11 能力と手掛かり
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「何?、急に」
ティアは俺に鋭い目付きで視線を向け、自分の髪をかきあげる。
「俺って何の流派なんだ?」
「魔女流、全ての魔人の流派の源流となった流派でそれ以外は六つの流派があるよ」
ティアの話を要約するとすると魔人には流派があり、今、最大の勢力を誇っているのは山烏流呼ばれる東方に拠を構える流派らしい。その他にもこの世界で最強と謳われる魔人の一人が所属しているのが童子流という極東に存在する流派があり、そして、俺の流派が魔女流と呼ばれる153年前の戦争で滅んだ流派とのことだ。
というか、自分がいつの間にかそんなの所属していたのか不思議だ。
「あんた、あいつにマグリアに何された?」
「え? お前、あいつことを知ってるのか?」
「質問を質問で返すんじゃない。今、質問をしているのはこっちだよ」
俺に殺気を叩き付け、剣にゆっくりと手をかける。
「マグリアに、出会い頭にキスされた」
「やっぱり」
やっぱり、とはどう言うことなのだろう。
ティアには何か、思い当たる節があるのだろうか、マグリアは何かをたくらんでいるのは確かだということしか今はわからない。
「最初は雇われた魔人かと思ったけど、まさか半身となる者をつれてくるとはね」
「??? ごめん、全く話が見えねぇんだけど?」
「ああ、ごめん。普通の魔人、まぁ私とか他の流派なんかは薬を服用して魔人に体を変異させるんだけど、魔女流の魔人は違う。魔女流の魔人は魔女と愛を誓ったり、それを示す送り物を受け取ったり、それに準じた行為すると魂が融合して魔人化するの」
「じゃあ、俺はマグリアの魂と融合していると」
「そういうこと、それに魂が融合しているから運命共同体みたいな感じになっているわ」
「つまり?」
「あんたが死ねば、マグリアも死ぬよ。あの女、肝が据わってるのかそれとも頭がおかしいのか。わからないよ。まったく」
ティアは一通り話をして剣から手を離し、扉へ向かってつかつかと歩き出した。
「何をボサッとしてるの?」
「あぁ……、引き受けてくるのか?」
「まぁね、さっさと装備を整えて貧民街に行くわよ」
「ひん、なんだって?」
「貧民街よ。影鬼は歓楽街や人里に住む習性が有るけど身を潜めるのは、決まって人の少ない貧民街よ。もし、影鬼を見つけたいのなら、昼間のうちに動かないと駄目よ。奴等は夜間になると擬態を解かなければならないから町から一旦はなれるの。そうなったら、もう」
「捕らえられないってことか」
「わかったら行くわよ」
◇
鼻をつんざく悪臭、道端に転がるゴミと鼠の死骸、今にも崩れそう掘っ建て小屋が軒並み並んでそこには浮浪者のような者たちが力なく寝込んでいる。
ここは正に貧民街に呼ぶに相応しい出で立ちをしていた。
「ここが貧民街か」
「うん、ここでは常に気を張ってなきゃ駄目よ。いつどこでごろつきに襲われてもおかしくはないよ」
ティアはそう言うと目を大きく見開き、ゆっくりと深呼吸を始めた。
緊張、いや違う。これは普通の深呼吸とはあきらかに違う。息を潜めるためにゆっくりと呼吸を繰り返しているんだ。
姿は見えないが近くに敵がいるのではと思い、背中に背負っている剣の一つに手をかけ、ゆっくりと歩を進める。
「ティア、敵がいるのか?」
「違う、敵を索敵しているの。近くに敵対している者がいるのかどうかをね」
「それってどうやってやってるんだ?」
「簡単よ。匂いだよ」
ティアは、いや大狼流の魔人は隠密を旨とするために狼のような能力を持ち合わせている。
常人では感知できない汗の匂いで相手が敵対しているかどうかを判断し、常人の視覚では見通すことが出来ない夜の闇でさえ優に見通せる。
狼の名を関するに相応しい能力を持ち合わせいる。
ティアはその能力を存分に活かし、敵を探っていく。
「いた…。この先の路地に三人よ。気を付けて」
「戦うのか?」
「そんなことしないわよ。向こうが仕掛けてくれば話は別だけど」
つまり、なるべく戦闘は避けたほうがいいというのがティア方針らしくその方針にもこの大狼流の能力は役立ってんのか。
ん……、待てよ。
このティアは大狼流の能力が使えるということは、俺も魔女流の能力が使えるということにはならないだろうか。
ティアの説明には流派ごとに能力が使えるといっていた。
なら、俺も魔女に似た能力を持っているということだよな。
「なぁ、ティア。お前、能力をどうやって使ってんの?」
「どうやって……。ごめん、わかんない」
「えぇ、お前、じゃあ何で使えんの?」
「えーと、てぃや!! みたいな?」
つまり、最初から無意識にできましたという天才タイプってやつだな。
そういうやつは教鞭には向かない。
仕方ないから自分で試すしかないかな。
そういえば、魔女ってどんな能力を使うんだろうな。
魔女だけに魔法とかかな。
だとしたらなおさら無理だな。
俺はまず、魔法の使い方をマグリアから教えてもらってない。
だから使えない。
使い方がわからないものは使えない。
だとすればどうすればいいんだ?
