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破滅の聖女とゆるふわ勇者  作者: 久我山
第二章 破滅と苦悩と花園と
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2-4 聖女、苦悩の聖騎士と弟と

 ◆◇



「すでに二十三通りの救出策を思いついておる。基本三しゅに、応用十五しゅ。

 残りはむぼうで危険でアレなやつじゃ。まぁいずれかで助け出せよう」


 思いついて当然だとでもいいだけな冷たい眼差しで私たちを見据える。

 頭頂部でお団子にした紫の髪を思い切り叩いて凹ませたくなった。


「ダメだよ、セイカ。ちゃんと話を聞こう……ね?」


 不穏な思考を読み取ったリラは、私をソファに座らせ手がふさがるようにお茶を持たせた。


「王子の乳母をするくらいの身分じゃ、顔も名前すぐわかるじゃろう。

 ショーサイがわかれば遠見の鏡で探るくらい、おぬしにもできるじゃろ?」


「なになに? 兄さんの乳母ってカウダさんの話だよね?

 ボクも顔くらい知ってるよ。兄さんの居場所ってカウダさんが知ってるの?」


 割り込んできたロビーナの声も耳に入ってこない。私は呆然としていた。


 なんでこんな単純なことに思い至らなかったんだろう。

 乳母がどんな人かもわからない、都市を開放しなければイベントがおきない。


 勝手にそう思い込んでいた。


 乳母のことを知る人に聞いて、居場所を探し出せばいいだけなのに。


「センニューして秘密裏に行動するのもよし、強襲するもよしじゃ。

 奇策として、乳母のほうを強制転移させる方法も取れるぞ。

 わしの召喚術の応用じゃな」


 私の中にもいくつも救出案が浮かんできた。

 リラも同様に希望の色がくっきりと浮かんだ顔で頷いている。


「ひょっひょっひょ、感謝の言葉は乳母を助け出してからでかまわんぞ。

 みやげはケーキがよいな。砂糖菓子の人形が乗ってるやつじゃ」


 この人はいつもこれだ。

 私が素直に感服しているところを嫌味で台無しにする。


「賢者さまかわいいね。照れ隠しであんなこと言ってるんだよ」


「あれでも私より年上ですから、可愛げのかけらもありません」


 リラは私を落ち着けるようにと、ずっと背中をさすってくれていた。

 また眉間にしわをよせた渋い顔つきになっていたようだ。


「不器用なところはセイカに似てると思うけどな」


「似てません」


「でも相談してよかったでしょ?」


 肯定も否定もできなかった。

 簡単なことに気付けなかった自分が腹立たしい。


「こんな愚昧なバカ弟子より、わしのほうが百倍かわいいに決まっておろうに」


「ねぇちょっとそっちだけで盛り上がらないでよ。

 この世で一番かわいいのは、このボクだよ?」


「おぬしは術のひとつも覚えてから出直せ!

 どうせ中身が空ならば人形の方が静かでよいわ!」


 結局ぐだぐだになってその日の会議は終わった。


 賢者って賢きものって書くはずなのに、この納得のいかなさは何なんだろう。

 この謎は死ぬまで解けない気がした。



 :

 :

 :



「いやはや難しいお話でしたな。されど実りあるものになったようでなにより。

 わたくしは考えるのが不得手で、ついていくのもやっとでございました。

 ただただ忠義に尽くそうと思いを新たにいたしましたぞ」


 会議は昼食を機に終了し、午後は次の都市へ向かう準備に当てられた。


 リラはロビーナに連れ出され、服や日用品などを揃えに出掛けた。

 賢者は乳母の情報を確認しに女王のもとへ向かった。


 そして私は客室で寝て休むようにリラから厳命を受けてしまった。


「一緒に買い物に行きたかったな……」


 どうして私は苦悩の聖騎士とお留守番なのか。


「セイカ殿は情報通なのですな。ロビーナ殿下が港町にいるのも知っておられた。

 フィル殿下やその乳母のことも知っておられる様子。脱帽いたします。

 情報は武器であると、どこかで聞いたのを思い出しましたぞ」


「情報を知っていても、私には扱いきれなかった。すごいのは賢者様ですよ」


 ディアは喋っていないと落ち着かない人なのかしら。

 こうして人に取り入って警戒心を薄れさせ、油断しきったところで……。


 邪神討伐後に私は殺される。

 王子を見つけ出しても排除されない確約が得られるわけではない。


 懐柔できる気はしないが、殺すには惜しいと思わせておきたい。

 かと言って仲良くできる気がしない。


「はぁ……」


 大きなため息が漏れた。

 聖女らしくもない。

 すでに油断が始まっていたのかもしれない。


「まだ横になる気分でないなら、解放軍の視察をしてはいただけないだろうか?

