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選択と決断を

 人の気配と煙草の匂いがした。

 身体中が痛む。思わず歯を噛みしめるとそちらにも痛みが走った。

 左目がガーゼでふさがれ、右目もまぶたが腫れているのか視界はひどく狭かった。

 ただ煙草を挟んだ指先だけが見えた。

 小川のうめき声に、その指が動き、予想どおり田嶋がのぞきこんできた。

「よう、小川。すまないね。合法的に小川を監禁しなくちゃならなくてさ」

「た、じま…」

 ふふっと田嶋は片頬で笑った。

「手加減が分からなくて、予想よりハデな怪我させちまった。今から高治癒液に三日間浸かるそうだ。話しはそれからだな」

「どう、し、て」

 つかみかかれるものならば、そうしたい衝動に駆られる。動かせない体に苛だつ。

「いつも温和なおまえにも、そんな顔できるんだな」

 金属の器具がぶつかる音と複数の足音が近づいてくる。田嶋は背後に一度視線を送ると小川の目を見つめた。

「一つ教えてやろう、小川。おまえが監視対象になったのは十才のときだ」

 小川は頭を殴られたように感じた。

 ドアが開き看護師たちの白衣が見えた。

「病室での喫煙はご遠慮ください」

 有無を言わさぬ看護師の口調に田嶋はおどけたように小さくバンザイをした。

「三日後にまた来る。変な気起こすなよ」

 じゃあな、と病室から田嶋は去っていった。

「小川晴哉さん、高治癒液に入るための処置を始めますからね」

 年かさの看護師が小川のリストバンドのデータを読み取り医師を呼んだ。

 聞きたいことは山ほどある…小川は歯がみした。しかし麻酔を打たれ、その後の意識は途切れた。



「ある意味、おまえの勝ちだ」

 三日後の夕刻、治癒液から上がった小川を田嶋が見舞った。

 小川は気管に残った治癒液が喉にからみ、咳をしてはえずいてばかりいた。気分は最悪だったが、外科的な怪我はほとんどが治った。ただ折れた左手首は用心のため固定された。

「小川が集めた『資料』はすべて回収させてもらった」

 ベッドわきの椅子に座ると、いつものように胸の内ポケットから煙草を出した。

「ちなみに東側から持ち帰ったものでも、関係ないものはそのままだ。おばあさんに渡した写真とか」

 小川は祖母の思い出は奪われずにすんだことにほっとする。

「…何度か警告したのにな、小川に」

「子どもの時から監視されていたのか?」

 タオルから口を離してかすれぎみの声で小川は田嶋を問いただした。

「大学に入るあたりまでは定期報告ていどだ。グリーンピースが苦手とか長距離走が得意とか…あとは学校の成績、図書館から借りた本やデジタルデータの一覧、買い物リスト、ネット検索の履歴、友人たちとの行動。それと付き合った女の数」

「プライベートぜんぶじゃないか!!」

 小川はあまりの恥ずかしさに叫んだ。

「まぁ、まる裸だな」

 田嶋は表情を変えずに煙草に火をつけた。

「だから警告した。大学院卒業まぎわとスケッチブックで。公安にビビって止めてくれたらよかったのに。スケッチブックで満足してくれたらよかったのに…でもおまえは構わず進むから」

「あきらめられるものか…」

 田嶋は小川から視線を外し、ため息とともに煙を吐き出した。

「結局、一番ヤバいところを探り当てやがるし」

 煙草をはさんだ右手の親指でこめかみをさすった。

「汚染源はなんだ? なぜ東側半分は放射能に汚染された?」

「それを知ったら、小川はもう家族に会えない」

 田嶋の硬いまなざしに小川の胸は冷えた。

「自律システム」

「え?」

「九条正道博士が開発した。通称自律システム、正式名称は自律型ロボット育成プログラム…おまえが求めていた答えだ」

 驚きのあまり、息が止まった。

「それを搭載したロボットは現存する。ある場所に、一体だけ」

「ど、どこに!?」

 あわてて吸った息にむせて、小川はまた咳が止まらなくなった。そんな小川の背中を田嶋がさする。

「…聞くか?引き返せなくなるぞ」

 小川の心はとうに決まっていた。田嶋はどこか哀しげな顔をした。


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