2-7 聖女、裏切りの魔獣使いを捕まえる
◆◇
「帰れアルベルト。帝国の企ては今さら止めようがないんだ」
「なぜなんだガラハド! 貴方なら抗えたはず」
「戦渦を広げることに何の意味がある。オレには流れに逆らうだけの力もない」
「己たちには今、その力がある。投降して解放軍へ協力してくれ」
「力で力をねじ伏せることに誰が賛同するというのだ。もう何もかも遅い!」
熱い熱い。
後ろで見ている気にもなって欲しい。
これが美形同士の掛け合いならまだご飯も進むけど、濃い目の顔のアルベルトと苦労が頭髪に現れているガラハドだ。
「顔色悪いよセイカ。大丈夫?」
「気にしないでリラ。暑苦しくて胸焼けしそうになっただけだから」
夜襲をかけるにあたって、日が沈みきる前に野営を敷いて夕食を取った。
腹ごなしぐらいの感覚でガラハドの居城へと攻めあがったのだが、もう少し間を空けたほうが良かった気がする。
あまりの濃いやり取りに戻しそうになった。
先頭に立つのはアルベルト。
かがり火に囲まれ男っぷりがあがっているが、どうにも濃すぎる。
迎え撃ったのはグリフォンとヘルハウンドを連れた魔獣使いガラハド。
わざわざ城門の前まで出迎えてくれた。
「リラ、例のカードで一気に蹴りをつけましょう!」
夜を選んで正解だった。
視界の悪い中での同士討ちを避けるために魔獣ばかりの構成になっている。
ガラハド側の兵たちは城の護りに徹しているようだ。
人の数倍は体重のある魔獣たち。体当たりされるだけで厄介だ。
だがそれも、まともに戦えばの話である。
「星の力宿りし運命の標よ、大いなる力を解き放て。《無計画な放浪者の歩み》」
風の力が込められたカードが魔獣たちに見えない枷を与える。
どんなに命令しようと魔獣たちは身動きも取れず、ガラハドは孤立した。
「何だ、何が起きたというんだ!?」
魔獣を封じられた魔獣使いを囲んで追い詰める。
戦いは一方的な結果だった。
解放軍の戦闘を見ながらふと思った。
私はなんでこんな戦闘に身をおくような生活をしているんだろうって。
早く終わらせて引退してしまおう。
その思いが強くなった。
「ガラハド、これからの戦いに貴方の力が必要なのだ。
貴方が民衆を思う気持ちを勇者様はしっかりと汲んでくださる。
今の解放軍には力も正義も優しさもあるのだ。
頼む、協力すると言ってくれ」
聖女候補たちに混ざって負傷した兵士の治療をして回った。
治療術は苦手だったが聖女としての立場もあるので笑顔で引き受けなければならない。
もちろんガラハドも治療した。
いまさら暴れるほど物分りの悪い男ではないだろう。
一応、建前があるので牢に押し込めた。
協力する。
ただその一言さえあればすぐにでも解放軍に加えるつもりだ。
「協力する気になりましたか?