 幹部である貴女が訪れれば、騎士たちの気を引き締めることになるでしょう。

 術のご指南もいただければ聖女候補たちの勉強にもなるかと思います」


 退屈で仕方がなかった私は、ディアの誘いを受けることにした。



「……私が見回らなくても士気は十分のようね」


 武具の整備をしていた騎士たちを見て回るのは思ったより退屈なものだった。

 緊張するのはあちら側で、私の方はただ視線を向けて頷くだけ。


 聖教会の幹部にされたらこういう日々が続くんだろうなと嫌な予感をさせた。


 唯一面白かったことをあげるなら、アルベルトのことだろうか。

 勇者の力に惚れて初期から参加するこになった暑苦しい騎士。


 アルベルトは苦悩の聖騎士ディアの弟だったのだ。


「アルベルトは我が弟ながら優秀で、文武ともに努力を惜しまぬ男であります。

 解放軍のためによろしく使ってやっていただきたい」


「私によろしくしなくてもリラが上手くやってくれます。

 それに、彼自身が頑張るでしょう」


 燃えるような鮮やかな赤毛のディアと落ち着いた濃い茶色の短髪のアルベルト。

 見た目は違うのに背筋の伸び具合や動作一つ一つの機敏さがよく似ていた。


 姉弟でこれだけ似ているのだから、きっと両親も暑苦しいに違いない。

 一家で同じ動きをしている様がありありと想像できた。

 私はどうにも笑いが堪えきれなくなってしまった。


 急に笑ったものだから、アルベルトを鼻で笑ったように見えたかもしれない。

 ディアが困惑の表情で私を見ていた。


「ごめんなさい。笑う気はなかったの。ただあまりにも似ていたから、つい」


「そんな笑うほどに……似ておりますか?」


 盾を構え武器の取り回しを確認している姿。

 騎士見習いに熱い指導を繰り返す姿。

 動きの端々に同じ環境で育ってきた家族の絆を感じさせた。


「ややっ、聖女セイカさまではございませんか。

 ご視察ですか? お疲れ様であります!」


 こちらに気付いたアルベルトが駆け足で近づいてきたかと思うと、仰々しく敬礼されて少し引く。

 暑苦しい。

 この姉弟は遠目から眺めるくらいがちょうどいい距離感な気がする。


「この度の解放戦、勇者リラの采配は流石の一言ででした。

 聖女候補たちが同行したおかげで戦闘の継続が可能となり……」


 うんうん、熱い気持ちは痛いほど伝わるから、そんなに喋らなくていいんだよ。

 軽く聞き流しながら、本当に似ているなと姉弟に和みを見つけた。

 頬が緩むのがわかる。

 少しだけ鬱屈した気持ちが晴れていった。



「時に聖女さま、解放軍はこのまま要塞都市の方へ出兵するのでしょうか。

 もしそうならば(おれ)を最前線で派遣していただけないだろうか」


 元から真面目そうな顔つきのアルベルトが、さらに真剣な顔つきで迫ってくる。


「己には討たねばならぬ男がいるのだ。裏切り者のガラハド。

 やつは元王国軍・魔獣騎士隊の部隊長にして……己の憧れだった男。

 今や帝国の犬に成り下がった裏切り者。騎士の風上にもおけぬ卑怯者だ!」


「かつての上官を罵るなど……おやめなさい」


「ですが、あの男は戦いもせず降伏を選んだ。王国騎士として許しておけません」


 ディアの一喝にも怯むことなく食いかかっていく。

 アルベルトは尊敬していた師の裏切りに大きく傷ついたようだ。


 私には想像もつかない。

 師である大賢者チハチルが世界征服を企んだとしても、失望したりはしない。

 あぁついにやったかと納得するくらいだろう。


「アルベルト、あなたを先鋒に立たせてもよいのですが、ひとつ条件があります。

 剣を交える前に必ず投降の説得をすること。よろしいですか?」


「しかしそれでは断罪の機会が……正義をなさねば」


「彼を殺すことは私が許しません」


 裏切りの魔獣使いガラハド。

 私は彼を解放軍の仲間に引き入れたかった。


 ガラハドは飼い慣らしたワイバーンに乗って戦う異色の騎士だ。

 忠義に厚く平和を愛する騎士であったが、帝国に攻められた際には早々に降伏した裏切り者。

 だが命を惜しんだ卑怯者ではない。

 許す価値のある男だ。

 私は別世界の記憶でそれを知っている。


 飛竜に乗りたいから。

 そんな理由で前回の勇者は彼を許して仲間にしていたが、もっと深いところまでわかっていたのかもしれない。


 今にして思えば、だが。


「あなたはリラの指揮を見て、騎士の本分はなんであると学びましたか?」


 納得できないアルベルトに語りかける。

 面倒だが弓を射掛けて殺されてしまっては困る。

 丁寧に説明してあげる必要があるだろう。


「護ること、でございましょうか」


「あなたの尊敬していたガラハドも立派な騎士だったのでしょう?」


 アルベルトは一方的な正義を振りかざすことを躊躇ってくれるだろうか。

 そして答えを見つけてくれるだろうか。


 私は他人に物事を委ねるのが得意ではない。

 自分でやったほうが早いし確実だ。

 任せて失敗したら、見通しの甘かった自分に腹が立ってしまう。


 それでも未来のためには一歩引かなくちゃいけない。

 すごくお腹が痛い。


「その彼がなぜ帝国へ下ったのか。何を信じて今も辛酸を舐め続け居るのか。

 今のあなたになら、ガラハドの胸の奥がわかるのではないでしょうか」


 押し黙ったまま答える様子はない。

 信じていいんだろうか。


「あなたには一番に乗り込む機会を与えましょう。

 ガラハドという人物を見極めた上で、直接あなたの信念をぶつけてきなさい」


 リラが部隊長のひとりに選んだ人材だ。

 それに間違いはないはず。


 あなたに託すんじゃないんだからね。リラの選別眼を信じるだけなんだからね。

 なんて心の中で叫んでみた。


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