2-3 聖女、変人賢者に策を授かる
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賢者の試験を終えて晴れて解放軍の指揮官となったリラは、今後の方針を決めるために大賢者チハチルを交えて話し合いの会を設けることにした。
今はその会議の真っ最中のはずなのだが……
「まずいわ。これは絶対に寝過ごした」
魔力を使いすぎた私は、会議の準備が整うまで客室で休ませてもらっていた。
私が未来の記憶の話をしなくちゃいけないのに、リラに強く言われ仕方なく横になっていたら……すっかり眠ってしまっていた。
「私、遅刻とか一回もしたことないのに」
寝起きで髪もボサボサだけど梳かしている暇はない。
まだ少し重い身体を引き摺って部屋を出た。
「ぅ……」
「おぉ、セイカ殿。寝ていなくて平気なのか?」
扉の脇に赤い鎧の美人剣士が控えていた。
門番のつもりですか。
すると私は囚人か。
「あれほどの大魔術を行使したあとだ。
数日ほど寝込んでもおかしくないとチハチル殿が言っておられたぞ」
この暑苦しさが寝起きにはきつい。。
目鼻立ちの整った凛々しい顔つきも今は胸焼けする濃い顔に見えてしまう。
どうせ出迎えてくれるならリラがよかった。
朝起きたら隣にリラが寝ていて、天使はいるんだねって私が呟く。
そんな生活が送れる日はくるんだろうか。
なんて妄想してる場合じゃない。
「私のことはどうでもいいでしょう。それより会議のほうは……うっ」
「セイカ殿! まだ無理をしてはいけない。大事なお体なのですぞ」
目眩でフラつく身体を抱きとめられ、思わず突き飛ばしそうになる。
それすらも軽く受け止めた赤い髪の聖騎士――ディアは苦笑する。
「聖女とはこうも大変なお役目だったのですね」
「御免なさい。でも大丈夫。ディアさんの手を煩わせるつもりはありません」
「ディアで構いません。それに何の迷惑がありましょうか?
わたくしは貴女に剣を捧げた身。喜びこそあれ苦痛などございませぬ」
この人、何もかもが濃い。
もしかして、私の口調もリラにはこんな感じに見えるのかしら?
私はゾッとして少しでも自然でいられるようにと自分自身に言い聞かせた。
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「もう大丈夫なのセイカ?」
「フン、ようやく起きてきよったかバカ弟子よ。
王子の話はゆーしゃから聞いたぞ。なぜわしに言わんかった」
会議室に入ると癒しの鈴の音と舌足らずの毒舌が同時に飛んできた。
今後の方針説明として私がしなくちゃいけなかった未来の記憶を語ること。
リラが全部話してくれていた。
ただ邪神を倒すだけでは足りない。
それだけでは必ず不幸な人間が出るのだ。
主に私だけど……。
そんな不幸な未来を避けるため、この国の将来を背負える人材を見つけ出す。
それが解放軍の目指すべき最善の道だった。
それは女王でも、聖騎士でも、勇者でもない。
死んだはずの第一王子だ。
その第一王子の居場所を知る唯一の存在、乳母が要塞都市にいる。
何の確証もない、私の別世界の記憶しか手掛かりはない。
それでも……
「わたしの勇者の勘が間違いないって言ってるから!」
この一言でリラが全てを押し切り、話を進めてくれていた。
否と言えるものはここにはいない。
皆信じてついていこうと心を決めたものばかりだ。
私も信じていたはずなのに、何を焦っていたんだろう。
「本当に兄さんが生きてるなら最高だね。きっと女王の肩の荷も降りるよ。
あの人は身体が弱い癖に頑張りすぎてるから、早いところ隠居させないと」
王族に名を連ねるロビーナ様が言うと陰謀めいたものを感じてしまう。
女王派、王女派、騎士団、聖教会、王国の勢力図は複雑で決め手に掛けていた。
今や帝国側に傾くものもいる。
全てに睨みを利かせられるのは先王と女王の血を引く王子だけだ。
聖教徒であり騎士である第一王子だけなんだ。
「わしはあの坊やは甘ちゃんすぎて好かんのじゃがな。
名乗りもあげず、一兵士として捕まっておるのじゃろう?
