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ふたりぐらし

作者: 人夢木瞬

 大学に入ったら親元を離れて一人暮らしを始めるという人は少なくないでしょう。けれども私は違いました。かといって寮に入ったわけでも、下宿で生活を始めたわけでもありません。

 私には三歳年の離れた姉がいて、彼女が進学したのと同じ大学を選んだため姉妹で二人暮らしを始めることになったのです。ずぼらな私は家事のほとんどを姉に任せっぱなしで、せいぜいすることといえば自分の部屋に掃除機をかけたついでにリビングも掃除したり、たまに皿洗いや洗濯をする程度でした。

 一人暮らしも二人暮らしも変わらないと思われるかもしれませんが、立場によってそれは大きく変わります。頼れる相手がいるのか、それとも自分が頼られる存在なのか。

 私のように頼れる相手がいた場合、二人暮らしというのは実家で生活するのとさほど変わりません。家事をする機会は増えましたが、それでも中学高校とは違う大学特有のゆとりのある時間割のおかげでそれほど苦には感じませんでした。

 しかし自分が頼られる存在だった場合、そう私の姉の立場からしてみれば、することの多い一人暮らしという感覚に近かったのかもしれません。その上一人暮らしに比べて自由度は下がりますから、もしかすると私が感じなかった分の苦労を姉が負ってくれていたのかもしれません。

 そんな二人暮らしをしていると、たまに困ったことが起こります。炊飯器にまだご飯が入ってたはず。そう思って帰宅すると既に炊飯器が空っぽだったり。もちろん帰ったらお米を研がなきゃって思ってた時に炊き上がってるということもあるので文句は言えませんが、それでもほんのちょっぴり面倒だと思ってしまうのです。

 トイレットペーパーなんかも、なくなったから買いに行って帰宅するとすれ違いで補充されてるなんてこともしばしばです。紙は腐らないからいいですけれども、これが食パンだったりしたときには厄介です。結局冷凍庫に入れて、しばらくは少し味の落ちた朝食を取る羽目になってしまいます。

 私と姉は喧嘩したことがなく、そのことを友達に話すとビックリされることもあるのですが、悪く言えばそれぞれが相手に対してどこか無関心なのです。ですから「買い物に行ってくるけど、何か必要なものある?」なんて会話は一ヶ月に一度あればいい方でした。でもその割には世間話は結構したりするので、友達に今度はそのことを話すと余計に不思議がられます。

 正直なところ、就職活動や卒業研究で忙しい姉に入学したての私が迷惑をかけるのを遠慮していたというのもあるでしょう。

 そんな生活が続いたある日のことでした。七月の頭、大学初めての夏休みを一ヶ月後に控えたその日、姉は私に尋ねました。

「香菜子は夏休み、実家に帰るの?」

「まだ決めてないけど、お姉ちゃんは?」

「アタシは帰るつもり。内々定も貰ったし、卒論も大分余裕があるからね」

「そっかぁ。うーんどうしよっかなぁ」

「せっかくなら一足早い一人暮らし体験でもしてみたら?」

 その言葉をキッカケに、私は大学初めての夏休みはアパートで過ごすことにしました。それでもお盆の頃には一度実家に顔を出そうかなぁとか、でもお盆時って人手が足りないだろうしアルバイトしてみてもいいかもしれない、なんていろんなことを考えていました。

 それからしばらく経って七月の終わり頃、私は慣れない試験に翻弄されてヘトヘトになっていました。サークルの先輩や姉から試験の過去問を貰ったりしていたのですが、それでも大変なものは大変です。食事を準備するのも面倒になって、夕食も学生食堂で食べることが多くなりました。たまに自分で作っても皿を洗うのが面倒です。そんなときに姉が洗ってくれていると、とても助かりました。

 いよいよ前期の授業が全て終わり八月、待ちに待った夏休みがやってきました。

「それじゃアタシは帰るから。洗濯も食器洗いも溜め込み過ぎ無いようにね。困るのは自分なんだから」

「分かってるってば」

「まあいつも通りやってれば問題ないはずよ。それじゃいってきまーす」

「はーい。いってらっしゃい」

 姉の言葉にどこか引っ掛かりを覚えつつ、私は彼女を玄関で見送りました。今からドキドキワクワクの擬似一人暮らしの始まりです。とは言っても学校は休みなので家事をする時間だってたっぷりあります。いわばこれは予行練習と言ったところでしょうか。それでも気持ちがなんだか浮つくのには変わりありません。

 初めの一週間はそれこそ思いつく限りの家事を頑張ってこなしました。どうせなら外食には頼らないようにしよう、なんて考えてスーパー以外には出掛けずにずっと家で本を読んだり、テレビを見たりして過ごしていました。

