2-8 聖女、変人賢者と無駄に張り合う
◆◇
ガラハドを仲間にして空の移動力――グリフォンを得た私たちは、王子の乳母を助け出すための作戦行動にでた。
速さは力だ。
雲の上から要塞都市を見下ろすために、一番高く飛べるグリフォンを選んだ。
騎乗して使役するのはリラ。導きの加護で難なく乗りこなしてみせた。ふわふわの白い髪のリラがグリフォンの背に乗るとまるでかわいい雛のようだった。
同乗するのは私と賢者チハチル。
二人で遠見の鏡――遠方まで見通す魔術を使って上空から乳母を探し出す。
見当はつけてあった。
子爵の屋敷の世話になっているはずと女王側から情報があったからだ。
おかげで簡単に見つかった。
「フフン、見つかったぞ。わしのほうが早かったな」
「見つかったのならさっさと降りて転移させてください」
先に見つけたのを賢者に自慢されて瞬間的に切れそうになった。
紫のお団子頭を引っつかんでグリフォンから突き落としたくなったが、なんとか思い留まる。
落したところで簡単に浮遊されて苛立ちが増すだけだ。
それに見つからないよりはずっといい。
乳母を探し出すための第二案は隠蔽の魔術を使って乗り込む強硬策だった。
それには大きな危険が付きまとうし、何よりそんな簡単な案も思いつかなかった自分を思い出して気分が沈みこむ。
要塞都市の攻略をさっさと終わらせてしまいたかった。
「なんじゃなんじゃ、助け出すのもわし任せか。
どうやらおぬしの怠けぐせはいまだに抜けておらんようじゃな」
「怠けているわけではありません。
他にもすることがありますので、どうぞお先に向かってください」
私には他にやることがある。乳母の救出は賢者に全て任せてしまおう。
「ショーグンと一騎討ちして兵を退かせると言うとったあれか。
せいぜい頑張るんじゃな。被害が減れば解放軍の評価もあがるじゃろうからな」
「言われなくてもやりますよ。可能性はあったと必ず証明してみせます」
意地だった。
勇者に送りの加護を与えず、なんとかしようともがいていたことも決して間違いではなかったと思いたかった。
賢者を追い払うように送り出して、私も飛び込む狙いをつける。
目標は要塞都市を守る将軍との一騎討ち。
「それじゃ、私も行ってきますね」
「待ってセイカ」
リラが飛び降りようとした私の裾を掴んで引き止めた。
姿勢を崩した私を抱き寄せ、子供に言うみたいに注意する。
「何かあったらわたしを呼んでね。すぐに助けに行くから」
わかってるって言うより先に、キスで先制された。
「頑張ってね」
ポンと背中を押され送り出される。
気負っていたものがフッと抜けて、心地好い緊張感だけが残った。
リラのために頑張りたい。
そんな前向きな気持ち。
力が湧いてくる。
私は落下速度の勢いそのままに要塞都市を任された将軍の前へと降り立った。
「はじめまして、マール将軍。
私はセイカ・ハインテル。アテネステレス解放軍に所属するものです。
本日は兵を退いていただきたくお願いに参りました」
乱れた髪を手で流し、恭しく礼をしてみせる。
対峙した男は油断なく剣を構え、白い歯を輝かせて不敵に笑った。
帝国軍四騎将のひとり、若き将校クァラス・マール。
装飾の入った細身の全身鎧が似合う伊達男。
長髪が気障ったらしいが、それに負けないだけの涼しい顔つき。
苦悩の聖騎士とはまた違ったタイプの薄味の美形だ。
「お願いと言うにはいささか乱暴すぎる訪問の仕方ではないかな?」
「急な訪問で申し訳ありません。
辺境の流刑地の任務では、退屈されているのではないかと思いまして……」
出るのも入るのも厳しいこの要塞都市は、帝国に落されてからは監獄として使われていた。主に王国軍の捕虜が収容されている。
将軍の役職にあるものが本国から離れた辺境の収容所を守るというのは、ひどく不釣合いだった。
何かしくじらない限りこんな所まで飛ばされるようなことはありえない。
私はあえて挑発してみせた。
「退屈な任務に、刺激的な余興はいかがでしょう。
私との一騎討ちなどいかがでしょう。
ひとりでは心細いと仰るのなら、そちらの衛兵もご一緒にどうぞ」
「くくく、私も舐められたものだ。
四騎将のマールと知ってそれだけの口を利くか、蛮族め」
美しく整った顔も怒りの色で険しいものになる。
しかし、油断を見せるような大きな怒りではない。
内から湧き出る静かな怒り。
戦いに免疫のない少女なら気を失いかねないほどの殺気。
だが、私はそんなか弱い存在じゃない。
「野蛮なのはどちらでしょう。
不可侵を破って領地を奪ったのは帝国ではありませんか」
煽る。
彼が仕える帝国を否定してみせる。
「貴様らが四王を暗殺しようとしたのが始まりではないか!
