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破滅の聖女とゆるふわ勇者  作者: 久我山
第二章 破滅と苦悩と花園と
12/39

2-2 聖女、花園王女に翻弄される

 ◆◇



 邪悪な気配を察知した私たちはその元凶へと向き直る。


『ヴァアアアアッ!!』


 倒したはずの帝国兵がゆらりと立ち上がり……吼える。

 あれらは気絶し捕縛されたものたちではない。

 力加減を誤って死なせてしまったものたちだ。


「あの人たちって……死んでたよね?」


「こんな始めのうちから邪神兵が生まれるなんて……」


 私は驚いた。

 邪神兵とはゲームの後半になって始めて戦うことになる相手だ。


 邪気に蝕まれた死体が仲間を求めて動き回るアンデッドモンスター。

 頭を砕くか、動けなくなるほど肉体を損傷させなければ倒せない難敵。

 それがこんな辺境の一都市で……。


『ヴァアッ!!』


 邪神兵は捕らえていた帝国兵に剣を突き立てその息の根を止めた。

 意識もない身動きの取れない同胞だったものを次々と手にかけていく。


「なっ、なんて惨いことを」


『ゥウウッ!!』


 息絶えたものが、今度は次々と立ち上がっていく。

 力任せに枷を外し雄叫びをあげた。


 邪神兵となればもう人間としての意思はない。

 邪気に操られ殺戮と破壊を繰り返すだけの悪鬼となる。


「ヤバいよセイカ! 街の中からも気配がする!」


「まずいわ。あの子たちじゃ対処しきれない……」


 リラが白い髪をくしゃくしゃにして頭を押さえている。

 解放軍への念話対応で慌てている。


 騎士たちが倒した帝国兵も邪神兵へと変貌してしまったのだろう。


 理性を失った獣は自らの肉体が傷つくことも厭わない。

 そんなものが暴れだしたら……。


 兵士が束になって囲めば対処もできるだろう。

 だが民衆の前で肉体を砕くところを見せるわけにもいかない。

 民衆の支持を失えばバッドエンドや暗殺エンドが待っている。


 それにモンスターと言っても先ほどまで生きていた人間だ。

 敵国の兵だが肉体を砕くなんて死者への冒涜になる。



「リラ、皆には護りに徹するように伝えて!!」


 邪神兵への対処は身体で覚えている。

 いや、魂で……かな。


 とにかく、邪神討伐をした際に嫌ってほど経験した。


 痛みも疲れも知らない狂気の兵にも弱点がある。

 邪気によって操られているため、浄化と回復によって活動を阻害できるのだ。


 それは大きな弱点だ。

 それでも聖女候補として勉強中の修道女たちには荷が勝ちすぎる。


 回復魔術を遠くまで飛ばすのは熟練がいる。

 広範囲ともなると更なる熟練が必要になる。



 でも、今の私なら……。


「リラにはここをお任せします!」


「なんだかわからないけど任されたよ。頑張って!!」


 私は駆け出した。

 僧侶型勇者のリラならば、何も言わずともすぐに浄化で無力化できるはずだ。


 私は修道女たちを護ってあげないと……。

 今の私にならこんな危機にも対応できるだけの力がある。


 防壁によじ登り、街の中心部を視界に捉える。


 ちょっと広すぎるかな。いや、弱気になるな。

 私ならできる。


 大きく息を吐き出して、街全体へと意識を向ける。

 街の隅々まで魔力を染み渡らせるイメージで魔術領域を限界まで広げ……


 届け!


「清らかなる光よ、死せる魂をいやし、汚れし肉体を浄化し給え。

 《神聖なる浄化の光(セイクリッドスター)》」



 :

 :

 :



「すごいよセイカ。さすが聖女さまって感じだよ。

 キラキラした光が降って来たと思ったらバタバタ倒れてびっくりしたよ」


 リラが傍に来ているのも気付かなかった。


 よかった。

 邪神兵は浄化できたみたいだ。


 確かめに行くのも億劫でボーっとしていた。

 街を覆う神聖魔術を使うのに魔力を吐き出しすぎてずっと目眩がしている。


 リラが興奮した様子で浄化される邪神兵の真似をするが、愛想笑いを返す気力もない。瞬きして応えるくらいが限界だった。


「えへへ、頑張ったんだね。お疲れさま」


 されるがままに柔らかな抱擁を受けてまどろむ。


 子供のころ母に抱かれて聞いた子守唄を思い出した。


 これって走馬灯?

 あれれ、私死ぬの?



