EX2 勇者、花園王女とお茶会を開く
勇者視点です
◇◆
わたしが異世界に来て十日ほどが過ぎた。
まだ十日だよ?
簡単に慣れすぎじゃないかなって、自分の適応力にちょっと引く。
今も解放軍のみんなと女子会をしてたりする。
邪神を倒してくださいって願いで召喚されたのに長閑すぎるよね。
この休息も戦いのために必要な準備のひとつだから、嵐の前の静けさってやつなのかもしれない。
わたしがこんな風に落ち着けてるのは、きっとセイカのくれた加護のおかげなんだと思う。
言葉は普通に通じるし、戦いに関することは考えなくても自然と身体が動く。
ピンチのときにも直感が働いて冷静でいられたりするの。
だから戦いの前でもこうしてお茶を楽しめる。加護さまさまだ。
その加護をもらったときのキスはすごかったな。
今思い出しても頭が痺れてきそうだよ。
どうしてキスしなきゃダメなのかって聞いてみたら、肌よりも魔力が伝わりやすいんだって言ってた。唾液があると伝わるのかな?
セイカに魔術の基礎も教わってるんだけど、戦闘に関わりのない魔術が全然頭に入ってこないの。
勇者の加護はその人の才能を引き出すって話だから、わたしには戦闘以外の魔術の才能がないってことなんだと思う。
魔術があればなんでもできるって夢みてたからちょっと残念。
思いきり飛んだだけで屋根の上に乗れちゃったりするのは自慢だけどね。
でもやっぱり魔術も使ってみたかった。
料理を自動で作ったり、お湯を出してどこでもお風呂に入れたり、大人に変身するなんていうのもしてみたかったな……。
ぼんやりと魔術妄想をしていたらお茶の準備が終わったみたい。
注ぐ前から花の香りが漂ってくる。
今日はお茶はハーブティーみたいだ。
「はふぅ、いい香りだね~」
「茶葉に花のつぼみを入れて香りを足しているみたいね。
同じ花から採られた蜜も混ぜてあるから、より強く香りが感じられるわ」
「来てよかったでしょ?」
「えぇ、たまには悪くないかしら」
セイカもお花のお茶にご満悦みたい。
いつもは鋭い漆黒の瞳が今日はキラキラ輝いてる。表情が変わると全体的な雰囲気も和らいで、長い黒髪も艶めいて気品溢れて見てきた。
半ば強制的だけど連れ出してよかった。
来る前はあんなに渋ってたのに素直じゃないんだから……。
「今日の焼き菓子は口どけ軽やかでついつい手が伸びるのう。
食わんならおぬしのも貰うぞい」
「食べないのではありません。お茶と一緒にゆっくり味わうつもりなんです」
伸びてきた小さな手をパシッと叩いて追い払うセイカ。
容赦ない。
指をくわえてお菓子を眺めるのは、セイカの魔術のお師匠さまだ。
見た目は子供だけど、とても知識豊富で魔術の腕も確かなの。
大賢者チハチルって呼ばれていて国の偉い人たちも一目置いてるんだって。
年齢もこの中で一番上みたい。
ちなみにわたしを召喚したのもこの賢者さん。
世界の壁を越えるなんてすごいよね。
「もうすこし目上の人間を敬ったらどうじゃ。
おぬしには謙虚さと言うものが圧倒的に足らん」
「自分で言うのはどうなんでしょうね。
そんな師匠に育てられた悪い影響だと思いますけどね」
本人に小さいだとか、髪の色が変(セイカが昔いたずらして紫に染まっちゃってるんだって)だとか言うとプンプン怒って、その時は本当に子供に見えてくる。
わたしもこんな風にセイカと何でも言い合える仲になりたいな。
「どうしたの、ぼんやりしちゃって~?
ボクの焼いたお菓子が口に合わなかったかな?」
「うぅん、最高だよ。お茶との相性もバッチリ。さすが花園王女だね」
「それはよかった。そう言ってもらえると取り寄せた甲斐があるってもんだよ」
ウインクしてきたドレスの少女が今日のお茶会の主催者――ロビーナ殿下だ。
豪奢なミニドレスと輝く金髪がいかにもお姫様って感じ。
荷物持ちや髪のお手入れのためにいつも侍女を連れてるんだけど、給仕をしているのもその侍女さんたちだ。
ロビーナさんもツインテールを揺らしながら一緒にお菓子を配っている。
王族なのにかなり気さくなタイプみたい。
物腰が柔らかくて気遣いもできる。たぶん解放軍で一番にかわいいと思う。
本当は男の子なのにね。
「で、殿下。わたしくも給仕に回らなくてよろしいのでしょうか。
何か場違いな気がして、お尻がむず痒くてしょうがないのであります」
「下品だよディア。レディなら話題には気を使わなくちゃいけないよ。
ボクの傍にいたいなら名門モントルー家の一員として恥ずかしくないようにね」
「せめて鎧を着させていただきたい。あれがないと調子が……」
「茶会に武装はいらないよ。それがわからないわけじゃないだろう?」
言い包められて呻く赤毛の女性は、聖騎士のディアさん。
元はロビーナさんに付いていた近衛騎士だったけど、セイカの力に一目惚れして専属の護衛に志願してきたの。
セイカは勇者のわたしより強いかもしれないんだけど、たまに抜けてるところがあるからディアさんがいてくれると(敵が)多い日も安心。
寝室にまで入って行って護衛しようとするのはいただけないけどね。
だからついついきつく言っちゃったことがある。
そこから先はわたしが護衛します!ってね。
わたし重くないよね?
