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破滅の聖女とゆるふわ勇者  作者: 久我山
第三章 破滅の聖女と白と黒
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3-5 聖女、悲哀の法皇と対峙する(前編)

 ◆◇



 明日にはベイバロン島を発つというのにユークリアはまだ決断しかねている。

 本部に残って尽力することも聖母のお役目だから仕方ないか。


 本当は王子の祝福だけでも済ませて欲しいのだけど……。


「ねぇセイカ、あのグリフォンって偵察に出してた子じゃない?」


 待つより他にないと気持ちを切り替えたところへ届いた緊急の伝令。

 和やかに夕食を取ろうとしていた席が一気に騒然となった。


「囚人が……アスポラの囚人が蜂起して反乱を起こしました!

 死傷者の数は不明。首謀者はアテネステレス第一王子を名乗ったとの情報が」


「王子さまが!?」


「セイカ殿、これは拙い状況なのではありませぬか」


「なんて間の悪い……」


 拙いどころの騒ぎじゃない。

 王子の身に何かあれば、これからの王国が立ち行かなくなる。


 悠長に待っていられなくなった。


 リラに視線で合図を送ると、任せてよって笑顔が返る。


 緊急事態には速度が命だ。



「わたしとセイカで先行するね。大空部隊は物資を積んで追いかけてきて!

 歩兵部隊は警戒しつつアスポラの包囲を。みんな迅速によろしくね!」


 勇者の指示で皆が一斉に動き出す。

 初期の頃に比べると兵の熟練度合いが格段にあがっている。


 おかげで後方の心配なく突撃できそうだ。




「ガラハド、貴方は足の速い子と一緒に待機していてもらえるかしら」


「構いませんが……聖母ユークリア様の説得は失敗に終わったのでは?」


「帝国の反発を抑えるにはどうしても欲しい人材なんです。

 聖教会がフィル王子に祝福を授ければ王国の正統性が増しますから」


 彼の魔獣を操る腕があれば多少出遅れたとしてもすぐに追いつけるはずだ。

 それに民衆のことを強く思うガラハドなら、うまく説得できるかもしれない。

 歳の離れたこの男の包容力が、父親を知らないユークリアに効いてくれることを願うばかりだ。


「急いでセイカ。アスポラのほうに悪い気が渦巻いてるよ」


「任せたわよガラハド」


 淡い期待を残してリラと共にグリフォンに跨る。

 大鷲の翼は夕闇に向かって羽ばたき、一気に空を翔け上がった。


 纏わり付こうとする湿気すらも追い越して風に乗る。

 アスポラは川沿いに飛べば迷うことなくたどり着くだろう。


 しばらくは空の旅だ。



「王子さまの行動力ってすごいね。自分で脱獄しちゃうなんて思ってなかったよ」


「あの大監獄から抜け出せたのなら、さすがとしか言いようがないわね」


 明日にも助け出そうって時に脱獄しちゃうのは、なんとも人騒がせだ。


 けれど解放軍が快進撃をを続けている今だからこそ隙をつけたんだろう。

 機を察して柔軟に行動する姿勢は褒めたい。


 待っていてくれたらもっと被害を抑えて解放できたのにとも思うけど……。


 今さら言っても仕方がない。

 早く合流しなくては……。


「このまま悪い気が濃いほうに進む?

 北の方には小さいのがたくさんあるんだけど」


 風を気って飛んでいる中なのに余裕そうにリラが振り向く。

 乱れる髪を押さえながら私の答えを待っている。


 追っ手が多いという事は、逃げ出した囚人の数も多いのかもしれない。

 逃走者の方へ行けば挟み撃ちにできそうだ。


 けれど残っている囚人も助け出さねばならない。

 怪我人がいるなら早く治療してやらないと死んでしまうだろう。


「リラはどちらを優先するべきだと思う?」


 どちらに王子がいるか……。

 可能性は逃げ出した囚人のほうが高いが、ここは勇者の勘に頼ってしまおう。


「うーん、脱走兵さんのほうに大空部隊を向かわせるのがいいかな。

 王子さまを助け出したらみんなの自信に繋がると思うんだよね」


「……では、私たちはこのまま悪者退治に行きましょう」


「心配しなくてもきっと大丈夫。わたしたちはわたしたちで頑張ろうね」


 王国の要である王子の救出を他人に任せるなんて私には真似できない対応だ。

 なんとか納得しようとしていたら、励ましと一緒になぜか頭を撫でられた。


 ……なんで?