 意識を手放しそうになった私の幻想を、無粋な足音が打ち砕く。

 地響きをさせるほど重量を感じさせる足音の主は真っ赤な鎧に身を包んでいた。


「勇者殿ッ、こちらにおわしましたかっ!!」


 走りこんできたのは赤い鎧の騎士。


 朦朧とした頭でもわかる。

 あれが私を殺す使命を負った悲運の美剣士、苦悩の聖騎士だ。


 そして、一緒にいるミニドレスの少女が花畑王女だろう。

 パニエで広がった裾を手で押さえ、やたらと見栄えを気にしている。


 戦場にそんなもの着てくるなと突っ込みたいところだがそんな気力もない。


 ……突っ込もうとしている場合じゃない。

 相手は王女だ。


 私はなけなしの気力を振り絞り、膝をついて恭しく頭を下げた。

 リラも真似して膝をつく。


「ごきげんうるわしく……」


「いいのいいの、そういうのやめて。そのまま楽にしてていいから」


 王女から予想外のお気楽な声が返ってきて、やはり気絶して夢を見ているのかと自分の意識を疑ってしまった。


「それに、ボクはもう王族じゃないよ、聖女セイカ・ハインテル。

 これからは解放軍の一員としてボクも同行させてもらおうと思ってるんだ。

 近衛隊長ディア以下、近衛部隊八名の入隊許可をお願いできるかな」


 金糸で刺繍のされた膝丈の白いドレス。

 金髪を二つ結びにしてクルクルと巻いた手間の掛かる髪型。

 街中で歩いていても絶対に目立つこの格好で平然としていられる精神が謎だ。


 頭の中までお花畑と揶揄されるだけのことはある。


 ゲーム知識でわかっていたけど本当に解放軍に入ろうとするんだね。

 戦闘能力は皆無で育てるのが手間。

 愛着持って育てたとしても上位互換が山ほどいるというマスコットキャラ。


 それでも愛されるのは特殊な魔法カードを作り出せるからだろう。

 目の前のお気楽そうなお姫様がそれをできるかどうかはわからないけど。



「指揮官は勇者リラです。編成についてもリラが一任されております」


「えっ、あっはい!

 ……セイカ、後で覚えておいてよ?」


 急に振られてリラはぷくっと膨れた。


 私は卑怯だ。

 疲れているからって苦手な相手を押し付けるなんて。

 でも許して。

 この人たちとは今は絡みたくないの。


 とにかく早く横になって、今日と言う一日を平穏なまま終わらせたい。


 でも、この二人はそれを許してくれなかった。


「おぅ、そうだったね。では改めて勇者リラ。

 ボクはロビーナ。ロベール・メローナ・アテネステレス。

 王位継承を破棄した、ただの占星術師さ。

 それでこっちが……」


「わたくしはディア・モントルー!

 ロビーナ殿下の近衛をさせていただいております!!」


「わたしはリラ。勇者やってるよ。ディアさんはすごい元気だね」


 激しい握手でリラの腕を振り回す。


 この赤毛の騎士が私を殺すのだ。

 真っ赤な鎧に真っ赤な髪。情熱の赤が死神の色に思えてくる。


 赤い髪に映える青い瞳がこちらに向き直る。


 えっ……?

 こっちこないで。

 私は握手とかいいから……。


「わたしくは今日より聖女殿に剣を捧げさせていただきたい!

 街中に広がる浄化の光に、わたくし大変感銘を受けました。

 わたくしが剣を捧げるべきは貴女しかいない!」


 騎士が女に剣を捧げるって、そういう意味で言ってるの!?

 やめてやめて事態がややこしくなる。


 聖女を殺す使命背負ってる人に告白されるとか意味がわからない。


「ロビーナ様の近衛なんですから剣はそちらに捧げたのでは……?」


「殿下が解放軍に入るのならばわたくしもお供します。

 剣も捧げさせていただきます。何も矛盾しておりません!」


「いえ、ですから……剣を捧げるなら民衆のためにとか……」


 断ろうとすると泣きそうな顔で懇願されてしまう。

 騎士がこんなに女々しくていいのだろうか。


 顔もまるで女みたいだし、握られた手にも大きな違和感を覚える。

 ゴツゴツしさはあるものの、全体的に指が細く柔らかな印象だ。


 そう、顔も指も女の人みたいなのだ。

 もしかして苦悩の聖騎士って美形の剣士じゃなくて、美人剣士なんじゃ?


 この世界は私の知っている常識では測れないことが起きる。

 すべては時を越える禁呪の影響だ。

 私はそれを確かめるためにプレートメイルの下に手を伸ばしていた。


「ななな、何をなさいますか!?」


「むっ!」


「わわっ、セイカってば大胆」


 言い訳にしかならないけれど、疲れのせいでおかしくなっていたんだと思う。

 ただ違和感の正体を確かめたかっただけなの。


「わたくしは確かに剣を捧げると申しました。

 しかし……身体までとは言っておりません!」


「んむー、ディアの経験になるならボクは何も言わないよ。

 あの浄化の光を見て、身を委ねてもいいかなって思ったくらいだし……」


 ロビーナ様、止めてください。

 あなたたちは幼馴染で愛を誓い合った仲じゃなかったんですか!


 ディアが女性になっているから、王女ともそういう関係ではなくなっているの?

 それとも爛れた関係を希望しているとでもいうの。


 もうダメ、頭痛い。何も考えたくない。


「ボクが許可する。ディアはしっかりと忠義に励むこと、いいね?」


「殿下がそうおっしゃられるなら……」


 照れるような素振りを見せる悲運の美剣士に辟易する。

 装備や髪の赤さも手伝って、彼女が頬を赤らめると空間がピンク色に支配されたような気にさせられた。


「さすがボクのディアだ。その信義、この胸に刻もう。

 禁断の果実に手をつけてもボクのことは忘れないでおくれよ?」


「ありがたきお言葉、わたくしも胸に刻みます。そして誓います。

 ロビーナ殿下の下を離れても、これまで受けた恩は決して忘れないと!」


 二人の熱の入ったやり取りにすっかりおいていかれてしまった。

 王女を冷めた目で見るなど聖女でなくてもやってはいけない。


 トゥルーエンドのように結ばれる結果でなくても、十分幸せにやっていけそうな二人に大きなため息が漏れた。

 私はこんな人たちのためによりよい未来を掴み取ろうとしてたのか……。


「お疲れさま。わたしに押し付けようとするからだよ~」


 リラのからかい混じりの慰めが身に染みた。


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