「軍の幹部を集めたお茶会なら武装の話が出てもしょうがない。
だけど今は女の子だけのお茶会だよ。相応しいのは恋の話じゃないかな。
ボクはそう思うんだけど……聖女セイカはどう思う?」
「えっ、私ですか?
私は茶会も恋も詳しくありませんから……」
急に話を振られてセイカが焦ってる。かわいい。
澄ました顔をしてるけど内心ドキドキなのが伝わってくる。
セイカの表情は普通の人にはわからないみたい。
でもわたしにはわかっちゃうんだなぁ。
「わたしも聞きたいな。セイカの恋のお話」
絶対に言わないだろうけど、セイカの慌てる顔は見たい。
ちょっぴり意地悪な気持ちが働いて、わたしも話に乗っかってしまった。
まさかセイカが饒舌に話し出すなんて思ってもみなかった。
「ひとつだけ、それも夢の中のお話でよければ……」
「夢の話もお茶のお供にぴったりだと思う。ぜひ聞かせてよ」
夢の話はロビーナさんの興味を大いに引いた。
セイカは焼き菓子をひとつ口の中で溶かし、焦らすようにたっぷり間を取って話し出す。
「ここと同じようで、少しだけ違う世界。
そこでリラとは別のぶっきらぼうな勇者と出会ったときの話……」
傍若無人が服を着て歩いているような、自分以外を必要としない勇者。
その魔術の才は賢者を凌駕して、帝国兵のことごとくを返り討ちにした。
セイカは彼に不死の加護を与え、側で戦いを見守った。
不死身の砲台と化した勇者は快進撃を続け、ついには邪神をも打ち破る。
その道中、多くの寄り道をした。
息抜きと称して酒を浴び、民の声を聞くと言って女と夜を過ごした。
その度にセイカは彼を宥めすかして連れ戻した。
勇者は他人のことをまるで考えていないように振舞っていた。
だが味方の被害を最小限に抑えるための彼なりの考えがあったようだ。
「本当は誰よりも人を愛しているのに、失うのを恐れているのかもしれない。
そう思ったら胸が熱くなったわ。彼を救いたいって気持ちで一杯になったの」
お茶を飲み、大きなため息をひとつ。
「でもどうにもできなかった。私には聖女の役目があったから。
邪神討伐を終えた勇者を暗殺する、大きくて重い役目……」
みんながごくりと喉を鳴らす。
他所から来た勇者は大きな脅威になる。
だから用が済んだらすぐに暗殺する。
わたしもセイカに教えられて、なるほどって納得したくらい当たり前のことだ。
この聖女の役目は勇者だけが知らされない公然の秘密だったのかもしれない。
召喚した賢者さんも王族であるロビーナさんも知ってて当然の秘密。
「それで……どうなったの?」
一番食いついたのはやっぱりロビーナさんだった。
ディアさんもすごく興味があるようで身を乗り出している。
わたしだって聞きたい。
「……本当にどうにもできなかった。そこで夢は覚めてしまったの。
ごめんなさいね。ご期待に添えなくて」
焼き菓子を摘んで頬張るが、セイカは少し苦そうな顔をした。
夢の話と言ったけどそれが嘘だってことはなんとなくわかった。
みんな黙ってしまって、手持ち無沙汰でお茶に手を伸ばす。
しんみりとした空気に打ち破るように賢者は夢は夢だと吐き捨てた。
「おぬしらは今を生きておる。大事なのはこれからどうするかじゃ。
夢より目標を語れ。それに向かって突き進むのじゃ」
小さい身体を目いっぱい伸ばして天を指す。
かっこよく決めてるつもりだろうけど、ちょっと滑稽かな。
でも空気は変わった。
「そうだよね、そこからが熱い展開だよね。うーん、ボクならどうするかな。
ディアはボクを殺せって言われたらどうする?」
「わたくしには判断しかねますので、殿下に全てをお話して指示を仰ぎます」
「委ねるばかりが愛じゃないよディア。
ボクはもっとキミに自由な意思を持って欲しいんだ」
ディアさんはなんとも言えない形相で考え込む。
ロビーナさんはディアさんをからかうのが好きみたい。
ツインテールが揺れて楽しそうにしてるのがバレバレだ。
わたしもセイカにやりたくなるから気持ちはよくわかる。
「でも本当に難しい話だね。使命を取るか恋を取るかって……」
わたしならどうするかな。
たぶんいっぱい考える。
それでも答えなんてでないだろうからもっともっと考える。
これは嫌だからって逃げるより、これがしたいって答えを探したい。
そのための苦労ならどんなことだって耐えられる気がする。
セイカはどうしたいんだろう。
死にたくないし死なせたくないって言ってた。
だからわたしは絶対死なないって誓った。
他に何がしてあげられるだろう。
セイカが答えを見つけられるように、セイカの行く道を照らしてあげたいな。
「バカ弟子よ、おぬしはもしまたその状況に追い込まれたらどうするのじゃ。
後悔せんように今一度しっかりと考えておくんじゃな」
「そんな状況にはさせません。たとえ相手が師匠でもあらがってみせますから」
こんな調子で女子会はやや波乱含みの展開で終わることになった。
嵐は近いのかもしれない。




