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ダークレッド 3

 ソフィアはずるずると崩れるようにうつぶせに倒れた。

「端末を預からせてもらうわ」

 朝比奈はソフィアの白衣から端末を抜き取った。ディスプレイに軽くふれると室内のモニターが端末の画像に変わり、みる間にトップページのロックは解除された。

「やっぱり暗証番号は九条博士の誕生日にしていたのね、かわいいソフィア」

 朝比奈は皮肉るように言うと、自身の端末からデータをのせかえ、所有者名を登録しなおした。

「朝比奈先生!」

 小川は朝比奈に詰めよろうとした。朝比奈はそれを制すようにソフィアの端末を掲げた。

「たった今から、ここの所長はわたしです。下手なことはしないで。原子力発電を過稼働させるわよ」

 そんなばかなと、室内にどよめきが起こった。

『ソフィア博士、追加シナリオか? 報告せよ』

 政府の通信官の音声が響いた。

「こちらは医務室長、朝比奈みゆき。ソフィア博士は行動不能により所長の権限を引き継ぎました」

『行動不能とは何だ、説明せよ』

 ソフィアはわずかに頭をもたげモニターを見たが、立つことも話すことも出来なかった。焦りの色を浮かべ、頭をふる。まとめていた銀の髪が乱れていく。

『事務室長、ノア・アレクシス・椎葉! 回答せよ、何が起きているのか』

 小川は椎葉の姿を探した。椎葉は数メートル離れた場所に倒れていた。駆け寄り肩を起こした時、小川は椎葉の変容にギクリとした。顔中がまるで無数の蜂にでも刺されたように腫れ上がっている。

「椎葉室長!」

 椎葉は苦しげな呼吸を繰り返すばかりだ。ただの風邪のはずがない、何か重大な病気だ。あたりを見渡すと、同様の症状をあらわしている職員が何人もいる。

「オンカロンが…奥には」

 椎葉はうわごとのようにうめいた。

「オンカロン?」

 前世界にあったという、核廃棄物の最終処分地の名前だ。まさか…以前、丸子が言っていた。ここを悪用されたら、世界は半分を失う…それはここが『オンカロン』だからなのか。

 もしや、国土の東半分が立ち入りが規制されているのは、汚染されているからではなく、有事の際には汚染される可能性があるから、なのか。

 小川は発電を続ける扉のむこうを想像し、背中に冷たいものを感じた。

「今日、健康診断と称して全職員に筋弛緩剤入りのカプセルを飲ませました」

 さっきまで小川がいた操作盤の前に朝比奈が端座していた。

「微量ですが半日から一日は動けません」

『再度質問する。これは追加シナリオか?』

 焦りぎみの通信官の声が返答を要求する。

「いいえ。現在ドームは私の支配下にあります」

 落ち着いた声で朝比奈は答えた。

「朝比奈を、止めろ…!」

 自由のきかない体で丸子が小川を叱責した。そうだ、止めなければ。朝比奈まで一気に近づき端末を取り上げようとした小川の足は、次の言葉に止まった。

「ドーム内に天然痘を発生させました」

朝比奈はシェルター内の映像を政府に送りつけた。

『て、天然痘!?』

 通信官の声が明らかにうろたえ、マイクから離れた位置の誰かを呼んだ。

『通信管制官長、ミカミだ。天然痘発生とはなんだ。再三聞く、これは訓練のシナリオなのか』

「もちろん、訓練ではありません。映像を見たらお分かりになりません? 天然痘って古風でしょ。でも誰も抗体を持っていないし、致死率も申し分ないから、わたしが故意に発生させました。今、シェルター内で感染していないのはわたしだけです」

 耳元で破裂するような音が響いたと思ったが、それは小川自身の心臓の音だった。

 職員たちの困惑がさざ波のように広がっていく。みな倒れ伏した状態だ。それはさしずめ地の底から沸きあがってくるような不気味さがあった。

「小川博士、みんなの命を救いたいなら、わたしに従いなさい」

 朝比奈は棒立ちになった小川を一瞥すると再びコンソールに向かい合った。

「発生した天然痘は政府で保管してあるものとはタイプが異なります。わたしが独自開発したものですから。ワクチンは小川博士の膿疱からしか作れません」

「え!?」

 小川は自分の顔をくまなく指で探った。額の生え際に、吹き出物が数個できていた。事態を理解し小川の指が震えた。

「微弱に抑えたウイルスに感染させたのよ、いつもの薬に混ぜて」

 だからあれほど、毎回薬を飲むように小川に言い続けていたのか。

「小川博士は感染していますが、伝染性はきわめて低いです」

『なぜだ、ドクター朝比奈。目的はなんだ』

 朝比奈は一呼吸おき、胸に手を当てた。そして決意の宿る瞳で質問に答えた。

「来訪中のヨナーシュ・フラステク議長と直接会わせてください」

 まさか、と小川は口の中でつぶやいた。朝比奈の激しい思い込み、荒唐無稽な同一人物説。

『なにを…』

「話にならないわ。うえの人に替わってちょうだい」

 朝比奈の声は一歩も引かない覚悟が感じられた。

「会わせて。そして『事故』の真実を公表して」

 回線のむこうは恐慌状態なのだろう。あわただしく駆け回る足音をマイクが拾う。

『書記長第二補佐、ベルトラムだ。ドクター朝比奈、これはテロ行為とみなされ、厳罰に処されますぞ』

「承知のうえです。わたしは真実を知りたいだけ。議長に直に二三質問をさせていただいて、ニュースで真実が報道されたら、ただちに施設を解放し罰を受けます。もちろん、議長に危害を加えることも、抵抗もいたしません」

『ばかな…っ!前代未聞だ』

朝比奈はどこか余裕さえうかがわせる。

「ソフィア、あなただって知りたいでしょう? 九条博士がほんとうに 自殺だったかどうかを」

 ソフィアは唇を噛みしめ、小刻みに震えながら上体を起こした。

「あら、薬が足りなかったみたいね。ソフィア、真実を公開させましょうよ。そうしたら、九条博士の汚名もすすがれる」

「……!」

 苦しげなソフィアの唇から言葉は発せられなかった。

「九条博士は自律システムの開発費と引き換えに政府に秘密裏に軍事用ロボットを作らされたんだって。それを公表するためにわざとハルカを暴走させたんだって」

 足元の椎葉室長が、朝比奈の名を呼びながら頭を左右にふった。

「来ていただけないのなら、原子力発電を過稼働させ、奥の核廃棄物もろとも爆破させます。…大量に拡散される放射性物質と天然痘のウイルス。政府は人民にこんどはどんな嘘をつくのかしら? 六十億人民の政治のトップをお呼びするのですもの。これくらいのおもてなしが必要かと思って準備しましたのよ」

 政府側は沈黙した。ただ人が駆け回る音だけが聞こえる。

「…回答の猶予は今から四時間。色好いお返事をお待ちしますわ」

 薄笑いを浮かべて朝比奈は小川を見た。

「わかったでしょう、小川博士。あなたが溺愛するロボットの正体は軍事用よ。人を殺せる機械なの」

 突然、モニターが激しく乱れた。小川には、それはカナタの叫びのように感じられた。

「回答を待ちましょう。カナタはその場に待機。マスターは、わたしよ」

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