3-1 聖女、放浪の聖母と合流する
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解放軍は周辺の都市の支配権を取り戻しながら、王都方面へと向かっていた。
今は聖教会本部のあるベイバロン島へ進軍中だ。
島と言っても河口州に作られた要塞なので船旅の必要はない。
大きな橋で繋がっている。
この川を越えれば王子の捕らえられているアスポラ大監獄は目の前だ。
王都と王子。両方を取り戻せば王国再建への条件が整ってくる。
女帝の息子が教会本部に陣取っているのなら、それも落としてしまいたい。
聖教会に恩を売るいい機会だ。
「順調だね~。大きな被害も出てないし、このまま王都まで取り返せるかな?」
「余裕が出てくると気が緩みやすいもの。
リラは平気だと思うけど、騎士たちには十分注意してあげてね」
「わかってるってば、セイカは心配性だなぁ」
迷いの森で多少時間を取られたものの帝国相手に快進撃を展開していた。
始めは頼りなかった騎士たちに筋肉と自信がついたように思う。
敵兵も全て治療したことが聖女候補たちのいい経験になり顔つきも変ってきた。
そんな調子の良いときだからこそ気を引き締めたい。
私が賢者に何度も言われたことだ。
少しは成長できてるだろうか。
……なんて昔を思い出して感傷に浸っている暇はない。
私たちはベイバロン島を前にして、場違いな集団を発見した。
「前方、右手方向に敵影……と思ったけど敵じゃないかも。
セイカの服と似てる気がするから、聖女さんの団体かな?」
「あの杖は聖母の印だわ。遠見の鏡なしで見えるなんて、さすがリラね。
合流しましょう。きっと行き先は同じはずだから……」
聖教会の頂点に立つものに与えられる聖母の印。
この数年、聖母の力を発揮できるものはいなかった。
先代聖女が候補にあがっていたが、彼女が死んでしまって空位のままのはず。
それがどうして…?
解放軍が近づくとその集団は進行を止めて待ち構える。
敵対行動は見せていないが不信感は拭えない。
リラが解放軍の名乗りを上げると、聖母の印を掲げた少女が歩み出た。
枯葉色の髪を三つ編にしていて垢抜けしない田舎娘のようだ。
「解放軍の新しい指揮官、勇者リラ様ですね。良いところでお会いできました。
私は先代聖女グエンリアンの娘、ユークリアです。
どうか私たちを解放軍に加え、母の敵――暗黒騎士を討たせてください」
強い目の光で訴えかけるお下げの少女は自らを聖女の娘と名乗った。
計算が合わない。
先代聖女とは修道院で同室だった。
たった一人の友人で手のかかる妹のような存在。
私より二つも若いのに、聖女となり戦場へ出てほんの数ヶ月で散った儚い人生。
十代の娘がいるわけがない。
だけどとても似ている。先代の妹と言われれば信じるくらいに……。
「敵を取らせてあげられるかはわからない。帝国との戦いは厳しいものだから。
それでもよければ歓迎するよユークリアさん。ねっ、セイカもいいよね?」
「えぇ、もちろん。ただその前に確かめたいことがあるのだけど……」
「セイカ……? 貴方がセイカ・ハインテルなのですか」
抱きついてきそうな勢いで私に近づくユークリア。
ずっと会いたかったと手を取り腕を大きく振って喜びを表した。
私が一歩後ずさらなかったら熱い抱擁までしていたと思う。
「わかっております。聖母の杖の継承者かお確かめになりたいのでしょう?
