表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/5

2 魔法使いの溜息

 エリカが経営する道具屋の物置には、在庫を詰めた木箱と掃除道具が置いてある。

 人がひとり入ればもういっぱいの空間には、明かりひとつない……はずだった。


 ドアを開けたエリカは、その物置に向かって呼び掛けた。

「ちょっと、怠け者! このモノグサ魔法使い! 出てこーいっ」

 応えるように小さな物置が碧い光に満ち、エリカはつかの間目を瞑る。

 瞼を通しても見える碧が収まるのは一瞬だった。

 彼女の髪が、熱のない光に圧されふわりとたなびく。


 目を開ければ、そこには落ち着いた家具の書斎が広がっている。

 積み上げられた木箱なんて、最初から存在しないかのようだった。

 窓の外は暗く、室内には薫りの少ない上質な蝋燭が灯されていた。ほうほうと、どこかで梟が鳴いている。

 突然の変化にエリカは驚いた様子もなく、桃色の髪に手をやって元のように落ち着かせると、きっとまなざしを強くした。

「そこにいることはわかってるのよ!」

 びし、と指すのは木製の机に向かう、黒い人影。

 人影はゆっくりと振り返った。

「――エリカ。来た早々に何だ?」

 低い声音は叡智を知る森の静けさにも似ている。

 大きな手で鬱陶しげに払われた髪は、深い藍色。

 動きやすい長衣を着るその姿は、どこにでもいるような青年のようでいて、しかし夜色の瞳の中に宿る色は幾多もの夜をひとりで越えた孤独と諦めが宿っていた。


「~~~っ、ちょっとまたそんな恰好してるの!」

 エリカはばたんとドアを閉める。

 それを合図にしたように、足元のランタンがぽうと灯り、彼女の行き先を照らした。

「そんな恰好と言われても」

 男は読んでいた本を机に置き、彼女に向き直る。

 碧い光が瞬くように降り注ぐと、男の前に小さな椅子が現れた。花柄のクッションはエリカが自宅から持ち込んだ品で、この椅子が彼女の定位置だ。

 歩み寄ったエリカが腰をかけると、また小さな光が降ってきて、華奢な足の丸テーブルを作る。

 ふわりと漂うお茶の香り。いつものカップに注がれるのは、彼女が好きな蜜茶だ。

 お礼を言うエリカに頷く男は、自分のカップを手にとった。

「俺が何を着ていても、そう変わらないだろう?」

「変わるわよ、大アリよ。だって迫力がないんだもの」

 エリカは彼の頭の天辺からつま先までを眺めて、溜息をついた。


 年の頃は20代半ば。

 派手さには欠けるが顔立ちは整っていて、静かな気品がある……ような気がする。

 喜怒哀楽は少なめで、その思考回路は時折突飛な方角へ走るが、落ち着き払った態度がその辺りを覆い隠して誤魔化すだろう。

 揺らがない瞳には若さと希望溢れる年頃に合わない諦念がほの見え、どこかミステリアスな雰囲気も持っていた。


(町で女の子たちが騒ぐような見た目だけど、ね)

