3-4 聖女、放浪の聖母を唆す
◆◇
ベイバロン島攻略の翌日。
解放軍はつかの間の休息を取っていた。
「幹部さんたちは数日もすれば本調子を取り戻せそうだってさ。
ユークリアさんはこのまま治療のために残るのかな?」
「どうかしらね。リラが聞きに行けばきっと一緒に来るって言うわ」
「なんか違うんだよね。自分から来て欲しいっていうか、うーん複雑」
大丈夫。頼まなくてもきっと解放軍に加わるはずだ。
まだ暗黒騎士を打ち倒せたわけではないから。
ガトーの本体はきっと帝都でふんぞり返って余裕ぶっているに違いない。
そう、今の私みたいに……。
聖教会本部を取り返した私たちは英気を養うための休暇中だ。
あるものは川で身を清め、あるものは聖堂で祈りを捧げている。
私も川辺で風に当たりながら優雅な時を過ごしている。
リラは水浴びというか……川遊びだ。
避難していた島の子供たちが勇者を一目見たいと周辺に殺到し、歳が近いこともあってついには一緒に遊びだす始末。
リラは子供たちを抱えあげては川に向かって放り投げ、かなり楽しんでいる。
子供たちも悲鳴に近い叫び声をあげて喜んでいる。非常にやかましい。
一部の騎士はベイバロン島の復興のために休日返上で力を貸していたりする。
まったくよく働くことで……。
余生をまったりと暮らしたい私には真似できそうにない。
自堕落に過ごしたいわけじゃないが、休みはきっちり休みたい。
寝ても冷めても堅苦しい聖女として振舞わなければならないなんて、私はまっぴら御免なのである。
「セイカ様、こちらにいらしたのですね」
声の主は先の戦いで大活躍だった聖母ユークリア。
その顔は深刻そうで、リラと遊ぶために来たわけではなさそうだった。
「貴方も少しは休んだらどうかしら。
上が休まないと下のものはもっと休みづらいものですよ」
ユークリアは今日も精力的に働き、生者には祝福を死者には弔いを与えていた。
愛らしいお下げもところどころほつれて見える。
「そうですね、そういたしましょう。
セイカ様は本当に隅々まで見えていらっしゃるんですね」
私は川辺に日よけを置いて、緩めの日光浴を楽しんでいただけだ。
適当な発言だったのに褒められて照れくささで体温があがる。
ただ褒めに来たのではないと表情でわかった。
ユークリアを隣に座らせ次の言葉を待つ。
聖母が聖女に内密の話を持ちかけようとしている。
何か嫌な予感がする。
「それほど聡明でいらっしゃるのに、どうして聖女に選ばれなかったのでしょう。
何故母が選ばれ、そして死んだのでいったのでしょうか」
言葉は静かに語られたが強い悲しみと憤りがユークリアの目から伝わってくる。
「貴方が選ばれていれば母は聖女の任に就かずに済んだ。
どうしてそれほどの力があるのに……」
「心根の問題だと言われたわ。聖女に相応しくない、聖教会を汚すものだとも。
あの子が、グエンリアンが選ばれたのは必然だったのよ。一番優秀だったもの」
「貴方が止めてくれていたら母は戦いの場にでることなんてなかった。
貴方が……貴方が……」
あぁ、この子は恨みの行き場を無くして憤っているんだ。
ガトーを討つために解放軍に加わりたくても、教会本部がこんな状態では離れることもできない。
聖母としての立場を重んじている。
私みたいに自分を曲げたくないからって、わがまま押し通したりしない。
グエンリアンもそうだった。
「グエンは本当に優秀だったわ。いつも物事に真っ直ぐ向かっていった。
誰にでも太陽のように明るく温かく接していた。捻くれていた私にもね」
この子に何かしてあげたい。
グエンに似てるから? グエンの娘だから? 恩返しのつもり?
わからない。でも放っておけない。
「あの子の生き方は本当に眩しくて……彼女がいたおかげで今の私がいるの」
ユークリアは亡き母を思い出して泣きだした。
急すぎる感情の揺れについていけずにちょっと引く。
見ていられなくなって魔力を微弱な治療術に変えて流し込む。
これをすれば少しだけ気分が落ち着くはずだ。
そっと手を握り背中をさすった。
「ユークリア様、私たちはこれからアスポラ大監獄へ向かいます」
「……はい、そのように聞いてます」
「そこで囚われている王子を助け出し、王国の再建を図ります。
その後は帝国の暴挙を止めるために帝都へと攻めあがり女帝を降ろします」
「もしそうなれば聖教会はフィル殿下を聖王として祝福いたしましょう」
極めて事務的な聖母としての返事で自分を押し殺している。
本当にそれでいいの?
