2-6 聖女、苦悩の聖騎士と領地を巡る
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解放軍は魔獣使いのガラハドを仲間にするべく彼の領地へと向かっていた。
もちろん私たち――聖女、勇者、賢者、聖騎士、王女(男)も一緒だ。
直接本拠地へは向かわない。
リラにお願いして解放軍を東へ西へと走らせた。
帝国へ寝返ったガラハドがどういう人物か確かめさせるのだ。勢いに任せて本陣へと駆け上がったら、互いの正義をいたずらにぶつけあうだけだ。まずはガラハドの正義を受け止めることが解放軍には必要なのだ。
「何故こんな回り道をせねばならないのです。
直接乗り込んでガラハドに問いただす機会をくださるのではなかったのか」
行軍中にモントルー姉弟――ディアとアルベルトの口論が聞こえてくる。
「セイカ殿のお考えだ。勇者殿もその考えに賛同しておられる。
お前は勇者殿についていくと決めたのだろう?」
「ですが姉上」
「もう言うなアルベルト」
アルベルトはディア以上に直情的で不満を口にせずにはいられないようだ。
それでも動き出せば任務には忠実で、根に持たない良い性格だとも言える。
声が大きすぎて丸聞こえになってるのは最悪だ。
頭を冷やさせるためにも、たっぷりと走らせてやろう。
……などと悪い顔をしていたらリラにしっかりと見られていた。
「セイカって時々いじわるだよね。
ガラハドさんが良い騎士だっていうのはわかってるんでしょ?」
「私が知っていても、皆が納得しなければ意味がありませんから。
魔獣使いたちが抵抗するでしょうけど、対処はリラにお任せしますね」
「えぇーっ、わたしまで走らせるのー!? わたし勇者だよ!?」
「もちろん私も同行しますよ。戦闘は遠慮させてもらいますけどね」
私は気付かなかった。
こんな些細なやり取りでリラが嬉しそうに笑ったのを……。
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ガラハドの領地を巡り、様々な角度から情報を集めていく。
アルベルトはずっと悔しそうにしていた。
「何故己は気付いてやれなかったんだ」
河口に近い商都に行って民衆の話を聞き、領民が反乱を起こさないように厳しく取り締まりをした理由を知った。
山のふもとの酪農地に行って民衆の話を聞き、王国兵の家族を人質に取ってまで魔獣の世話を続けさせた理由を知った。
「帝国に魔獣を提供することで恩赦を得ていたのか……」
「どうやら軟禁しているというのは表向きの方便のようだな。
ガラハドは帝国からの風当たりを弱めるために心を砕いてきたのだろう」
「まさか……そこまで考えて」
苦悩の聖騎士以上にアルベルトが苦悩している様子が窺える。
この姉弟は物事を大げさに捉えすぎるきらいがある。
まるで演劇でも見ているみたいだ。
「それこそ文字通りに心が砕けるほどの辛い思いをしただろう」
「すべては領民の生活を守るためだったのか。己はなんと愚かだったんだ。
しかし未だに城門を閉じている理由がわからない」
「解放軍の力をまだ信じられぬのだろう。
こちらに心強い味方がいるのを知らせてやろうではないか!」
ディアの高すぎる評価が怖い。
頼りきりにされては困る。私はもう戦いに手を貸したくないのだ。
存在感を薄れさせ、誰も気付かぬうちに消え去るのが私の望み。
解放軍の騎士たちには大いに活躍してもらわないと困る。
私は頑張るだけ頑張らされて、最後に裏切られるなんて絶対に御免だ。
解放軍の運営が起動に乗るまでの我慢だ。
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「セイカ殿は全て知っておいでだったのでしょうか」
「聖女にも勇者のような加護が働いているのかもしれないね」
ディアがロビーナと話しているのが聞こえてきた。
ガラハドの居城を前にして、野営しようとかというところだった。
決して盗み聞きをしたわけではない。
ディアの声が大きすぎて聞こえてきただけなのだ。
ちょうど頼みたいこともあったので近づいたのだが、話の内容が私のことだったのでつい気配を消して聞き入ってしまったのだ。
断じて盗み聞きではない。
「ボクの占星術よりも、ずっと正確に見通してるようだよ。
なんでも見えるわけじゃないっていうのが救いかな」
「神の加護、神の化身と崇められれば聖教会が黙ってませんぞ」
「あちらが動く前にぜひとも王政に組み込みたいね。
兄さんが口説き落としてくれればいいんだけど……」
口説くって……。
思いがけない話に息を呑む。
死亡フラグ以上に厄介な話だ。
「誰だ!!」
わずかに漏れ出した私の気配をディアがすばやく察知する。聖騎士の称号は伊達じゃない。
ここで事を荒立てるのは得策じゃない。
ごまかすより正直に聞いてしまったと白状したほうがいいように思えた。
「……私は誰にも口説かれる気はありませんからね」
「ボクにも?」
そこらの女の子より可愛い男に何が悲しくて口説かれなければならないのか。
「私が男装すれば釣り合いが取れるかもしれませんね」
「キミはボクに厳しすぎるよ。でもそれがまた新鮮でいい…」
皮肉のひとつも言いたくなるが、通じないどころか喜ばれて始末に終えない。
「ディアさんはこんなこと言わせておいて良いのですか?
