皆様だけが頼りなのです」


 ちょっと近いんじゃないかな。

 そんな風に手を握る必要ないんじゃないかな。

 涙まで流して芝居ならやりすぎだ。


 少しばかり矛先を変えさせてもらおう。

 勇者にばかり頼るような解放軍にはしたくない。



「頼る相手が違いますよシスティナ様。

 勇者リラはこれまで解放軍を率いてきましたが、それもここで終わります」


 割って入った私に周囲がざわめく。

 視線を集めるのは苦手だ。


 ここにはもっと相応しい人間がいる。

 これ以上は私も勇者も出過ぎるわけにはいかない。


 実力的にやれることだとしても、引かなければならない仕事もあるのだ。


 白い鎧の後ろへと視線を投げかける。


「これからの解放軍を背負って立つのは、旧王家の正統後継者であるべきです。

 民衆もそれを望むはず。我々は国が悪い方向へ行かないように導くだけいい。

 同じお考えですよね、フィル殿下」


 システィナの後ろに隠れていた男に声をかける。

 薄汚れてはいるが、彼こそ第一王子フィリップ殿下に間違いない。


 元は美しかったであろう金髪を掻きながらフィルは前に出る。


「これは驚いた。どうしてわかったのかな?

 僕は人の顔を覚えるのに自信があるのだけど、君とは初対面だよね?

 王族の臭いが漏れ出してるのかな?」


 王子と言っても青年期も終わりを向かえ壮年期に足を踏み入れた大人の男だ。

 虜囚生活が続いたせいで伸びきった髪と髭で野性味も増している。


 知っていてもとても王族には見えない。

 周囲の騎士もようやく王子に気付き膝を付く。


「目元が、ロビーナ様とよく似ておりましたから」


 記憶の中で見たことはあるが、実際に会ったことはない。


 それよりなぜ解放軍が助けに来たのに、身分を隠したままでいたのだろう?

 これも王家の社交術なのか。


「実に聡明。まことに鋭い眼をお持ちのようだね。そして何より美しい。

 この快進撃を生み出したのは君だね? 君こそ民を導くのに相応しい存在だ」


 道化を演じて相手を揺さぶろうとするのはロビーナとよく似ていた。

 彼女にからかわれた経験がなかったら気後れしていたかもしれないな。


 感謝はしないけど。


「まさかそんな。私を評価してくださるのはとても光栄なことです。

 けれど、私には国を治めるだけの正統性がございませんので……」


 丁重にお断りさせてもらう。

 しかし、フィルは眉をひそめている。

 私の言葉を額面どおりに受け取る気はないようだ。


「謙虚だねぇ。脅威に感じてしまうよ。

 軍師の君なら国くらい簡単に操れるだろう」


 妙に持ち上げてくるのは私への牽制なのかもしれない。

 私は政治になんてこれっぽっちも興味はないのに……。


「どんなに頼んでも無理だよ、王子さま。

 わたしもセイカも戦うのは得意だけど、それ以外はさっぱり才能ないから」


 そんなことはないとディアが騒ぎ出しそうだったので睨んで牽制しておく。

 せっかくリラが断ってくれているのに、話がこじれるのはごめんだ。


「暗黒神はわたしたちが倒すから安心して。これ以上の悪い影響は出させない。

 だから、他の事は王子さまたちが頑張ることだよ」


「ひとりひとりが出来る限りの力を尽くさねばなりません。

 もちろん私たちもお手伝いいたしますので、どうぞご安心を」


 二人がかりで説得して、ようやく納得し始めた。


 大胆な脱獄を実行したかと思えば、しっかりと慎重に事を運ぶこともする。

 ロビーナ以上に胸の内が読めない人だ。


「皆にも聞いて欲しい!