「貴方はこのまま本部に残って、教会の建て直しに注力していくのかしら?」
「えぇ、もちろんそのつもりです。与えられた使命ですから」
私が奮い立たせるしかないのかな……。
はぁ、面倒な役回りだわ。
「聖母としてではなく、貴方自身、ユークリアとしてはどうなのですか」
じっとりと汗ばんでくる。
日差しのせいじゃない。
きっと精神がこの状況を負担に感じているせいだ。
「成し遂げたいことがあったのではないのですか」
聖母に対して復讐を持ち掛ける私はなんて邪悪な存在だろう。
ユークリアがいてくれれば私は聖女の役目をしなくて済むし、聖教会の正式な後ろ盾は第一王子の大きな力になる。
ぜひとも一緒に来てもらわねば。
しかし私の問いにユークリアは悲しそうな顔で首を振る。
「黒鎧が倒されたときに気付いたのです。復讐心は捨てるべきだと。
執着すれば心は病み続け、成し遂げたとしても後には何も残らない。
今は復興のことだけを考えて、前向きに生きて行きたいんです」
ユークリアの言う通り復讐なんて下らない。
黒鎧が倒れたときにぽっかり胸に穴が空いてしまったのだろう。
けれど元凶から目を逸らすべきじゃない。暗黒騎士ガトーは討つべき相手だ。
「私たちを信頼して託してくれているなら、それでいいんです。
ですが、もし……負の感情から逃げているだけなら考え直してください。
立ち向かってください。心に刺さったトゲは、自然には消えてくれません」
「私は恐ろしいのです。自らが復讐の悪鬼に変わり果てるのが。
悪魔の誘惑はそこかしこに潜んでいます。人の心の中にも必ずいるのです。
もし心を奪われれば、力と争いを望むように成り果てるでしょう」
不安そうに俯くユークリアの手を取り、強く見つめ、まるで告白でもするかのように迫る。
「私がそうはさせません。私がユークリアを闇から守ります。
貴方が引き込まれそうになったら、引っ叩いてでも止めてみせます」
「セイカ様……」
我ながらくさい演技だ。
偽りの笑顔を見せる私の緊張が、ユークリアには逆に真剣に見えたようだ。
大きな目を潤ませて手を握り返してくる。
「それに貴方には聖教会の頂点として裏のお役目もあるのではないですか?
我々解放軍が暴走しないように見守るというお役目が」
「セイカ様はずるいんですのね」
ズルってそんな……。
「何でも見通して、何でも利用する。ひどい人です。暗黒神もきっと驚きます」
「そんな非道をする聖女から目を離してもよろしいのですか?」
もはや脅迫に近い。
卑怯かもしれないが、王国のためになるし、ユークリアは前へ進める。
悪い結果にはならない。
悪いことはしてないと言い聞かせるが背中に刺すような視線を感じた。
私の行動を非難する強い視線。
「……リラ、いつから聞いてたの?」
「あなたはどうなの?ってところかな」
隣に座って腕を絡ませてくるリラ。
笑顔だけど薄っすらと殺気のようなものが漏れ出している。
「勇者ともあろうお方が盗み聞きとは……」
「邪魔するつもりはなかったよ。話が終わるまで待つつもりだったし」
「もしかして私を勧誘したのも勇者様の命令ですか」
聖母と勇者に挟まれて私の冷や汗は止まらない。
二人とも笑顔で牽制し合っている。
「違うのよ。リラは自発的でなければ仲間にしないと言っていたくらいだから」
「セイカ様は口を挟まないでください」「セイカは黙ってて」
「……はい」
リラが怒るのはわかるけど、なぜユークリアまで怒ってるの。
私の強引な誘いがまずかった?
それともそうさせたリラに対して怒ってる?
「自分の意思で来たいって人は歓迎するけど、迷ってる人は連れて行けない。
セイカはユークリアさんの迷いを晴らしてあげただけ。そうだったでしょ?」
リラはユークリアに考える時間を与えたかった。
誰の意思も介入させず自らの意思で解放軍に加わって欲しかった。
私はそれを曲げてユークリアに誘おうとしていた。
何も言わなければこのまま聖教会本部に引き篭もってしまいそうだったから。
「セイカ様が何を言うかわかっていたのですか?」
「何を言うかはわからないけど、何を言わないかはわかるよ。
セイカは私の望みを知っていたから、違えることはしないって信じてたの」
「私もセイカ様を信じて共に行くべきでしょうか」
二人の信頼がつらい。
私はそんなにいい人じゃない。
聖女としての責任を負いたくない気持ちがまだ強いのだ。
「それを決めるのはユークリアさん自身だよ。
セイカもわたしもしっかり考えて答えを出して欲しいだけ」
「ゆっくり考えて、それで答えをだして。わたしたちはその考えを尊重するから」
リラは私の腕を引いて立ち去ろうとする。
思い悩むユークリアに声を掛けたかった。
けれど、これ以上何も言うことはできない。
信じて待つより他なかった。