そちらの馬車に祝福を与えることで、聖母の力を証明いたしましょう」
まだ幼く見える人懐っこい笑顔の中に凛とした意思を感じる。
困難に立ち向かうときに見せる瞳の輝きは、先代聖女グエンリアンを強く思い出させた。
「呼び声に応えよ。神の御手は地に降り注ぎ、精霊の息吹は森を巡る。
山河の涙で身を清め、人の和を以ってこれを守らん。《太陽の聖域》」
ユークリアは杖を振りかざし聖なる魔力で馬車を包み込んだ。
教会と同じ聖なる空間を作り出し、浄化の力をその場に押し留める神聖魔術。
ただの浄化なら私にもできるが、長く効果を持続させるのは別系統の力になる。
扱うには素質があることはもちろん、厳しい修行も乗り越えなければならない。
私のように治すことより壊すことを好んだ人間には到達できない領域だ。
ユークリアが聖母であることに間違はいない。
少女の勇者がいるのだから、少女の聖母がいてもおかしくない。
だけど私が聞きたいのはそんなことではない。
「聖母ユークリア、貴方は本当にグエンの娘なの……?」
「……母からは何も聞いていないのですね」
私の問いに幼い聖母の表情が一瞬凍りつき、すぐに物悲しい笑みに変わる。
胸が痛い。
まずいことを聞いてしまった気がする。
「母は十四歳で私を産みました。父親の名は誰にも明かさなかったそうです。
私はすぐに聖教会本部へ預けられ、聖母になるべく大切に育てられました。
きっと私の父は聖教会幹部のどなたかなのだと思います」
聞くんじゃなかった。
でも納得はした。
グエンリアンのようないい子が辺境の修道院に飛ばされた理由が、こんな重い事情だったなんて想像もしてなかったけれど……。
「セイカ様のことは母からの手紙にいつも書かれておりました。
気難しいけれど、根は優しくて、可愛らしくて、とても大切な人だと」
やめて恥ずかしい。
リラも興味津々で聞かないで。
強引に話を切り替えて、口止めは後でゆっくりしよう。
「それにしてもよくぞご無事で。何処かへ隠れておいでだったのですか?
ベイバロン島の状況がわかる方はいらっしゃいませんか?」
聖母たち一行は見るからに戦闘向きではなかった。
帝国の包囲網を突破したとは考えにくい。
私たちと同じで他所からここへ向かって来たのだろう。
「私は弔いのため、各地の教会を回っておりました。
暗黒騎士ガトーが来たと聞き慌てて引き返しましたが一足遅かったようです」
「わたしたちと合流できたのは幸運の兆しかもしれないね。
帝国兵は解放軍がやっつけちゃうから、安心して任せちゃってよ」
リラはもう何も言わなくても指導者として上手くやれてる。
頑張るのは私たちじゃなくて解放軍の皆だ。
「母の敵に一矢を報いようと、機をうかがっておりました。
どうか私も前線にお連れください。必ずやガトーを討ち取ってみせます」
「よろしくユークリアさん。セイカの話も後で聞かせてね」
少女ふたりが握手する姿は清く美しいはずなのに、口にした言葉はかなり物騒なものだった。
大丈夫かなこの聖母様。
恨まれたら地の果てまで追いかけて来そうだよ。
聖教会側からの暗殺指令を出すのはこの子なんじゃないかと疑ってしまう。
まさかグエンリアンの娘がそんなことするわけないわよね……?
「セイカ様、暗黒騎士ガトーにはくれぐれもお気をつけください。
死霊や悪霊を操り、自らも不死身の黒鎧と恐れられる危険な男です」
「お気遣いありがとうございます。皆にも十分に注意させましょう。
聖母ユークリアにも浄化の力でお手伝いいただくと思います」
女帝の息子は暗黒神の力に魅入られて心が歪むほどどっぷりと浸かっている。
確実に倒すべき相手のひとりだ。
暗黒の力を断つには神聖魔術が一番有効なので、ガトーは執拗に聖教会を狙って潰そうとしているのだ。
聖教会には恩を売っておきたい。できれば聖母ユークリアにも。
だけど暗黒騎士ガトーの不死身には秘密がある。
不死身の黒鎧はガトーであってガトーではない。
今回の戦いで倒すことは不可能だ。
敵を取らせてやりたいが無理なものは無理なのだ。
攻撃に適した術を使えるとは思えないし、支援に回ってもらうのが最善だろう。
聖教会本部を取り戻すことで納得してもらおう。




