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破滅の聖女とゆるふわ勇者  作者: 久我山
第二章 破滅と苦悩と花園と
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2-5 聖女、花園王女とミニドレス

 ◆◇



「貴女に剣を捧げたことに間違いはなかった。

 この国を率いる者に相応しいお言葉でした。

 大変胸が熱くなりましたぞ!」


 客室に戻って休もうと思っていたのにディアが暑苦しい言葉を投げかけてくる。

 真っ赤な髪が熱を持っているように見えてくる。


 いやいや、やめて。

 私、人生を捧げるほどこの国のためを思ってないから。

 邪神討伐を終えたら引退して優雅に暮らしたいだけだから。


「明日の王国を担うのはあなたたち王国民です。

 私も勇者も国を治めようなんて思っていませんので」


 疲れきってしまってディアを追い出そうとしたら扉が向こう側から開かれた。


「よっす、ただいま。国がいやなら地方のひとつだけでもどうかな?

 聖女セイカ、キミがいてくれるとボクも助かるんだけど」


 買い物に行っていた花畑王女――ロビーナがひょいと顔を出した。

 今日はもう休もうと思っていたのに面倒な人が来た。


「ご冗談はおやめください王女殿下。邪神討伐後は引退を決めているんです」


 本気で言ってそうなので真顔で止める。

 思いつきで行動して周りに迷惑をかける手合いだ。


「王女ってボクのこと?

 何言ってるの。ボクはこの世で一番かわいい男の子だよ?」


 ん? はい? 男の子?

 脳が理解を拒む。

 それと同時に妙な納得感も生まれる。


 苦悩の聖騎士ディアが女性で、花畑王女ロビーナが男性に。


 私が禁呪によって二周目入ったために起こった悪影響だ。

 なんとなく予想はしていたが、こんな疲れているときに知りたくなかった。


 今日は一日大変だった。


 貿易都市の解放。

 邪神兵の浄化。

 賢者との方針会議。

 解放軍の視察。


 リラとの買い物も一緒にいけずお留守番だったのがとても痛い。

 なんで男と、なんでロビーナ殿下と買い物に行ったのよ。



「……って、もしかしてリラと一緒に下着も買ったのですか!?」


「大丈夫。ボクってセンスあるからね。

 勇者リラに似あうかわいい下着選んであげたよ。

 今頃着替えているんじゃないかな?」


 くるりと回ってパニエをチラ見せしてくる。

 金髪の男の子が……。


 ドレスと二つ結びが似合う少年というのもどうなの。


「まさかキミまでボクのことを女だと思っていたなんてね。

 王族を女の子として育てるのは魔除けみたいな伝統さ。

 今でもこの服を着ているのは完全にボクの趣味だけどね」


 男の服はつまらないとか、堅苦しいばかりで華やかさがないとか言ってるけど、正直どうてもいい。


「服の好みは人それぞれですので、私から言うことは何も」


 服はどうでもいいけど、リラと下着を買いに行ったことはちょっと許せない。

 私だって一緒に選びたかった。

 うらやましさから、つい睨みつけてしまう。


「……ということは、ボクの趣味を知らないのにボクを遠ざけてた?

 男だから遠ざけられてたのかと思ったけど、そうじゃないってことは……」


「ロビーナ様を遠ざけていたというわけでは……」


「……もしかして単純にボクが嫌いってこと!?

 やだやだ、それちょっと衝撃すぎる事実だよ」


 演技臭い台詞回しをして、ことさらに驚いてみせるドレス姿の美少年。

 どっと疲れる。

 花畑王女のペースに付き合うと魔力が奪われるような錯覚さえしてくる。



「セイカ殿にも見通せないことがあるのでございますな。

 全知全能の聖女かと思っておりましたから、少し安堵しておりますよ」


「どうしてあなたは私をこうも持ち上げるのかしら?」


「ボクは正当な評価だと思うよ。

 あの浄化の光は並じゃ到達できない境地じゃないのかな?」


 ロビーナ殿下にまで持ち上げられて背筋に悪寒が走る。

 殺されることを知っているせいだろうか。


「あまり褒めないでもらえますか。

 そういうのに慣れてないので、裏があるのかと思ってしまいますから」


「ボクは本当のことしか言わないよ。駆け引きってやつは苦手だからね」


 腹の探りあいは私だって苦手だ。

 それでもロビーナが察していてはぐらかしたのはわかる。

 ぎこちない笑いでごまかされてくれるほど頭の中は花畑ではないらしい。

 さすがは王族。


 私の力を認めてくれるのはありがたい。

 しかし、脅威に感じられてしまったら暗殺フラグが立つ。

 ありがたいがとても怖いことなのだ。


 王国の脅威になれば私は殺されてしまう。

 その活躍を期待されながら、裏では何を思われているかわからないのだ。


 リラだけが私の救い。

 王国の意思とは関係なく、私を見てくれるたったひとりの人。


 ……リラに会いたい。



「殿下、セイカ殿もお疲れの様子ですので今日はここまでにいたしましょう」


「え~つまらないよ。夜はまだまだこれからじゃないか。

 聖女セイカ、キミはもっとボクに興味持ってくれていいと思うんだよね」


「複雑な関係はご遠慮いたします。

 私はただの聖女代理で、政略の道具になる覚悟など微塵もありませんので」


 お互いに笑顔でいるが空気は張り詰めている。

 とても胃が痛い。


「ボクの後ろ盾があれば、頭のいい臣下のいくらかを味方につけさせられるよ?