ここだけの話、私はワイバーンさえあればそれで十分なのですけど……」
「全部帝国本土へ送ったよ。残念ながらオレの相棒も連れて行かれた」
淡々と答えるガラハドだったが、その目は私を値踏みしているようで鋭い。
「それは残念です。
グリフォンはいるようだから、それだけでも借りられますか?」
「……奪うとは言わないんだな」
悪態をついてみせるが似合っていない。
ひどくやつれているが昔はそれなりにいい男だったんだろうとわかる風貌。
背筋の伸びた座り方を見ても、いい育ちをしたのがありありとわかる。
「空を制するものは……か。あんたも女帝と同じことを考えているんだな。
何と戦う気だ? そのためにどれだけ費用がかかるかわかっているのか?」
「お金の話なんてケチな男ね。でも安心して。戦いを長引かせる気はないわ」
力はすでに見せ付けた。
それがわからない男ではないはずだ。
「あんたも女勇者もずいぶんと力に自信があるようだな。
神の力を得た帝国の、数の暴力の前に抗えるものかな?」
「邪神くらい二人でも十分倒せます。力の源を断てばあとは人間同士の戦い。
数は厄介だけれど、それと戦うのはあなたたち王国民の仕事よ」
「帝国を討った後はどうする? 北の強国が迫っているのだぞ。
……あんたもその力を使って帝国へ協力する気はないか?」
「邪神を降ろすのにどんな方法を使ったか貴方は知らないのね……」
民衆のために生きているこの男の信念が本物なら、真実を知っていて尚、帝国に協力しろなどと言わないはず。
原作知識を語ってあげようかしら……。
「帝国が攻め入るきっかけになった四カ国議会での反乱のことだけど……。
あれは全て、帝国に仕組まれて起きたものよ。
術師が四王の一人に化けて内乱を起こそうとした」
私たちの暮らすアテネステレス王国、帝国の前身のロマーナ王国、そして残り二つの王国は、元々ひとつの王国だった。
数世代前に領地を巡って争いが起き、結果として四つの国が生まれた。
その不可侵条約を王の一人が破ったように見せかけたのだ。
「あの時に王も死んだんだぞ。それで女帝が立つことになった。
順番がおかしいだろう。それに自国の王を殺すなど……」
「最初から女帝がすべての指揮をとっていたんです。
他国に入り込み、反乱を起こさせて、それを平定する名目で領土を広げた。
とんでもないやり手よ」
本当の黒幕は女帝を唆した術師だが、そこまで教える必要はない。
今は帝国に反旗を翻し戦う意思をもたせることが最優先だ。
ガラハドは帝国の裏を知らなかったのか言葉を失っている。
「帝国の力の源、邪神の討伐は勇者が必ず成し遂げます。
だから貴方には帝国と戦う王国民の一員になって欲しいの」
「北の強国はどうする!」
帝国のやり口は気に入らないが、先々の戦いを考えて屈したというのがガラハドの考えのようね。
帝国は元々同じ王家だったから納得できるが、北の強国は民族も違う。
それが恐ろしいんだろうか。
私はどちらも納得がいかない。
国のあり方は土地のものが決める。それが自然だと思っている。
皆が帝国を受け入れるというのなら私も潔く退こう。
でも民衆は新たな王を望んでいる。
「帝国の力をそのまま奪います。
邪神を討ち、女帝を廃し、新たな王を迎えます」
「ハハハ、新たな王とは勇者のことか。それとも貴様か!」
他所から来た王など、いくら強かろうと反発を生むものだ。
数ヶ月の戦いで本当の信頼が得られるはずもない。
「アテネステレス第一王子――フィル殿下が全てを引き継ぎます。
信じられないでしょうがフィル殿下は要塞に捕らえられ生かされています。
殿下を助け出すためには貴方の翼が必要なんです」
第一王子フィル殿下ならば帝国を引き継ぐ正当性もある。
もともと四カ国はひとつの王家だったのだ。女帝とも縁戚である。
そして勇者が後ろ盾になることで、力も信念も民衆の支持も与えられる。
「……本当に生きているのか。
生きていたとして帝国の基盤まで奪って統一などできるのか」
「できなかったら邪神に食いつぶされるか、強国に滅ぼされるだけです」
脅しはこれくらいでいいだろう。
立ち上がり黒髪を勢いよく翻した。
一度やってみたかった。背を向けて啖呵を切ること。
「帝国の犯した間違いをを正す気がないなら、このまま牢の中で朽ちなさい」
ここまで言って奮い立たない男なら、これからの王国には必要ない。
グリフォンさえいれば今後の行動に影響はでない。
「女の時代なのか。女帝は想像よりもずっと手ごわいのだろうな。
これだけの暴挙を誰も止められないのだからな」
女帝は暗黒神の力で臣下を洗脳でもしているのだろう。
刺し違えようとしたものが現れても手にした力で跳ね除ける。
一筋縄ではいかない相手だ。
普通ならば。
「うちの勇者様は女帝よりもずっと強くて、ずっと清らかよ。
未来を託すなら……言わなくてもわかるわね」
勇者の力、賢者の知恵、花畑王女の切り札。
そして聖女である私の魔力。
跳ね除けられるものならやってもらおうじゃないの。
濃すぎるやり取りを見続けたせいか、私も少しテンションが上がっていた。