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彼はロボット  1

「カナタ、ここに来て」

 シェルター、第一の扉の前。ホールの中央で朝比奈が上に向かって声をかけた。間をおかず、階段の手すりと手すりのわずかな隙間を抜け、カナタが飛び降りてきた。

 着地と同時にすっと膝を曲げ衝撃を吸収すると、舞い上がった長い髪が下りるより早く、立ち上がった。

 音はほとんどなかった。小川はその性能に目をみはった。


 政府から返答が来たのは、朝比奈の宣告から一時間後、かなり迅速な対応といえるだろう。議長のドームまでの移動を含め連絡から一時間後の時間を提示された。

「もうすぐ議長がいらっしゃるの。粗相のないようにね、カナタ」

 三原則を十段階中二段階解除されたカナタは、ふだんの固い表情とはまた違っていた。まばたきの回数が極端にへり、より無口になっている。

 先の朝比奈の言葉にもただ一度うなずいたきりだった。

「朝比奈先生、やめるなら今のうちです」

 小川の差し迫った声を朝比奈は軽く笑っていなした。

「大丈夫よ。ごく平和的な取り引きですもの」

 艶然と微笑む朝比奈に小川は不気味さを感じた。

「原発と伝染病を盾に? …脅しじゃないですか。ドームのゲートは政府側からも開閉出来るんですよね」

 それが? とでも聞き返しそうな顔で朝比奈は小川を見た。

「でもシェルターの扉はわたしにしかコントロールできない。何かあったら扉の向こうに避難すればいい…逆に完全に開けてしまうのもいいかもね」

 面白い冗談でも話したあとのように、朝比奈は笑った。事態を深刻に受け止めている様子がない。まるで他人事だ。

「ぼくが政府側なら、対テロの精鋭部隊を送り込みますよ」

 小川の訴えに朝比奈は耳を貸さない。あくまで政府との約束を鵜呑みにしているようだ。そんな甘くはない。ドームは閉鎖施設だ。ここでの出来事は世間的には無かったことだ。このまま、ここで殺されるのかも知れない。小川は膝の震えを止められなかった。

「向こうはウイルスが漏れないよう、シェルターの扉を閉鎖してなら、議長に会わせると言ったのよ? お互いに危害を加えないことは合意済み。それに大切なワクチンを作るためにあなたの命を保証するのが第一条件よ。わたしと議長のお話しが終わったら、そのまま政府側にあなたを渡して終了」

「もっとシンプルに、あなたを殺し、念のためぼくも始末すれば政府の仕事は終了です」

 ワクチンの材料は死体からでもとれるだろう。最悪の展開を考えると腹の底から冷気があがってくる。

 二人のやり取りをカナタは緑の瞳に硬質な明かりをたたえたまま、沈黙している。

「およそ十分後到着」

 カナタの唇が動き、平板な口調で議長の到着を告げた。

 小川は左の胸に手を当てた。すでに心臓は早鐘を打っている。シャツの胸ポケットに忍ばせた鍵の感触を手で確かめる。

 朝比奈の目を盗んで、ソフィア博士から渡された金の鍵。所長だけのマスターキーだ。

 ここに来るまでの間、唯一動ける小川は備蓄品から毛布や飲み水を出して体調が悪化し始めた所員の介抱にあたった。朝比奈は手伝おうとはせず、ただ政府からの回答を待っていた。

「ソフィアの…ネックレスを」

 ろれつが怪しくなった丸子が毛布をかけに来た小川にささやいた。

「持っていけ」

 ソフィアがうなずき、首を差し出すようにうつむいた。朝比奈の目をかすめ、プラチナの鎖をたぐるとヘッドは金の鍵だった。

 ーいざとなったら、使え。徐々に熱が上がってきて辛いのだろう。丸子はそう言って目を閉じた。小川はソフィアのすがるような眼差しを思い出した。

「今しかないのよ」

 顔をあげると、朝比奈は端末で時間を確認していた。

「抗エイジング処方を受けた者の死にざまを知ってる?」

 朝比奈は桜貝色に染めた指先を見ている。

「なんの予兆もなく、突然死するのよ」

「……」

「わたしが次世代タイプを試用していることは以前話したわね。ここに来てからの十年でわたしの肉体年齢は三・四十年分時間を巻き戻した」

 朝比奈の実年齢はソフィアと同じ七十四歳なはず。

「ね、どれくらい身体に負担がかかっていると思う?」

 小川は朝比奈を見た。四十代の自分より若くさえ感じる。若さを取り戻す薬だ。副作用があってもおかしくない。まだ確立していない技術のなのだから。

「毎晩眠るときに、もう朝日は見られないかも…て思うわ。ううん、いまこの瞬間に限界に達するかも…だからわたしは死ぬまえに真実を知りたいだけ」

 小川はぎくりとした。小川もまた、同じような思いを抱いてここに来たのだ。

「まもなく」

 心を持つ唯一のロボット…カナタは今、小川の目の前にいて、階段を真っ直ぐ見つめている。

 救助用といわれた彼は、軍事用に開発されたロボット、それが真実だった。

 小川は前に立つカナタの髪にふれた。カナタの肩はわずかに動いた。

「カナタ…」

 小川の声にカナタは反応しなかった。

 確かにふれたと思ったカナタの心は、遠くはなれたところへ…手の届かない場所へ消え去ってしまったようだ。

 小川は目を覆った。胸が痛い。望んだ真実はこれだったのか。

「来るわ」

 階上から複数の靴音が響いてきた。

カレシはロボット、ではなく。

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