1-1 聖女、ゆるふわ勇者と出会う
◆◇
ふわりと揺れた白い髪。
初雪のようにどこまでも穢れのない白い肌。
潤んだ瞳を覆い隠す、長い睫毛も白かった。
私は天使が舞い降りたのかと思った。
「ぅえ……ぅ……」
何事か呟いた唇に、妙に惹き付けられる。
白い肌、白い髪。
そしてほんのりと朱に染まる濡れた唇。
見蕩れるなというほうがおかしい。
でも……
「この子が運命を共にする……勇者様?」
召喚用の魔法陣の中でぐったりと身体を横たえ、目覚める気配はない。
これだけ見つめられて起きないのだから寝たふりではないと思う。
そっと抱きかかえると肌の柔らかさと思った以上の軽さに驚いた。
……軽すぎる。
死んでる感じじゃないけど、まさか召喚失敗?
私は勇者に加護を与える役目を忘れて思わず見入ってしまった。
「賢者よ、これが貴様の予言した勇者だというのか」
召喚の儀に立ち会った誰もが不安に思った。
呼び出させた女王ですら、失望の色を隠せない。
召喚された勇者がうら若い乙女だなどと誰が予想できただろうか。
指導者と崇めるにはあまりに頼りない、弱さと儚さの象徴のように思えた。
真っ白な女の子。
私の重たい黒髪とは正反対の白い髪の愛らしい少女。
戦いとなったらよっぽど私のほうが役に立ちそうだ。
嫉妬してそう言ってるわけではない。
私はそこらの宮廷魔術師よりずっと戦ってきている。
強さにはかなりの自信があった。
肉体だって私のほうが成熟している。
勇者の素質があろうと負ける気がしなかった。
そんなか弱い少女を前にしても、女王は決断せざるを得なかった。
「今は信じるより他あるまい。聖女よ、そこなる者に加護を与えよ」
得体の知れぬ少女に頼らざるを得ないほど王国は追い詰められていた。
暗黒神を崇拝する狂信者によって、災厄の邪神が呼び起こされてしまったのだ。
国内の治安は混乱を極め、隣国は領土の侵略を開始した。
国王は暗殺され、女王は最後の望みを勇者召喚に賭けるしかなかった。
そして、召喚した勇者に三つの加護を与えるのが私の役目だった。
私はその役目を果たすことに躊躇いを感じていた。
運命をともにするはずの勇者が女の子だなんて思ってもみなかったのだ。
そもそも、私の知っている勇者は傍若無人を絵に描いたような男だったはず。
圧倒的な魔力と殲滅力を持った、魔法使い型のオラオラ系勇者だったはず。
女の涙を見るのが嫌だと嘯きながら世界を救ってしまうような男だったはず。
なのに何故!
私は今、混乱している。
私には未来の記憶があるのだ。
別に頭がおかしくなったわけじゃない。
ただ少し戸惑っているだけだ。
未来の私は邪神討伐を終えた後、最後の使命を果たせずに死んでしまったのだ。
それを嘆き悲しんだ勇者と賢者が、私の魂を過去へと送り返してくれた。
召喚の儀の魔力の奔流に乗せて、私の魂は過去へ――今現在へやってきたのだ。
「どうしたのだ、聖女セイカ・ハインテルよ。早く加護を与えて目覚めさせぬか」
女王が言葉以上に強い視線で圧力を掛けてくる。
「わ、わかってます。もちろん使命は理解しております」
理解はしてますけど、加護を与えるには粘膜の接触が必要なわけで……。
つまりは、このか弱い女の子とキスをしなきゃいけないわけで……。
「ぇ……、ぁ……ぅ」
勇者は熱病にうなされている様だった。
震える唇から言の葉が紡がれるが、私には理解することができなかった。
加護のひとつ、迎えの加護を与えれば言葉もわかるようになる。
躊躇うことはない。
けれど……私はこの白い少女に加護を与えるのを躊躇っていた。
苦しそうに呻く少女の唇を、意識のないまま、私が奪う?
未来の私は確かに過去をやり直したいと願った。
でもそれは、こんな年端もいかない少女に辛い未来を押し付けるためじゃない。
でもこれは、全てをやり直すチャンスでもある。
でも、でも、でも、でも……
その時、白い少女が微笑んだような気がした。
諦めて全てを許諾するような、悲しそうな笑顔。
どこかで見たことがあるような……?
「……ぅん、……ぃ」
躊躇うことはない。
自分自身に強く言い聞かせる。
「……ごめんなさいね、勇者様」
私は胸の痛みに耐えながら、ゆっくりとゆっくりと唇を重ねた。