1-2 聖女、ゆるふわ勇者を思い出す
◆◇
前回の勇者のときには、こんな気持ちにはならなかった。
何の躊躇いもなしに、加護という名の呪いを押し付けることができた。
見るからに自信家の、デキル勇者面した男だった。
長い銀髪に褐色の肌が目に眩しい、いかにも女好きな男だった。
予想通りに圧倒的な殲滅速度で狂信者たちを追い詰めていった。
隣国からの侵略にも兵を率いて立ち向かい見事に勝利してみせた。
賢者と共に夜の街に繰り出して女遊びをするなど日常茶飯事だった。
そんな二人を捕まえては説教して、宥めすかしては戦わせた。
自分で言うのもなんだが、内助の功を発揮したと思う。
そして最終的に勇者は邪神を追い詰め、その存在を地上から抹消した。
『邪神討伐を終えた勇者を暗殺せよ』
それが私に与えられた最後の使命だった。
勇者に真実を告げることは出来なかった。
使命を果たすことも出来なかった。
結局、私は罪の意識を背負ったまま逃げるように自らの命を絶った。
怖かったのだ。
勇者を裏切ることも、裏切られることも、考えるだけで怖かったのだ。
……と、私の物語はそこで終わるはずだった。
けれど死んだはずの私を勇者の有り余る魔力と賢者の禁呪が繋ぎとめた。
その禁呪は魂を過去へ送り返すというもの。
『今度こそいい結末を迎えてくれ』勇者が悲しそうな笑顔で私を見送った。
『運命から逃げることは許さない』賢者が怒ったような顔で言う。
肉体から解き放たれたはずなのに彼らの声はハッキリと聞こえた。
私の魂に彼らの願いが強く強く刻み込まれたのだ。
こうして私はサッドエンドの向こう側へやってきた。
次こそグッドエンドを迎えるために……。
「……ん? グッドエンド? サッドエンド?」
強烈なフラッシュバックと聞きなれない単語。
私はハッとなって顔を上げた。
ひとつ目の迎え加護を与えたところで秘術を中断してしまった。
勇者に加護を与えてはいけない。
頭の中で誰かが叫んでいるような気がしたのだ。
「勇者様が目覚めるまで、私の部屋で休ませてあげてもよろしいですか?」
私の言葉に女王は首肯する。
大丈夫、誰にもバレていないはずだ。
勇者に加護を与えきってないが、今はもう少し考える時間が欲しい。
客室に勇者を運び込み二人きりにさせてもらった。
召喚の儀は賢者の隠れ家――というには少し物々しい砦で行われた。
今は私、聖女に割り当てられた一室で休んでいる。
何事もなかったように冷静に振舞っているが私は今、大変混乱している。
さきほどよりずっと、本格的に混乱している。
白い勇者に口付けたとき、色々と思い出して戸惑っている。
「落ち着け、セイカ・ハインテル。私は私だ。何も間違ってない」
今の私とも未来の私とも違う、まったく別の世界の私の記憶を思い出した。
「なんなの、この記憶は……」
別世界の私は、この世界の戦いが描かれたゲームをやったことがある。
ひどい頭痛に襲われながらも、ハッキリと別の記憶を自覚する。
まるで神にでもなったかのような万能感。
この世界の、この戦いのすべてを理解したような気がした。
聖女である私の悲しい末路もしっかりと描かれていた。
グッドエンド、バッドエンド、サッドエンド、トゥルーエンド……etc。
しかしそれらはゲームの主人公である勇者にとってのグッドやトゥルーだ。
聖女はどのエンディングでも最高の幸せを得たとは言い難い最後を迎えている。
グッドエンドを迎えると、勇者は王女と結ばれて時期国王に。
聖女は聖教会の司教を引き継ぎ、崇められる窮屈な毎日を送ることになる。
バッドエンドは非道を繰り返すと行き着く最悪のエンディング。
聖女は生贄に捧げられ、新たな邪神を降ろす寄り代にされるひどい末路だ。
サッドエンドは前回の私の辿った結果とほぼ同じ。
驚異的な力を持ってしまった勇者を殺して自分も死ぬ。
国は救われるが勇者と聖女は救われないエンディングだ。
