『なくなる場所』
秘密基地は、川沿いの空き地の奥にあった。
雑草に隠れて、外からは見えない。古いトタン板と段ボールで囲っただけの、小さな小さな部屋。
わたしたちだけの場所。
ここに来ると、時間が少しだけゆっくりになる気がしていた。
「ほんとになくなるのかな」
わたしが言うと、隣でしゃがんでいた彼女が顔を上げる。
「工事のおじさん、来てたよ」
白いヘルメット。赤い旗。
来週から取り壊すって。
ここに道路を通すって。
道路は、まっすぐで、きれいで、きっと便利になる。
でも、まっすぐすぎて、ここは通れない。
秘密基地の屋根は、少しだけ傾いている。
去年の台風で飛びかけて、ふたりで必死に押さえた。
あのとき、彼女は泣きそうな顔で言った。
『なくなったら、どうしよう』
なくならなかった。
だから、なくならない気がしていた。
でも今は、ほんとになくなる。
「ここ、好きだった」
彼女がぽつりと言う。
“だった”という言い方が、もう過去みたいで胸がざわつく。
「うん」
学校の帰りにランドセルを放り投げて、お菓子を持ち寄って。
宿題をしたり、しなかったり。
雨の日はぎゅうぎゅうにくっついて座った。
狭いから。
ただ、それだけ。
……ほんとうに、それだけだったのかな。
「新しい基地、作る?」
わたしが聞く。
彼女は少し考えて、首を振る。
「同じじゃない」
その言い方が、少しだけ大人みたいだった。
同じものは、もう作れないと知っているみたいに。
風が吹く。
トタン板が、かたんと鳴る。
この音も、来週には聞けなくなる。
ここにいると、いつもより距離が近い。
狭いから。
ただ、それだけ。
……それだけで、足りていた。
「ねえ」
彼女が、わたしの袖をつかむ。
昔からの癖。
小さいころから、離れないように掴んでいた。
「なくなっても、いなくならないよね」
なにが、とは言わない。
でもわかる。
基地がなくなったら、何かも一緒に消えそうで怖いのだ。
放課後の時間とか。
ぎゅうぎゅうの距離とか。
今みたいな気持ちとか。
「いなくならないよ」
わたしは言う。
ちゃんと約束するみたいに。
「ずっと友だち」
その言葉を言った瞬間、胸が少しちくっとする。
友だち。
それ以上の言葉は、まだ知らない。
知らないけど、もしかしたら、違う名前があるのかもしれない。
でも、今は言えない。
彼女が近づく。
ランドセル同士がぶつかる。
鼻先が、少し触れそうになる。
「ほんと?」
「ほんと」
彼女は、わたしの頬に顔を寄せる。
ほんの一瞬、あたたかい感触。
キスかどうかは、よくわからない。
でも、胸がどきどきする。
前よりも、強く。
すぐに離れて、顔を真っ赤にする。
「今の、なし!」
「なんで」
「なんでも!」
わたしも、顔が熱い。
秘密基地の屋根の隙間から、空が見える。
その隙間から見える空が、やけに広い。
来週には、ここはなくなる。
トタンも、段ボールも、ぎゅうぎゅうの狭さも。
でも。
今日のこのどきどきは、どこに行くんだろう。
「最後にさ」
彼女が言う。
「ここで、もう一回だけ、座ろ」
ぎゅうぎゅうに並んで座る。
肩が触れる。
手が、自然に重なる。
どちらからともなく、強く握る。
誰もいない空き地。
遠くで電車の音がする。
秘密基地はなくなる。
子どもの時間も、少しずつなくなる。
でも。
なくならないものも、きっとある。
……あるといい。
この街で、また。
来週には、ここは通れないけれど。