 僕の望みはロマーナを含む旧王家の復興を成し遂げることだ。

 争いや差別がなく、希望に満ち溢れ、夢を自由に描ける国を作りたい。

 それには君たち全員の力が必要だ。協力してくれるかい?してくれるね?」


 私の望みも同じです。

 民衆の待ち望んでいる結末も同じだ。

 否はない。


 王子の問いに一斉に応の声があがった。



「さて、目標も決まったところだし、今日は身体を休めようか。

 明日には王都に乗り込んで、ヤーク男爵から都を取り戻さなくちゃならない。

 装備の点検を忘れないでおくれよ」


 王子の号令で解放軍は動き出す。

 アスポラから追ってきた帝国兵から武具を回収し整備点検を済ませた。


 塗装まではしていられないので、囚人服を装備の上から纏う。

 その青の外套がアテネステレス解放軍の印となった。





「失礼します、システィナ入ります。先ほどの慧眼、素晴らしかったです。

 あなたが噂の聖女だったのですね……っと、お休みのところでしたか」


 食後のけだるさを甘受していた私の元へ白鎧のシスティナがやってきた。

 天幕の中にひとりでいたので完全に油断していた。


「いえ、いいのよ。少し横になっていただけ。

 それより何かお話があっていらしたのでは?」


 眠いからと追い返すわけにもいかず、座って話すように促した。


「お気をつけください。ヤーク男爵は紳士の振りをした冷酷極まりない男です」


 システィナはリラにしたのと同じように熱く語りだす。

 私は逃げ腰になるが狭い天幕の中で逃げ場所などない。


 身を乗り出して語る帝国の騎士の熱気に早くも目眩がしてきている。


「アテネステレス王が殺害された後、奴はすぐにロマーナへと寝返りました。

 自らの親を殺し、周辺の貴族の首も手土産にして女帝に取り入ったのです。

 野望のためなら手段は選ばない非情な男。許しておけません!!」


 宥めようにも勢いは止まらない。

 今にも奇襲をかけましょうと言い出しそうな白鎧の騎士が怖かった。


「あいつは世渡りと金の扱いの上手いだけの嫌味な男です。

 どうやって根回しをしたのか、わたしとの婚姻を父に約束までさせた。

 王都を取り戻すだけでは足りません。必ずやヤーク男爵を殺……」


「抑えてくださいシスティナ様。頭に血が上ったままでは足元を掬われますよ」


 野蛮な言葉がでてきそうだったので慌てて口を挟む。

 すぐに力に訴えかけるのは暗黒の力の影響があるのかもしれないとこっそり浄化の力を流し込むのも忘れない。

 目の前で暴走されては堪らない。



「……そ、その通りですね。

 またやってしまった。父と言い争いをしてからずっとこうだ。

 胸の奥に棘があってすっと痛んで……あれ、胸の痛みが、消えてる?」


「それはよかったですね。大事をとって早めに寝たほうがいいでしょう。

 明日はきっと激戦になりますから」


 なんとか追い出そうと思って素っ気なく振舞う。


 本当はただ追い出したかっただけだ。

 なのに、裏があるのではないかと深読みされてまた暑苦しく迫られる。


「この胸は痛みはあなたが治したのでしょう?

 他の治療師では無理だったのに……これほどの腕をなぜ隠すのですか」


 威圧しているわけではないのだろうけど、どうにも萎縮してしまう。

 やっぱりこの手の整った顔の人は離れて眺めるのがちょうどいい距離だ。


 物理的にも精神的にも。



「あなたには何か大きな目標があるのではないですか。そうなのでしょう?

 わたしに協力させてはいただけませんか」


「そんな大層なものはありませんから」


 何も答えられず曖昧に微笑んだまま固まってしまう。

 こういうときなんて返せばいいんだろう。


 早く解放されたい。


「本当に何もないですから……」


 役目を放り出して楽したいだけなんて答えられるわけがない。


 けれど、しばらく食い下がられて正直に答えるしかなかった。


「投げ出したいなら最初から引き受けたりしないはずだ」


 仕方なく話したのに信じてもらえない。


「今日のところは引き下がりますが、わたしの剣はあなたに捧げさせてもらう。

 受けていただけなくてもこの気持ちは変わらない。

 この命、あなたの目的のために存分にお使いください」


 最後は一方的に騎士の誓いをされてしまう。


 どうしてこうなる。


「意味がわからないわ。もう騎士の誓いはお腹いっぱい。

 早く逃げ出さなくちゃ……」


 四カ国に分かれる前の旧王国の復興を成し遂げれば、私は晴れて自由の身。

 リラも勇者の任を解かれるはずだ。


 どこか海の見える街で治療士にでもなってひっそり暮らしたい。



 その日はあまりよく眠れなかったが、天幕のせいだけじゃないのは確かだった。



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