私は勇者を殺すことができなくて、自分だけ死んだのだけど……。
そしてトゥルーエンド。
これすらも聖女にとっては幸せなものではない。
騎士見習いをしている王の隠し子を見つけ出して次期国王に据えるもの。
聖騎士と王女が結ばれ、王子を守り補佐する立場になる最良の結末。
賢者も王子を気に入って国の守りとして長く働き余生を送ることになる。
そして勇者は他国の不穏な空気を察し、対抗するために人知れず旅立っていく。
聖女はというと……勇者と共に旅立つことになっていた。
これが私にとって一番の問題だ。
一緒に旅立つと言うことは、勇者と死ぬまで戦い続けると言うこと。
勇者とはそういう生き方しかできない人種だ。
私はそんな血塗られた未来はまっぴら御免である。
しかし勇者から逃げ出すことも許されない。
何故なら聖女の加護には大きな欠陥があったからだ。
どんな傷をも無かったことにする送りの加護。
勇者を一騎当千たらしめる究極の秘術。
だが、この秘術はダメージを先送りにするだけの不完全なものだった。
先送りにしたダメージは新月の夜に一気に戻ってくる。
それを避けるためには月が欠け落ちるまでに加護を掛け直す必要があった。
ひとたび致死量の攻撃を受ければ、生涯掛け続けるより他に道はないのだ。
もし加護を与えるのを途中でやめれば、待っているのは肉体の崩壊だ。
完全なる死だ。
送りの加護を与えるというのは、生死を共にするということ。
もはや死が二人を別つまで……という強制的な婚姻のようなものだ。
私はこの秘術を使いたくなかった。
自分の人生を自由に生きたい!
そんなの誰だって当たり前に持っている願望のはずだ。
私は運命を変えるために過去へ戻ってきたわけだし……
「私は、何も間違ってない……はず」
白い勇者の寝顔を見つめながら、私は自分に言い聞かせるように呟いた。
願いを託すつもりだった勇者が女の子なってしまうなんて……。
加護を与え救世主として仕立て上げ、用済みになればボロ布のように捨てる。
私にそんなことはできない。
加護を与えず世界を救えない結果なんてもってのほかだ。
私はどうすればいいんだ。
「どうしてアイツじゃないんだろう」
共に旅をしたあの憎たらしい顔が懐かしい。
彼ならば加護など無くても勇者としての使命を果たせたかもしれない。
彼となら生死を共にしてもいいと、どこかで思っていた自分もいる。
こんな風に思うほど惹かれていたのだと思い知らされる。
私の辿り着いた世界は、以前の世界とは違っている。
これは変えようのない事実だ。
けれど何もかもが違うというわけじゃない。
きっとやりようはある。
白い勇者の天使のようなその姿にも、私は見覚えがあった。
別世界の私が、ではあるが……。
「この子は……僧侶型の勇者様、よね?」
僧侶型の勇者とはゲームの中で選べる勇者の内のひとりだった。
主人公である召喚される勇者は四種類のタイプから選べるようになっている。
前列に出せば複数回の物理攻撃をしてガンガン無双する戦士型。
全体魔法が作中最強クラスだが民衆の指示が得られない魔法使い型。
神聖魔法と回復魔法で安定感のある初心者にも扱いやすい僧侶型。
資金さえあれば戦力は整えやすいがとにかく燃費の悪い魔獣使い型。
未来の私は魔法使い型の勇者と旅をして、邪神討伐を成し遂げた。
最後の使命を果たすことはできず禁呪で過去へ送り返された。
そして、彼と出会う召喚の瞬間に戻ってきたはずなのに……。
「戻ってくる世界を、間違ったってことなの?」
どうやら禁呪は、不完全なものだったようだ。
私の記憶の混濁も、召喚される勇者が違うことも、きっと禁呪の影響だ。
「別の勇者が呼ばれる世界に来てしまったんだ……」
この世界に私の愛した人はいない……?
いやいやいや、別に愛してたわけじゃない。
ただ少し気になっていただけ。
頼りたかっただけ。
それでも会えないとわかると無性に寂しくて胸が苦しくなった。