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ダークレッド 2

 警報がけたたましく鳴っても、皆の足どりはのんびりしたものだった。

 三々五々集まった職員は正面玄関の反対側、地震予知研究室とロボット研究室の間の廊下から非常ドアを抜け、地下に通じる階段へと進む。

 居住棟から下りてきた小川たちもそれにならう。しかしカナタは皆から離れ、逆方向の正面玄関へ一人向かう。

「カナタ?」

 カナタは小川の声に一度は振り返ったが、そのまま行ってしまった。

「いいのです。カナタはいつもの持ち場へ行ったのですから」

 小川は椎葉を支えるように並んで移動していた。椎葉は部屋を出てから、急激に体調を悪化させているようだ。手をあてたスーツ越しに感じる体温が高い。

「そう、マニュアルに沿ったの動きなの。カナタはドームの守護神だから」

 朝比奈が小川に教えた。

「守護神って…?」

「じきソフィア博士から説明があるでしょう」

 額に汗を浮かべて椎葉室長がつけ加えた。呼吸が早くなっているように感じる。

「無理に出なくても」

 小川の言葉に椎葉は首をふった。

「大丈夫です。訓練は短時間で終わりますから」

「訓練は全員参加、とくに私たち三役は欠席できないわ。終わり次第、ただちに休んでもらいますから」

 主治医たる朝比奈の言葉に小川はうなずくしかない。気づけば、職員があちらこちらで咳をしている。夏風邪はいつの間にか広がっていたらしい。

 大勢の足音がコンクリートの壁に反響する。強烈な日差しが遮られ、階下から吹いてくる風が頬にヒヤリと冷たい。

 三階分を降りたところで、二十メートル四方ほどのホールについた。

 ここだけ壁は一面えんじ色だ。そこに高さ二メートル級の堅牢な金属の扉がはめ込まれている。

 見ると先頭にソフィア博士がいた。

 博士は壁のコンソールに手をあてた。生体認証らしい。施設長であるソフィアの掌紋が登録されているのだろう。

 ごんと低く音が鳴り、扉は中央から左右に重々しく開いた。

 扉の高さのまま、なだらかな下りのスロープが三十メートルくらい続いている。

 ソフィアが先頭を切り通路に足を踏み入れた。

 スロープ内の幅は大人四人が並ぶときつく、長身の小川には窮屈に感じられる。さらに大きな椎葉はわずかに腰を屈めている。反して朝比奈は二人の後から、鼻歌でも聞こえそうなくらい軽い足取りだ。

 だいぶ進んだ。位置的に居住棟の下あたりと小川は見当をつけた。

 突き当たりの第二の扉も同様にしてソフィアが開けると、扉のむこうに昼光色の照明がともる。

 通常より低めの天井、百人くらい楽に人を収用できるスペースがあった。しかし避難シェルターに不似合いのコンソールが何台も並び、入り口左手に壁一面のモニター画面がある。

「ここがシェルター?」

 予想外の光景に驚きを隠せない小川に丸子が駆けよってきた。

「おお、来たか!! さっそくだが、こっちに座れ」

 丸子に半ば引きずられるようにして操作盤の前に連れられて行く。

 すぐ近くには指揮をとるソフィアが腕組みをして立っている。

 小川は気まずさを感じたが、思い切って頭を下げた。ソフィアはわずかに顎を上下させただけで、あとは眉ひとつ動かさず、小川を見ようともしなかった。

「政府へ通信接続しました」

 奥から声が上がった。

「こちらは林・ソフィア・九条。本日は対テロの避難訓練実施中」

『了解、想定の現状を報告せよ』

 小川は着いた席のコントロールパネルを見た。政府側の通信官、ドーム周辺の映像が八つと第五ゲート付近に立つカナタの映像…。

「テロリストは第一ゲートを爆破、大型車両三台で侵入。荷台に金属と火薬反応あり、人員は二十名ほどと予測されます」

『了解。特殊部隊を派遣、到着予定二十八分後。カナタを第五ゲート内側へ』

 カナタは移動を始めた。通信をすべて傍受しているのだろう。映像の中のカナタはのどかな公園を歩く、ただの子どもにしか見えない。

「カナタはなにを?」

 小川は隣に座る丸子に聞いた。丸子は前を向いたまま、普段より大きく息を吸ったように見えた。

「カナタは闘うんだ、侵入者と」

「いや、そんな。ロボットはヒトを攻撃できない」

 ロボット三原則はいわば彼らのアイデンティティーだ。ヒトを傷つけることは絶対にできない。

「主電源、出力最大に」

 小川の問いかけを遮るようにソフィアの指示が飛ぶ。

「主電源出力最大」

 丸子はパネルを操作した。一瞬、地鳴りのような音が響き、シェルター奥の扉が光りだした。

「あ?」

 緑色の光は扉の表面の文字と記号を浮かび上がらせた。

 そこには、外の世界では既に目にすることがなくなった記号が描かれていた。研究者だからこそ知るそれは、円を中心にして三枚のプロペラ状のものがサークルを描いていた。

「プルトニウム!? 原子力発電…!」

 まさか、世界から原子力発電は無くなったはずだ、あの事故以来。しかし、あの扉の向こうで、今まさに稼働中なのだ。

 小川は信じられず、マークを見つめた。

「ないはずのものが、あるんだよ、ここには。だから標的にされる」

「カナタ、三原則解除」

 ソフィアの硬質な声が響いた。

「か、解除? 嘘だ!!」

 小川は叫んだ。外とは別の世界。小川は自ら望んで来たドームの実情に呆然とした。いつしか小川は集まった職員たちから哀れみの視線を受けていることに気づいた。

 知らずにいたのは、新参者の自分だけだと。

「騒がないで…訓練だから、今は十段階中二段階を解除しただけ」

 カメラが映すカナタは、立ったままの姿勢で、がくりと首をおろしている。長い髪が顔を隠し、表情は見えない。

「ドームにカナタ以外の『兵器』はないのよ」

 三原則を外し、ヒトへの攻撃を可能にする。

「カナタは救助ロボットなのに! なのに、あの子にヒトを傷つけろと!?」

「それを条件にして作られたのよ」

 ソフィアは小川をにらみつけた。

「だから言ったのよ、作るべ…き…」

 不意にソフィアの声がかすれた。ソフィアは喉に手をあて、はげしく咳をした。

「ソフィア博士」

 立ち上がった丸子が、何かにつまずくようにして倒れた。

 まるで、それが合図のように職員が次々と倒れ、へたりこみ始めた。

「丸子博士!!」

 小川は丸子を抱え起こした。小柄な丸子が重く感じた。

「なんだ? 急に力が」

 丸子は戸惑いを目で訴えてきた。体から力が抜けているようだ。手足がまるで頼りない。

「何が…」

 見渡すと、シェルター内で立っている人影は、わずかだけ。自分ともう一人、小川に背中を向け周囲を見渡している華奢なシルエット。

 その人物は笑顔でソフィアのそばにやってきた。

「あなたには、特別配合の薬を処方したのよ。お気に召して?」

 朝比奈はこれ以上ないというくらい、上品な笑みをソフィアに見せた。

 ソフィアはコンソールに掴まり、ふるえる足で体を支えている。

「み…ゆ・き…!」

 ソフィアの絞り出すような声を小川は聞いた。

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