ここにも捉えているぞ、その首謀者のひとりをな」
「かわいそう人ね。貴方もだまされたことに気付いてないのね。
それとも女帝の色香や幻術に惑わされたのかしら」
煽る。
彼が仕える女帝を否定してみせる。
煽る。
まやかしを信じている彼自身を否定してみせる。
「もういい黙れ。平和を乱す殺し屋風情が陛下を侮辱するな。
私が直々に引導を渡してくれる!」
掛かった!
感情をあらわにした若き将校は、彼の信じている正義を振りかざす。
マール将軍は洗脳されているわけではなさそうだ。
若さゆえに陰謀を疑わなかったのだろう。
もしかしたら疑ったためにこの辺境へ飛ばされたのかもしれない。
一発重いのを叩きこんで帝国へ向き直らせてやろう。
彼の全力を受け止めて、ねじ伏せて、負けを認めさせてやる。
「一騎討ち、受けていただけるということですね。
野蛮ではないと言うのなら、負けたときには潔く兵を退いてくださいますね?」
「いいだろう。帝国軍四騎将マールの名にかけて約束しよう。
万が一負けることがあればの話だがな。だが結果は見えている。
貴様の墓には無謀な戦いを挑んだ愚かな娘と刻んでやろう」
「ではマール将軍が負けた際には……
国境線まで兵を退かせると署名していただくことにしましょう」
どんな剣にもどんな槍にも貫かれる気がしなかった。
魔力が溢れかえって漲っている。
力が漲っているのは将軍も同じようで今にも襲い掛かってきそうな気迫だ。
だが間合いを詰めて来ない。
剣の届かない間合いのままこちらを睨む。
「どうした? 貴様は魔術師だろう。武器を取り魔術を放て。
ひとりで乗り込んできたことを称え、貴様には先手をくれてやる」
甘えは見られない。
後手に回っても覆せる自信があるのだろう。
「魔術をはじく鎧なのですね」
「ご明察。ただの装飾ではないさ。
先手を取らせるとは言ったが、素直に受けるとは言ってないのでね」
「では、お言葉に甘えさせていただきます。
このような魔術はご存知でしょうか?
天かける風の加護を受け時流の渦を飛び越えん、《疾風迅雷脚》」
自分に向けて放った風魔術。鼓動が高鳴り、血が熱く煮えたぎった。
世界が止まって見える。
私は駆け出した。身体に纏わりつく空気が重い。
マール将軍の後ろに控えていた衛兵に向かって真っ直ぐ突き進む。
駆け足の勢いそのままに全力で突き飛ばす。
「ぐはッ」
反応よく斬りつけてきた別の兵士の一撃も、私には届かない。
遅い、遅すぎる。
引き付けてから紙一重で避け、がら空きになった脇腹への掌底。
「げフッ」
すかさず体を翻し、呆然としていた後方の兵士へ回し蹴り。
「おごッ」
蹴りの反動で大きく踏み出し、最後に残った衛兵の胸にも足型をつけてやった。
「ぬあッ」
四体の金属鎧がけたたましい音を立てて壁に叩きつけられた。
可哀想だけど私の力を見せ付ける道具になってもらう。
将軍には手加減なしの本気で戦ってもらわないと困るのだ。
全力を叩き折らなければ降伏などしないだろう。
兵を退かせられれば、賢者にぎゃふんと言わせられる。
魔術の効果以上に私の胸は高鳴った。
「ありがたく先手は頂きました。どうぞ将軍の番ですよ。
見ての通り、私に手加減の必要はありません」
「跳ね飛ばすには惜しい首だが、その口を黙らせるためには仕方あるまい。
死んでもらうぞ蛮族の娘よ。《ソニックブレイド》!!」
大きく振りかぶった剣先から衝撃波が生まれ真空の刃が襲い掛かってくる。
見えない刃で金属の鎧をも切り裂く一撃必殺の攻撃。
不死者でもなければ受けきることなどできないだろう。
だけど私は別。
マールの放った一撃を軽くかき消すほどの暴風を拳に纏い、真空の刃を叩き落す。
「なかなかやるな。だが、それほどの高威力の魔術。いつまで持つかな!
《ソニックブレイド》!《ソニックブレイド》!!」
長髪を振り乱し放ったマール将軍の怒涛の攻め。
「種の割れた手品ほど惨めな余興はありませんね」
次々と放たれた真空の刃の尽くをかき消し、叩き落し、間合いを詰めた。
本来なら剣の間合い。
私にとっても必殺の間合い。
「ソニックブレイ……!?」
振り下ろされた剣を真っ向から受け止め、残念だったわねと首を振る。
その程度では暴風の壁を破れない。
「これで……終わりです!」
受け止めた剣の腹に拳を叩き込み真っ二つにへし折ってやった。