EX 勇者、破滅の聖女と一夜を過ごす
勇者視点です
◇◆
女の子同士ってどうしたらいいんだろう……?
導きの加護は何も応えてくれない。
戦いのことなら直感的に閃いて身体も勝手に動き出すんだけど、恋愛に関しては導いてくれるつもりはないみたい。
ちょっと残念。でも、わからないことに挑戦するのは楽しみでもあるかな。
やっぱり人生は楽しまなくっちゃね。
「勇者リラ、他にも部屋はたくさんあるのですよ?
……本当に一緒に寝るのですか?」
セイカはいつも構ってオーラを出しているのに、肝心なときにひどく臆病だ。
しかもそのことに自分では気付いてないの。
「わたしは今日、この見知らぬ世界にたった一人で召喚されたばかりなんだよ?
初めての夜くらい一緒に居てよ。勇者を導く聖女さまなんでしょ?」
「そうやって私をからかうのはやめていただきたいのですが……」
困ったように笑うのがセイカの癖みたい。
セイカはいつもお堅くて、気難しく構えてるから、眉間にしわが寄っちゃってるの。きっとすごく真面目で頑張り屋さんなんだと思う。
背負っているものも、大きくて重くて大変なんだろうなぁ。
わたしはどうしてもセイカの笑顔が見たくなっていた。
「えへへ~、セイカが素直になるまでやめないよ」
こうでもしないと絶対に別々の部屋で寝るって言いそうだしね。
お互いに気持ちがわかっちゃってるのにどうしてまだ拒むんだろう?
「お邪魔しまーす」
邪魔するなら帰ってと言いたげな目をするセイカを押し切って、一緒のベッドに潜り込んだ。
修道院のベッドはとても簡素で、二人で入ると寝返りを打つのも大変だった。
でもそのおかげでセイカとくっついて寝られる。
体温が感じられる距離。セイカの心臓がドキドキ言ってるのが聞こえた。
「…………」
一緒のベッドに入ったけどセイカは何も言ってこない。
ずっとムスッとしてるけど頭の中では色々考えてるの、わかってるんだから。
「まだ寝てないんでしょ?」
背中を向けて寝た振りをするセイカの髪をくるくると弄ぶ。
セイカの匂いがする。ちょっぴり煤けたような甘いお香の匂い。
「少しお話しようよ~」
小さくため息が漏れるのが聞こえた。
話すのはいいけど返事はしないわよってそんな雰囲気だ。
セイカ語を感じ取るのがちょっと楽しくなってきた。
世界の人々を救うよりも、まずこの聖女さまを攻略しないとね。
「ねぇセイカ。死なないと入れない街の攻略法ってさ、他にないのかな?
賢者さまに相談してみたりしないの?」
「あんなことした後では、顔も合わせづらいですから……」
「んもー、そうやってまたひとりでなんとかしようとするー!」
この聖女さまは人を頼るということを知らない。
むしろ極端に嫌ってる感じがする。
その癖して自分のがんばりは認めてもらいたいって背中に書いてある。
理想もプライドも高くて、努力もしてるから誰かに泣きつきたくないんだね。
なんか無性に抱きつきたくなった。
「……リラ?」
大丈夫、わたしが頑張るよ。
セイカの悩みは勇者であるわたしが全部なんとかしてあげる。
「賢者さまに聞いてみようよ。わたしも一緒に聞いてあげるからさ。
召喚してくれた人とお話してみたかったし」
「死なないと入れないとは言っても、ただの堅牢な要塞都市ですから……。
あの人なら空から攻めろとか城門を破壊しろとか言うと思います」
すでに諦めモード。
自分の中で結論を出して相談する前からダメだと思っちゃってる。
そんなんじゃ世界は救えないぞ聖女さま!
「王子の乳母さんを最優先で助け出したいのって説明したらいいんじゃない?
わたしを異世界から召喚するほどの賢者さまだよ? 何か思いつくでしょ」
ひとりで考えてダメならふたりで。
それでもダメなら三人で。
怒られるのが怖いならわたしが代わりに怒られてあげるし!
