3-3 聖女、女帝の息子を叩き潰す(後編)
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「貴様らがマールを破った反逆者か……」
暗黒騎士の名に相応しい漆黒の鎧に身を包んだ男が私たちを出迎える。
聖教会本部が建てられているベイバロン島の中央部。
帝国兵は教会幹部を人質に取り待ち構えていた。
幹部たちは雨の中、膝を付いて座らされがっくりとうな垂れている。
「要塞都市をあっさり落したとはなかなかやるな。褒めてやるぞ。
どうだ、貴様らもディアボラ陛下と共に大陸の制覇を目指さぬか?」
誰がそんな魅力のない誘いに乗るものか。
私も聖母ユークリアも無言で睨みつけ拒絶を示す。
解放軍の良き指揮官であろうとするリラですら不快を隠そうとしない。
勇者の勘があいつは倒すべき敵だと告げているのだろう。
「ふん、まぁよい。考える時間をやろう。帝国に刃向かう邪教徒の始末が先だ。
さぁその淫売を差し出せ。そうすればこいつらは助けてやる」
本気でムカつくやつだ。
天敵になりうる聖母を潰すために弱いものを人質に取る。
万全を期すると言えば聞こえはいいが、やってることは卑怯極まりない。
犠牲が出れば遺恨を残す。
全滅してでも心に傷痕を残すことを狙っている。
不死身の二つ名を持っているくせにやることがセコイ。
その不死には種も仕掛けもある嘘っぱちだと私は知っている。
「ユークリア様、少しの間で構いません、気を引き付けてください」
小さく頷き聖母はゆっくりと進み出る。
死を前にした躊躇うような、それでいて誘うような焦らす足取り。
暗黒騎士ガトーは死ぬのが怖いかと煽りまくっている。
死にたくなくて邪神の力に溺れたのは誰だ。
絶対に潰してやると心の中で呪詛を唱える。
「セイカ、人質の様子がおかしいんだけどわたしの気のせいじゃないよね?
帝国兵と同じ嫌な気を感じるんだけど……」
それであんなに大人しいのか。
勇者が言うなら間違いない。皆、暗黒の影響を受けている。
暗黒の力には恐怖で人を縛ったり、魅了で心を操ったりする術がある。
元には戻らない可能性もある。
「面倒なことになったわね」
……かと言って見捨てるわけにもいかない。
予定通りに範囲魔術で動きを止めるが威力は強めさせてもらおう。
こちらに被害が及んでは堪ったもんじゃない。
「私は先代聖女グエンリアンの娘ユークリア。
四王家の和を乱すばかりでなく、許しを説いた私の母の命まで奪うとは……。
貴方こそこれまでの罪を認め、心より悔い改めなさい!」
「貴様が聖母か。お前のような小娘が選ばれるとは聖教会も落ちたものだな。
悔いるのは貴様のほうだ。暗黒の力で俺の前にひれ伏せさせてやるよ」
高笑いする黒鎧に寒気を感じた。
ひれ伏すのはアンタだ。
太陽の力を封じたくらいで暗黒の力が勝つなんて思ってるなら大間違い。
アンタの作り出した雷雲を利用させてもらうわ。
私にできる最高の広範囲制圧術。
「闇を引き裂く閃光よ、静寂破る雷鳴よ。
降り注ぐ万雷を以って彼の者らを地に食い止めよ、《聖なる閃光弾》」
轟音。
雷雲から光の柱が無数に突き立った。
全てを飲み込む稲光。
空気の爆ぜる音と共に帝国兵の周囲を電撃が縦横無尽に駆け抜けた。
教会幹部らも巻き込み呻き声があがる。
「何をしやがった貴様ァアアッ!」
人質もろとも配下全てを麻痺させてくるなど予想もしてなかったのだろう。
暗黒騎士ガトーは激昂し、凄まじい殺気解き放つ。
黒鎧にも衝撃は伝わったはずだが膝をつきもしない。
「全軍突撃ィー!!」
隙を逃すまいと解放軍が躍り出る。
倒れた帝国兵に拘束し止めを刺していく非情な戦い。
「気をつけて、教会のみんなも操られてるかもしれないから!」
聖女たちに叫びながらリラも駆け出した。
黒い鎧に真っ白な天使が飛び掛る。
風を纏ってふわりと跳んで、手にしたメイスを叩きつけ、やんちゃに微笑む私の天使、白髪赤眼の勇者リラ。
不死身のガトーにこれでもかと重い一撃を叩き込む。
「どこまでも逆らうか小娘どもがァ!!