ロビーナ様とは幼い頃に将来を誓い合ったほどの仲なのでは?」
「参りましたな。本当にどこまでも知っておられる」
「待った待った聖女セイカ。ディアをいじめていいのはボクだけだよ」
あまりにも皮肉が通じないので少し意固地になってしまったが、ロビーナに軽く躱されてしまった。
揺さぶろうにも駆け引きでは敵いそうにないな。
暗殺フラグを抱えた二人が私にやたらと高評価を下してくる。
適度な距離を取りたいが上手い付き合い方がわからない。
求む。苦手な人と仲良くやっていく方法。
ロビーナの力は解放軍の切り札になるものだから、どうにかしたいところだ。
「それはそうとロビーナ様、ひとつお願い事があるのですが……」
解放軍のためだからと頼み込むしかないのだけど……。
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「これまで大きな抵抗はなしだよ。
みんな降伏の条件に領民の生活に支障のないようにして欲しいってさ」
抵抗はあったけど軽く蹴散らしただけよね。
ここの兵士も仲間に引き入れるんだから治療の手間が増えるから手加減して欲しかったな。
リラが当たり散らすなんて、何か問題でもあったのかしら?
「浮かない顔だけど、リラもそんな顔するのね」
「むー、わからないの?」
人の目があるのに腕を組んで張り付いてきて、私は恥ずかしさのあまり硬直してしまった。
「ちょっとリラ……」
「大丈夫、みんな陣の設営で忙しくしてるから気付かないよ。
それともセイカはわたしと一緒にいるのイヤ?」
「嫌では……ないですよ。もちろん。でも……」
「でも、何?」
恥ずかしい。
でも私は何が恥ずかしいんだろう。
リラといるのを見られるのが恥ずかしい?
それは違う。
リラといるときの自分のだらしなさを見られるのが恥ずかしい。
たぶんこれが正解に近い気がする。
「私は、リラといると……普通ではいられなくなるの。悪い意味じゃないわ。
素敵な気持ちで大切にしたいと思っているの。でも……」
「でも、何?」
リラが怒ってる……?
夕闇が迫る時間。
それでもリラの表情はハッキリとわかった。
不満が表れている。
指が震える。
戦闘するよりずっと怖い。
自分の気持ちをただ、言葉にするだけのことが怖い。
「私は見られたくないの。こんな……色恋に現を抜かしている姿なんて」
「恋してくれてるの?」
「ぅくっ……」
真紅の瞳で見つめられ私は動けなくなる。
リラは私のことを意地悪だと言ったが、リラのほうがよっぽど意地悪だ。
こうなる姿を見られたくないから、いつも気を張っているというのに……。
「ロビーナさんとディアさんばっかり構ってるから、わたし嫉妬しちゃったよ」
先ほどまで怒っていたはずなのに、今はもう嬉しそうに引っ付いてくる。
どうしてこうも素直に気持ちを表現できるのか。
私にはとても真似ができない。
「あれは、必要なことだったから……」
ロビーナに頼み込んで作ってもらったカードを取り出す。
これを作ってもらうために解放軍に入ってもらったようなものだ。
「ロビーナ様にしか作れないカードなの。
これにリラが魔力を通せば、大きな力となって発動される。まさに切り札よ」
同じ占星術師の賢者には作り出せない魔法のカードだ。
発動させるのも勇者でなければならない。
知識や技術ではなく、生まれ持った資質が関係しているんだと思う。
私にもできなかった。
「このカードにすごい力を感じるよ。
セイカはいつも解放軍のことを一番に考えてるんだね。
勇者はわたしなんだから、わたしにもっと活躍させてよね」
「活躍するのは解放軍の皆ですよ」
「むー、いじわるー」
これは不満というより戯れだ。
じゃれ合うような子供っぽいやり取り。
誘いに乗ってしまいたいが、陣の設営もすぐに終わる。
締まりのない頬を叩いて聖女の顔つきに切り替えていかなければ……。