 嫌な気はしないけど、むしろ嬉しいけど……少し恥ずかしい。


「危ないから前を向いて」


 崩れる表情を見られたくなくて抱きついてごまかした。

 笑ってるのが背中越しにも伝わってきて余計に恥ずかしくなった。


 リラが大丈夫だと判断したのだから、信じて任せよう。




 :

 :

 :




 しばらくしてアスポラ大監獄を眼下に捉えることができた。


 要塞都市と比べても遜色のない城壁。

 周囲には川と湖があり攻めづらい天然の要塞にもなっている。


「逃げるにしても道が限られているのに、よく逃げ出せたわね」


 帝国側に協力者がいると見て間違いない。


 共に逃走したか、あるいは残っているのか。

 危険を承知で助けてくれたものには報いなければならない。


 まだ残っているなら寝返らせて戦力を削いでいく。もしくは女帝を落とした後の約束を取り付ける。

 王子が帝国を引き継ぐときに大きな反発をうまないための根回しは大切だ。


「警戒してる様子がまるでないんだけど……何があったんだろう?」


 リラの言うとおり城壁に見張りの兵は立っているものの覇気がまるでない。

 弓も手にしないでただ突っ立っているだけに見える。


 どうにも様子がおかしい。

 脱獄されたようには見えない。


「悪い気っていうのはまだ残ってるのかしら……?」


「城内に一塊の大きな気配を感じるよ」


 それ以外には敵愾心を感じないと不思議がっている。


 すでに私たちの姿は視界に入っているはずだ。


 まるで友軍に接するかのように手を振るものまでいる。

 装備は帝国兵のもので、囚人たちが占拠したようにも見えない。


「行くしかないわね」


 考えていても始まらないとアスポラ城のバルコニーにグリフォンを降ろした。




 広間へと進むと修道服を着た人影がひとつふたつ……。


「たった四人でお出迎え?」


 修道服の色味の違いから察するに帝国聖教会のものたちだ。

 私たちと同じ太陽神を崇めるものだが経典に若干の差異がある。


 女帝が暗黒神に乗り換えてからは帝国内での風向きは悪いはず。



「やはり来ましたか。あなたが反乱軍の勇者ですね。待っていましたよ」


 四人の後ろにいたもうひとり、大きな冠を被った女性が声を発した。

 帝国聖教会の最高位を意味する意匠を凝らした法皇冠。


 確か帝国の法皇はユノという名の女性だった気がする。

 この人がそうなのかしら?


 まさか法皇にまで上り詰めた人間まで暗黒道に堕ちてしまったというの…?


「あの人からすごい怨念を感じるよ。でも……揺らいでる感じもする」


 警戒するリラにも戸惑いが感じられる。

 彼女は敵なのか、そうではないのか?


 重い足取りで前へ出てくる。

 まるで水の中にいるかのようにゆっくりと重苦しそうに歩く。


 ひどく不気味に見える。



「……あなたたちは間違っている。わたしたちも間違った。

 ロマーナが望んだのはこんな力任せの醜い争いをすることじゃない」


 怒りを押し殺したようなくぐもった声で呟く。


 力と争いを好む暗黒神の影響を受けていながら理性的に振舞っている?

 ありえない。

 神の放つ邪な衝動に打ち勝てるわけがない。



「無駄に争う気はないわ。今すぐ武装を解除してアスポラを明け渡して……」


「ティアボラ様に取り入った術師ランデールの真意を見抜けなかった。

 暗黒神を呼び起こすなど考えもしなかった。もっと早く気付いていれば……」


 私の言葉が届いていないみたいだ。

 俯いていて表情は見えないが沸々とした怒りを感じる。


「もっと早く気付いていれば……」


 神々の力を身近に感じているからこそ、神そのものを降ろすなど考えたことがなかったのだろう。

 力は分け与えていただくもの、感謝して借りるもの、そういう教えだ。


「反乱軍に下ることも考えた。王国兵と逃げたシスティーナ様のように。

 でももう遅い。

 マール様の死んだ今、わたしに生きている意味なんてない!」


 法皇の見開いた目は異常に血走っていて狂気を感じさせた。

 思わず息を飲んだ。


「マール将軍が死んだ……? まさかそんな。

 四カ国会議の真相を問いただすため、帝都へと戻っているはず。

 まさか女帝に処刑されてしまったの?」

 

「とぼけないで。要塞都市であの人を殺したのはあなたたちでしょう!

 あなたたちが殺したのでなければ全軍撤退などありえないわ!

 どっちがやったのよ? 白いあなた? それとも黒いほうのあなた?」


 私にもわかるほどに殺気が膨れ上がってきた。

 じりじりと間合いを詰めてくる。


「ちょっと待って。彼とは一騎討ちをしたけれど、殺してなんかいない。

 事情を話し、兵を引いてもらっただけ。暗黒神の狙いも話したわ。

 力を与えて心を操り、人を変えるのだと」


 制止するも耳を貸す気はないようだ。

 暗黒力と神聖力の入り混じった杖を振りかざしてくる。


「いい加減にして! そうやってあなたも人を騙し漬け込もうとするのね。

 もういい、あなたたち二人とも倒して彼の元へ行くわ。死んでちょうだい」


 いい加減にして欲しいのは私のほうだった。


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