 引退するにしても繋がりはあってもいいんじゃないのかなぁ」


 ぐいぐい押してくるロビーナの意図が読めない。

 この手の政治的駆け引きはゲームでは描かれない裏の部分だ。

 私には逃げの一手しかない。


「女王派も騎士団も私の存在を快く思っていないのはわかっております。

 この戦いが終われば勇者と共に潔く身を引きますので、どうかご容赦を」


「ロビーナ殿下、もうよろしいではありませんか」


 赤毛の聖騎士が私とロビーナの間に挟まれて苦悩している。

 頑張れ。

 今は応援してあげるからロビーナ様を下がらせて欲しい。

 もう休みたい。


「ディアは気にならないの?

 聖女様がどうしてボクたちを解放軍に引き入れたのかってこと」


「それは……その、気になりますが」


「てっきりボクに興味があるから近づいたんだと思ったのに」


 ディアが私のほうにチラチラと視線を寄越してくるが、二人が期待するような答えは持ち合わせていない。


「必要だったから……それだけです。

 この国の未来はこの国のものが負うべきでしょう?」


「それを言うならキミだってこの国の一員じゃないのさ」


 なんと答えて良いかわからなかった。

 国を動かす歯車にはなりたくなかった。


 自由に気ままに命の危険なんて感じることなく暮らしたいだけ。

 けれど、そんなわがままをこんな状況で言えるわけがなかった。


 だから、この国が安定したらこっそりと逃げ出すんだ。

 私がいなくても平気なように全てを完璧に整えて旅立つんだ。


「これより先のお話は王子を探し出してからにいたしましょう」


 今日一番の作り笑顔をでロビーナ殿下を送り出す。

 廊下でまだ何か言い争ってる。

 ディアも大変な人に仕えていたんだなと同情した。


 :

 :

 :



「それにしても、今日はすごい疲れた……」


 今日だけでだいぶ図太くなった気がする。

 別世界の記憶が混ざって馴染んだ結果かしら?


 ベッドに飛び込んでしまいたいけれど、どこで誰が見ているとも限らない。

 最後の気力を振り絞って、お淑やかに大人しく、静かにベッドに潜り込んだ。



 意識が飛び掛ったまどろみの中で、ドアがノックされる音を聞いた。



「また明日にしてよ。私はもう寝たの……」


 扉の向こうになど聞こえない声量で呟いて寝たふりを決め込んだ。





 その日の夢にリラが出てきた。



 あたり一面に白い花が咲き乱れていて、身体を投げ出して寝転んでいて……。


 爽やかな花の香りに混じってくる太陽の匂い。

 寝返りを打つとそこには白くてふわふわの髪が……私の大好きな人だ。


 目を閉じて胸いっぱいに香りを吸い込み、ゆっくりと脱力しながら吐き出す。

 微かに残る白粉のさらさらした甘さが鼻腔をくすぐる。

 また味わいたくて大きく息を吸い込む。

 そして脱力。



「お化粧でもしてるの?」



「……ダメ、だったかな?」



 耳元で囁かれた声は頭の中で何度も繰り返されるみたいに響いてくる。



「ううん、ダメなんてことはないわ」



 首を振って応えるがまぶたが重くてリラの顔を確かめられない。

 きっとかわいいんだろうな。



「リラに話したいことがあったような気がしたのだけど……忘れてしまったわ。

 ふふっ、ごめんなさいね」



 たった半日離れていただけでつらかった。

 リラにそばにいて欲しくてしょうがなかった



「お話しなくても一緒にいれるだけで嬉しいけどね」



 それは私も同じよ。



「セイカ……寝ちゃったの?」



「……なぁに?」



「ねぇセイカ」



 後頭部がくすぐったい。

 手櫛で髪を梳かされてるみたいだ。


 誰に?

 リラに。



「子供みたい」



 またそうやって私をからかわないでよ。

 十数年修行した記憶が、二回分もあるのよ?


 リラが思うよりずっと年上なんだから……。



「かわいい」



 リラ。

 ねぇ聞いて。

 私頑張っているのよ。


 今日は色々気を使って大変だったの。



「まーた眉間にしわがよってる」



 額に触れた柔らかな感触だけが鮮やかに意識に刻み込まれる。



 リラ。

 くすぐったいわ。



「むぎゅー」



 いい匂い。


 リラ。

 大好きよ。 





 :

 :

 :




 目が覚めると隣に天使がいた。


 真っ白な私の天使。

 やわらかな髪。なめらかな肌。


 無防備に開かれた唇は、私にはとても挑発的に見えて……

 その甘い感触を味わわずにはいられなかった。


「おはよう、リラ」


 デレデレとした顔つきになっている自分が鏡に映った。


 こんなところ見られたら恥ずかしい。

 一気に気持ちを聖女に切り替える。


「さぁ起きてリラ。今日も大変な一日が待っていますよ」


 むにゃむにゃと曖昧な反応が返ってきた。

 リラはまだ夢の中にいるらしい。


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