「確証のない曖昧な情報ですので……」
「でもいるかもって思ってるんでしょ?」
「信じたいのですが、未来の記憶が正しいかどうかは証明のしようがなくて……」
この期に及んで尻込みするのは理解不能だよ。
……って未来の記憶?
聖女にも導きの加護みたいに未来が見えるの?
それじゃわたしって、いらなくない!?
「あっ、私の未来の記憶はリラの加護とは大きく違うものですので……」
わたしの気持ちを察したのかセイカは妙なフォローをしてくる。
聞きたいのはそんなことじゃない。
「ちゃんと説明してよ。話すまで寝かさないからね?
セイカは秘密にしてることが多すぎるよ」
「秘密と言うほどではないんです。
ただ理解しがたいことなので説明するのも困難と言いますか……」
「あぁもう、じれったいなー」
きつく締め上げるように腕に力を込めて非難を伝える。
相手を喜ばすために黙って行動するのはかっこいいかもしれないけど、ひとりで無理をするのはなんか違う。
セイカはそれがわかってない気がした。
「賢者さまだってセイカが相談してくるのを優しく待ってくれてると思うよ?」
「ははっ、まさか。あの人がそんな甘えを許すとは思えません」
わたしを子供扱いして渇いた笑いを返してくる。
セイカはプライド高いだけじゃなくて、案外腹黒いタイプなのかもしれない。
「賢者と呼ばれるほどの人なら相手を思いやる気持ちも持ってるはずだよ」
もし賢者さまが気遣いのできない人ならば、世界の命運を賭けた勇者召喚の儀を任されたりはしないだろう。
わたしの直感が告げている。
「賢者さまは絶対いい人だよ。相手を思いやる気遣いこそ、この世でもっとも賢い行いだってわたしの世界の昔話にもあるんだからね」
セイカは不機嫌そうに黙ったままなので、その昔話をしてあげた。
貧乏な夫婦が記念日にお互いが宝物を売ってプレゼントを贈りあう話だ。
旦那さんは祖父の代から受け継いできた時計を売って、鼈甲の櫛を買い。
奥さんは自慢の髪を切って、時計につける白金の鎖を買った。
二人は使いようのない贈り物をまた今度開けようねって言ってしまうんだ。
愚かしく見えるがお互いを思い合っている美しく賢い行いだってお話。
でもお互い相談しあっていたらもっと素敵な結末が迎えられたと思う。
「普通の人ならこれで十分だと思うけどわたしたちは勇者と聖女なんだから、この人たちよりもっともっとお互いのこと想い合って、相談もして、それで……」
「じゃあどうしたらいいって言うのよ!」
「セイカ!?」
急に振り向いて、今にも泣き出しそうな顔で怒るセイカ。
一言だけ残してまたプイっと背中を向けられてしまった。
「ごめん、ごめんってばセイカ……」
話しながら髪の毛くるくるしてたのウザかったのかな。
もう眠くて話なんてしたくなかったのかな。
いきなりキレなくたっていいのにさ。
何がいけなかったのかわからなくて胸が苦しくなった。
セイカが悩んでるのはわかるけど、何に悩んでるのかがさっぱりわからない。
こういうときどうしたらいいのかな。
わたしはセイカの背中に頭を擦り付けてごめんなさいと念を送った。
「おやすみセイカ、また明日ね」
セイカのことだからきっと難しいことに挑んでるんだと思う。
そのための答えを賢者さまが持っているかもしれないのなら、怒られてでも何をしてでも聞きださなきゃいけないと思う。
明日もまだ躊躇うようならば、わたしが引っ張ってでも連れて行こう。
手を引っ張って、背中を押して……
ひとりじゃ見えなかった世界を見せてあげよう。
二人で相談しながら頑張っていけば何だってできるはずだもん。
それをセイカにわかってもらうんだ。
まずは、わたしはセイカの傍にいて絶対離れないって示すところからだ。
こうしてぴったり張り付いて眠るのだってそのためだ。
邪な気持ちが一切ないとは言わないけどね。
ぎゅっと抱きつきながら目を瞑るとすっごい安心してきて……
うん、もう寝よう。
明日はきっと大変な一日になる。
導きの加護がそう告げている気がした。