 エリカはそれでは満足できない。

 上質ながらも装飾の少ない軽装に身を包んだ青年は、よく言って年齢不詳の研究者風。一般人にしか見えないのは大きなマイナスだった。

 実際にエリカの道具屋で店番をしていても、「新しいアルバイト?」「えぇ、母方の親戚で」「学院生かしら」「えぇ、長期休暇なので」で済んでしまうくらいだ。


「この長い髪は、まぁそれっぽいから良いとして」

「髪は切ってもまた伸びるしな」

「顔色が少し悪いのはそれっぽいけど……。あ、また食べてないんでしょう!」

「……面倒で」

「もう、体には気をつけてよ。明日ご飯作りにくるから」

「……野菜がなければ」

「偏食反対! ニンジン持ってくるからね」

「……」

「せめて服装は何とかしよう。この前の黒いローブは?」

 先日奮発して購入した衣装の行方を尋ねた。

 深い闇のような色合いのフードは効果は絶大。どんなさわやか系色男でも陰鬱に映るような一品である。

 男は無言で目をそらした。

「……」

 つい、と反らされた視線は不快を示すものではなく。むしろモノグサから出るものだから、エリカの声は低くなる。

「また、面倒だって思ったでしょう?」

「……あれは、動きにくい」

「この場所から、ほとんど動かないくせに何を言うの」

 働き者のエリカは、下手をすると一日中椅子から動かない生活というのが理解できない。

 モノグサな彼の口癖は、「面倒臭い」。

「そんなとこばっかりお爺さんのくせに、見た目年齢が若すぎるんだから、ちょっと工夫しないと」

「……そう言われてもな」

 男は怒るでもなく、肩をすくめた。

「年は仕方ないだろう、秘術で時を止めている。それが魔法使いだ」

 森の魔法使いは、言って静かに瞳を伏せた。



 町の名物のひとつ。森の塔に住む魔法使い。

 幾多の魔獣が行く手を阻み、罠を張り巡らせた塔に住む、凶悪な魔法使いである。

 まるで、学院の研究者のような青年にしか見えなくても。

 モノグサしまくりな野菜嫌いの偏食であっても。

 凶悪な魔法使いなのだ。

 そうでなればならない。



「いいこと、森の魔法使い」

 エリカは身を乗り出した。

 この生きることも面倒っぽいモノグサに言ってやらなければならない。

「あなたの評判に、うちの店の売上がかかってるの」

 そして、と続けるのは3代前からの秘密の契約。

「そしてうちの店の売上が、あなたの生活を支えてるのよ」

 関連道具の売上はもちろん道具屋の収益だが、鍵の売上の7割は魔法使いに戻されている。

 それが祖父の代から続く、彼女の店の商売だった。

 要は上前。ギブアンドテイク。世の中は持ちつ持たれつ成り立っている。

 エリカが森の魔法使いの悪名を広めるのは、お互いの利益だ。


 だから彼女は考えた。

 この一見ちょっとミステリアスだけど、特に悪い人には見えない青年を、いかにして「悪い魔法使い」とするのか。

 商売人の腕の見せ所である。

「万が一、お客さんが来ちゃった時に備えないと」

 怪しげな本や魔法道具が多少転がるものの、奇抜さに欠ける普通の書斎に、研究者風の青年がひとり。しかもやる気なく黙々と本を読んでいるのが魔法使いだなんて。

 幾多の試練を乗り越え血気盛んに乗り込んで来た傭兵が、がっかりすること請け合いだった。

 噂は千里を走り、塔を目指す傭兵はあっという間に絶滅してしまうだろう。

「……罠と魔獣に阻まれて、この10年、ここまで来た者はいないが」

 自分の腕は確かだと、森の魔法使いは当然の如く言った。

 エリカはいいえ、と首を振る。

「客商売は気を抜いたら即死っていうのが、父さんの教えよ。しかもライバルはすぐそこまで迫ってるんだから!」


 今日の出来事と沼の魔法使いについて話すと、森の魔法使いは「珍しいな、あいつが」と一人ごちた。

「知り合い? どんな魔法使い?」

「互いに長く居るから会うこともある。どんなというか……派手だな」

「ああ、やっぱりそういう要素って大事よね。うーん、こっちは顔が迫力不足。もう少し悪だくみしてそうな表情とかできないの?」

 お茶を飲みながら首をかしげるエリカに、

「元々の顔なんで……悪だくみなら、してるんだが。これでも」

 魔法使いは顎に手を当て意外な告白をした。

「やった。本当に!?」

 エリカは目を輝かせる。

「何よ、食べることすら面倒くさがるモノグサが珍しい。悪だくみ大歓迎よ、何なになに?」

 身を乗り出して尋ねる彼女の椅子が、かたかたと滑って魔法使いに詰め寄った。

「実は、16の娘を誑かそうとしてる」

 魔法使いは夜色の目で、エリカの大きな瞳を覗き込んだ。春先の新緑のような澄んだ緑に、男の顔が写りこむ。

「へええ、良い線ねそれ」

「……そう思うか」

「うんうん、どこのお姫様? うちの国のお姫様は10歳だから違うか。どこかの貴族?」

「……いや、普通の町娘」

「だめ、インパクト不足!」

「……」

 魔法使いはそっと溜息をつく。

 道具屋の主は、ひたすら商魂たくましかった。そんなことは、前々からわかっていたけれど。

「インパクトで勝負するわけでもないだろう」

「そんなわけに決まってるでしょ。あ、だったらうちの国のお姫様を狙うのはありかも」

「相手は10歳じゃなかったのか」

「大丈夫、幼女趣味のひとつやふたつ、むしろ箔がつくってもんじゃない」

「……その趣味はない」

「我侭言わないの。沼の魔法使いに対抗するなら、お姫様狙わないと」

「……では、大がかりになるな」


 溜息混じりに言って、魔法使いはエリカの手を取った。

 小さな手のひらは毎日の仕事で少し荒れている。彼女は自分のことを省みないから、魔法使いが代わりにそっと碧い光で傷を治した。

「まずは、国全体に眠りの魔法をかけ、皆の記憶に偽りを植え付ける」

「そんなことできるの?」

「造作もない。少し時間はかかるがな」

「記憶を偽って、一体何を?」

「姫がもうひとりいると、騙しこむ」

「……ふぅん?」

 首をかしげて先を促すエリカの周囲を、碧い光が取り巻いて消えた。

「……わっ、何これっ!?」

 光が消えた後には、鮮やかな布をふんだんに使ったドレスに、煌びやかなティアラ。柔らかな桃色の髪をした姫君がいた。エリカは突然のことに慌てて身を確かめる。

 普段は飾り気の少ない少女の変化は、目を見張るものだ。魔法使いは目を細めて握ったままの手を引きよせる。

 ふわりと体が浮いて。あっという間もなく、彼女は魔法使いの膝に落ちた。

「姫と思わせた娘を俺が攫って、めでたしめでたし。完璧だな」

 耳元に唇を寄せて囁けば、小さな耳が赤く染まる。

「ど、どこがめでたし……って、なんで私なの!?」

「エリカも年頃の娘ならば、お姫様生活とやらに憧れることもあるだろう」

「いやないし。第一、そんな遠回りしなくても、ぱぱっと攫える姫君くらいどこかにいるでしょ」

「急がば回れ、と父は教えなかったか?」

「それも言ってたけど、でもあの、その顔が近いから、近いってば!?」

 容赦なく額をぐいーと押し戻された魔法使いは、腕の中の少女を見下ろして己の腕の良さに満足の笑みを浮かべた。

 孤独を埋める存在は、どこにでも転がっているものではない。

「知らない姫なんか欲しくない」

 魔法使いは至極当然と言いきった。

「俺にも選ぶ権利があるだろう?」



 けれど、大がかりな魔法の準備にざっと5年はかかるらしく。

 エリカが大却下を出したのは当然のこと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