 二週間目に入ると友達と一緒に出掛けることも多くなりましたが、家事はきっちりこなします。でもなんだか部屋の中に異臭が漂うようになってきたのです。私はハッと気が付きました。排水口やトイレといった水回りの掃除をするのをすっかり忘れていたのです。きっと普段は姉が定期的に掃除してくれているのだろうと感謝しました。

 しかし、なぜか臭いは収まるどころか、日に日にその強さを増していきます。流石におかしいと思った私は臭いの原因を突き止めることにしました。ガスコンロ、電子レンジ、冷蔵庫といった食品を扱うところからはこれといって臭いはしません。水回りの掃除もキチンとしているし、ゴミだってちゃんと出してます。臭いが発生する原因なんて一切ないはずなのです。それなのに肉の腐ったようなこの臭いは止めどなく部屋の中を満たします。

 もうすぐお盆です。実家に帰るにせよ、このままアパートにいるにせよ臭いの原因をほったらかしにしておくわけにはいきません。もしかすると周りの部屋が原因かもしれないと思った私は大家さんを呼びました。

 けれども明らかに臭いの発生源は私の住む部屋なのです。やはり私の家事にどこか問題があったのかと大家さんにチェックしてもらいましたが、どこにも問題はありません。すると大家さんは何かに気がついたようでした。

「あなた、天井裏に入ったりした?」

「してませんけれども」

「そうよね。念の為にお姉さんの方にも同じこと確認してもらえる?」

「? はい。分かりました」

 大家さんの言葉に首を傾げつつ、私はお姉ちゃんに電話をかけました。だけどもやっぱりお姉ちゃんだってそんなことするわけがありません。もしかすると酔っ払ったら話は別かもしれませんが、今までお姉ちゃんがそんなことするほど酔っ払っているのを見たことはありませんでした。

 大家さんにそのことを伝えると、彼女はどこからか脚立を取り出しました。いったいなにをするのだろうかと見ているとリビングの天井にある四角い扉のようなものを開けました。どうやらそこが天井裏に繋がっているようです。懐中電灯を持ってそこに上半身を収めた大家さんはすぐさま青い顔をして戻ってきました。

「あの、どうしたんですか?」

「あなたは見ちゃダメ。今から警察呼んでくるわ」

 そう言うと大家さんは一度部屋の外に出ると携帯電話で一一〇番通報をしているようです。いったいなにがあったのだろうかと気になりましたが、見てはいけないと念を押されているためグッと我慢しました。それに、大家さんが青い顔をしていたのを見て、なんだか嫌な予感がしたのです。

 しばらくしてパトカーがやってくると、警察の方が天井裏に入っていきます。私は何が起きているのか分からず、ポカンとその様子を眺めていると警官の一人が私に声をかけてきました。

「君、実家はすぐに帰れるような場所?」

「はい。電車で二時間くらいですけど」

「なら今すぐ帰りなさい。事情は後で説明するから」

 そう言われるやいなや、私は急かされてあれよあれよという間に実家に帰る準備をさせられました。そのままパトカーで駅まで送られ、私には何がなんだか分かりません。

 とりあえず母や姉に今から帰るとメールを送って電車に乗り込みました。お盆直前ということもあってか電車はやけに混雑していましたが、そんなことは気になりません。ただ、自分の部屋で起こったことが謎すぎて、それだけで頭がいっぱいになっていました。

 家についた頃には既に夕方で、母はちょうど夕食の準備を終えたところでした。私は久々の母の手料理に舌鼓を打ちつつ、大学での出来事を両親に話します。ただ、さっきの出来事だけは言って良いのか分からず、終ぞ口には出しませんでした。

「二人共ちゃんと家事はしてるの?」

「大丈夫大丈夫。香菜子がちゃんとやってくれてるよ。アタシ一人暮らしのときの半分も家事こなしてないくらいだし」

「え? 大体お姉ちゃんがやってくれてるよね。私こそ家事の半分もこなしてないように思うんだけど」

「香菜子は働き者だからねぇ。きっと一人暮らしを経験してないから、そう思ってるだけなのよ」

「そうなの、かな?」

 母はそう言いましたがなんだか腑に落ちません。現に私はさっきまでの二週間、擬似的とはいえ一人暮らしをしていたのです。普段の私は半分どころか四分の一程度の家事しかこなしていないことは明白でした。姉が私を立てるためにあんなことを言ってくれたのでしょうか。

 そのときでした。私の背後にあるテレビからこんな声が聞こえてきました。

『──次のニュースです。○○市のアパートの天井裏から腐乱した男性の遺体が発見されました。部屋からは男性の指紋が多数検出され、部屋では二人の女性が生活していたことから、男性はその二人の隙を掻い潜って僅かずつ食料を物色していたと思われます』

『二人暮らしの場合、一人暮らしと違って多少食べ物や日用品が減っていても気が付きませんからね。それでも片方が長期間留守になるとすぐにバレるんでしょうけれども──』

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