貴様らはここで殺す! ぶっ殺す、嬲り殺しだッ!」
漆黒の剣で応戦し脅威の耐久力を見せ付けるガトー。
負傷した様子も疲労した様子もない。
メイスによって凹まされた黒鎧には、自然に直ろうとする力が働いていた。
「ごめんセイカ、時間かかりそう! 黒い気を周りから吸ってるみたい」
何度も致命打を与えているにも関わらず黒鎧はゆらりと立ち上がる。
周囲の魔力が彼に流れ込んでいるのが私にはわかった。
暗黒に支配されたものたちが自らの命を削ってガトーに力を与えている。
「師匠! ユークリア様!!」
「わかっておる、急かすでないわ!
風よ、荒ぶる竜となって天へと舞い上がれ、《トルネード》!」
暗黒騎士との戦いが拮抗した時のために予め示し合わせていた。
すぐさま行動に移る。
大賢者チハチルの詠唱を短縮した老練の魔術。
竜巻が雷雲を食い荒らし、空にぽっかりと大穴をあける。
「呼び声に応えよ……」
聖母の杖を振りかざした少女が差し込んだ陽の光に照らし出される。
屍の山に降臨したるは神の御使いユークリア。
「神の御手は地に降り注ぎ、精霊の息吹は森を巡る。
山河の涙で身を清め、人の和を以ってこれを守らん。《太陽の聖域》」
太陽神の力が場を支配する。
死者から漂う暗黒の気が光の力で浄化され、不死身のガトーも呻きだす。
「がぁあアッ、この俺様が負けるというのかッ。
そんなバカなことがあってたまるか。貴様らのような小娘にッ!」
むやみに剣を振り回しなんとか追撃を逃れようとしている。
残念。あなたは負けるわ。
私たちを敵に回したことが運の尽き。
残りの魔力を振り絞って敵を拘束する光の輪を放つ。
「リラッ! あとはお願い!!」
「任せてセイカ!」
「クソがぁああッ、こんなもので俺ッ様を抑えられると思っ……」
喚いてもリラの攻撃は止まらない。
暗黒力を断たれ拘束に呻く黒鎧を叩く、叩く、叩く。
それでも血の一滴すら滴ることはない。
リラは気付いていた。
暗黒騎士ガトーの不死身の秘密を、黒鎧が中身のない操り人形であることを。
腕を圧し折って剣を弾き飛ばし、膝を砕いて跪かせる。
糸の切れた操り人形は力なく首を持ち上げる。
「俺は、必ず…貴様らを地獄へ送ってやる。これで終わりと思うなよ……。
恐怖に怯えて待つがいい。俺様は何度でもよみがえ……」
「何度やっても同じだよ。
わたしたちはあなたみたいな卑怯者には絶対に負けないから!」
言葉を遮ってメイスを振りかぶり、じゃあねと小さくウインクする。
明るく朗らかでありながら見せ付ける圧倒的な力。
フルスイングされた鈍器は見事に胸部をひしゃげさせる。
「すごい、これが勇者の力……」
ユークリアが唖然とするのもしょがない。
不死身の黒鎧をただの鉄屑へと変えてしまったのだから……。
「油断しないで。まだ暗黒の力が……」
「わかってるってば」
声すら発せなくなったが鉄の塊はまだ暗黒の力を立ち昇らせている。
リラは再びメイスを大きく振りかぶる。
……そこで手を止める。
「ユークリアさん、わたしの武器に祝福を!」
「は、はいっ!」
勇者の掲げた武器に聖母の祈りが込められて太陽の力が集中する。
リラは神聖系の勇者だ。
ユークリアに頼まなくても自らの力で強化できたはず。
目の前の黒鎧が操り人形だとしても敵を討たせてあげたかったのだろう。
「恐怖に怯えるのはそっちのほうだよ。
何度だって叩き潰してあげるから……ねッ!!」
光り輝くほどに神聖力の籠もった一撃は、黒鎧の中に燻ぶっていた力の残り滓を尽く消し飛ばした。
空はすっかり晴れ上がり、聖教会の鐘塔には虹が架かっていた。