その投獄されておる場所もわからんときた」
「兄さんの悪口はやめてよね。
王族って明かしてたら処刑されたかもしれないでしょ」
「おぬしはもっと好かんがな。ちゅーと半端でわしの修行から逃げおって」
乗り気じゃない賢者に金髪を振り乱すロビーナが噛み付く。
舌を出して挑発しあう二人は見た目の年齢以上に幼く見える。
「ごめんなさいねリラ。こんな人たち相手に説明させるなんて無理を押し付けて」
「結構楽しかったよ。わたしを呼ぶきっかけになった話とか面白かったし。
ロビーナさんが王位を辞退するために出任せで言ったことらしいの」
適当に言ったことが世界を救うなんて笑い話にしても出来すぎている。
いい加減な話だけど、そのおかげで勇者と出会えたのだから感謝はしている。
「責任を負う立場っていうのは、ちょっと苦手でね。ボクも必死だったんだよ。
妾腹だから政略に使われるのは覚悟してたけど、王位はさすがに無理無理」
「そんなことありません。殿下はその気になれば星をも掴むお方。
その為であればわたくしは踏み台にでも何でもなりましょう」
「ディアはボクに踏まれたいだけでしょ」
「違うんです。殿下、聞いてください!」
すがりつくディアと髪を弄りながら彼女をぞんざいに扱うロビーナ。
この二人は結ばれなくても幸せにやっていけるような気がした。
「さて、本題にもどるかの」
ソファにちょこんと座りなおし、紅茶をすする賢者チハチル。
私とリラに目配せをして三人だけで話そうという腹だ。
「ヨーサイ都市に例の乳母がいるから、死者を出さず都市を奪いたい。
……じゃったかの? まぁそれは無理な話じゃな。戦をなんじゃと思っておる」
幼い姿をしているがこの場の誰よりも長く生き、知識の蓄積も大きい。
その賢者がこうもあっさり無理だと言う。
納得がいかなかった。
何か別の方法はないか策を授けて欲しかった。
「勇者一人で乗り込めば、意気込みを買って決闘を受けてくれるんです。
そのためには死んだフリが必要で、だけど送りの加護は使いたくないんです。
あれは使えば必ず誰かが不幸になる。使ってはいけない秘術なんです」
賢者はまるで信じていない冷たい目つきで私を一瞥する。
敵将が一騎打ちを受けてくれて、負ければ素直に兵を引いてくれる。
自分で言っていても信じがたい展開だ。
「万に一つだ、おぬしの言う通りに兵が引いたとして、乳母が無事であるかどうかはわからんじゃろ?」
「それはそうなのですが……」
「仮死状態になる魔術でもあれば、あとはわたしが何とかしますから!」
言葉を繋げられない私を見かねて、リラが命を張ると言い出してしまう。
リラにはそんなことして欲しくないのに……。
これでは本末転倒だ。
「待て待て、ゆーしゃよ。おぬしが死ぬ必要はない。
戦で死者を出さんのは無理じゃが、乳母を助け出せんとは言っとらん。
……もちろん入念な準備が必要じゃがの」
「「えっ?」」
「わしはゆーしゃを召喚した大賢者チハチルじゃぞ。
乳母のひとりやふたり救えんでどうする」
困惑する私たちをあざけるように口元を歪める。
この人が心底楽しんでいるときにする表情だ。
「そやつさえ助けてしまえばあとは門を壊すなり、空から奇襲をかけるなり……」
「ど、どうやって助けるというのですか!」
乳母の救出ができると軽々と言い放つ賢者に詰め寄る。
それができなくてずっと悩んでいた。
死ななければ入り込めない。
入り込めたとしても助けられるかもわからない。
答えがあるというのなら早く教えて欲しかった。
「なになに、どうしたの? ケンカはやだよ? ボクそういうの苦手だから」
張り詰めた空気に耐えかねたロビーナが花畑発言で場を和ませようとする。
だが、私には逆効果だ。
「師匠はいつも自分だけ納得して私に説明してくださらない。
どれだけ苛立ちを覚えたことか。いい加減にもったいぶらず教えてください」
今にも掴みかかりそうな私の手をリラが強く握りしめた。