俺は顎に手を当て唸っているとティアが俺の肩に手を当ててきた。
「使い方って言うのか。わかんないけど、一応アドバイスしてあげる。耳は十個、目は額にもう一つ、鼻先は長く、舌は二枚。それをイメージして」
「それって、使い方じゃね。何で知ってんのに教えねぇの」
「いや、これは私の流派の師匠に教えてもらったんだけどこれじゃ上手くいかなくてね」
「……。まあいいや」
これで使い方はわかった。
まずは耳からだな。
視覚は人の認識の大半を占める。
約八割だそうだ。
その視覚が封じられたり、使えなかったりすれば聴覚は鋭敏に研ぎ澄まされる。
俺はゆっくりと目を閉じて自分の耳が十個に増えたようにイメージする。
―――――キィィィイイン!!!
「がぁぁああ!!」
金鳴り音と風切音が同時に耳の中に入り頭の中で反響する。
あまりの高音に膝をついて苦悶する。
「あぁあぁあぁあぁ!!!」
耳から入る苦痛に耐えられずに地面に転げ回るがそんなことで苦痛が和らぐことはなく、音による頭痛が続く。
しばらくすると、高音とは別の音が耳に侵入する。
「今日は…「お前は何度いえば!!!」「愛してるわ。あなた「お前を殺してやるぜ!!」でさ、あいつがものすごく気持ち悪くて~」あ゛い゛つ゛を殺ぜ!! 殺じでぐれ!!!」
今度は会話か。
これはこの町の人々の会話。
今度は無数の会話が耳の中にこだまする。
やばい、これは頭が割れそうだ。
「ねぇ、あんたどうしたの?」
「お、音が、頭が、可笑しくなりそうだ……」
「やばい!! 早く能力を切りって!!」
―――ザクッ、ザッザッザッザ
この先の路地から土を踏む音がする不規則で小刻みに激しく音がする。
これは足音だ。
もしかしてさっき、ティアが話してた敵か。
多分、俺がダウンしているこのときが狙い目だと判断してこっちに向かってきたのか。
やばい、立たないと。
音がまだなっている。
耳に会話が侵入している。
涙や涎で顔はくしゃくしゃになっているんだろう。
「おい、あの魔人弱ってるぜ」
「呪われた紛い物が高級品をもってうずくまってたぁ、運がいい」
「ああ、根こそぎ奪った後にみんなで楽しもうぜ」
俺の目の前に敵がやってきた。
三人、男だ。
ロングソードを構えてこちらに駆けてきた。
このままだとやられる。
剣を抜かなきゃ。
剣を抜かなきゃ、やられる。
俺は剣の柄に手をかけ一気に引き抜き、正眼の構えをとる。
さっきの能力の発動のせいでまともに思考が働かない状況だがやるしかない。
男の一人が刺突を繰り出す。
だが、剣で火花を散らしながら左に受け流し鍔元で弾く。
後ろに仰け反った男の首に切っ先を叩き込む。
次の瞬間、男の首は綺麗な弧を描いて宙を舞い地に落ちる。
返り血が俺の顔とコートにかかり赤く染まる。
仲間の無惨な姿を見た男達が恐怖と怒りを織り交ぜながら剣を振り上げこちらに駆け寄ってくる。
俺の目の前まできた瞬間。
すでに男達の背後にはティアが奇っ怪な形のライフルを二丁、男達二人の頭に着きつけていた。
「私たちを狙ったのは運のつきね」
乾いた音ともに銃口が煌めき、男たちは脳しょうを飛び散らしながら力なく倒れた。
「うっ………」
血の匂いと凄惨な光景、そして自分が人を殺したことの事実により吐き気が込み上げ、膝を着く。
吐きはしないがやはり、殺人を犯したという事実は心に来るものがあるな。
「あんた、人を殺めたのは初めて?」
「ああ……」
「まぁ、仕方ないね」
「あ、うん」
「それよりも能力が切れたみたいね。これなら能力も最初から教えるべきだったわ」
それ、それで先に言って欲しかったよ。
使い方を間違ったら、ここまで痛い目を見たので先に注意点とかも言って欲しかったかな。
多分、聞かないだろうけど。
「意外に立ち直り早いね」
「いや、まだちょっと辛いかな。頭もグラグラするし」
ティアは武器を納め、俺の前に膝を着き、肩を取る。
「あんた、さっきの能力発動で何か掴めた?」
「ん、あぁ、最初に物凄い高音が聞こえて、その次に会話が聞こえてきたんだ」
「会話の内容は覚えてる?」
「ん、あぁ覚えているよ」
俺は聞こえてきた会話の詳細を要点をかいつまんで話した。
ティアは手を顎に当て考え始めた。
なんというかここら辺はやっぱり経験なんだろうな。
俺はさっぱりわからない。
するとティアは閃いたように顔を上げた。
「夫婦のような会話の後に、殺してくれという懇願か。わかった。多分、もう影鬼はこの町にいない。あいつは食事を済ませた。だから次の町に移動したはずよ」
「それってどういうことだ?」
「影鬼、というか吸血鬼全般に言えることなんだけど奴等は月に人間一人を必ず犠牲にしなければならないの。その一人を犠牲にしたらばれないために別の住みかに移動する」
「じゃあ、この近くの町、歓楽街に移動したってことか?」
「そういうこと、この近くの歓楽街だと<ラットバック>という歓楽街が近いわね」
ティアは俺の手をとって歩みを進めた。
「そう言えば、名前まだ聞いてなかってわね」
「ん、あぁ…。俺の名前は薫、吉崎薫だ」
「カオルね。これからよろしくね。カオル」
俺とティアは朗らかに笑いながら握手を交わした。