己の心、人知らず
視線を感じ阿部を見ると、子供のように拗ねた顔で睨んでいる。
「ほら〜そうやって二人の世界に入る〜。
何のために俺呼んだのさ〜」
高橋がパッと何かを思い出したような顔になる。
「あ、阿部!
こないだ、お前が所長やってた時の部下に会ったんだけど、お前に凄く感謝してたよ」
「え? 俺?」
阿部は思い当たることが見つからないらしく、不思議そうな顔をして考え込んでいる。
代わりに高橋が口を開く。
「仕事中に、家族から飼ってる犬が死んだって連絡きたらしくて、それ言ったらそいつの仕事引き受けて、すぐに帰らせてくれたって」
「あー……、あったなそんなこと」
「へー……お前、いい上司だな」
思わず呟き、追加する。
「でもペット飼ったことないって言ってなかったっけ?」
「ないない。俺、カブトムシすら飼ったことないんだよね」
高橋も感心しているようだ。
「それなのに、よく飼い主の気持ちわかってやれたな」
阿部がビールを飲む手を止め、目を丸くする。
「わかんないよ〜、飼い主の気持ちなんて〜」
「じゃあなんで……」
阿部はへラッと笑ってみせる。
「わかんないからだよ。
そいつ、その連絡あった時にすごく泣いてて、そんな時にどうしたらいいか、どうしてほしいと思ってるかもわからなかった。
だから、自分がしてやれる精一杯のことをしただけ」
息を吐きながら発する言葉が高橋と重なる。
「すげえな……」
「すごいな……」
この世なんて所詮、他人事だらけ。
それにどう対処していくかが重要なんだろう。
「え? 何が?」
阿部のきょとん顔はもうどうでもいい。
「成瀬……俺たちも、こうでないといけないんだよ」
高橋が悔しそうな顔をする。
「阿部は計算なしで、天然でやってるから恐ろしいよな」
「ああ、今ので阿部の営業所が売上1位だった意味がわかったよ」
「どういうこと?」
阿部はまだその顔で俺たちを見ていた。
高橋がグラスを持ち上げながら口を開く。
「営業所内のクレームが少ない所ほど売上がよくて、しかも離職率も低いって統計があるらしいよ」
「へ〜……そういや俺、所長やってた時、あんまり部下の退職手続きやったことないかも」
「気付いてないところもお前らしいよな」
フフと高橋が笑いながらグラスを傾ける。
「俺さ〜、所長時代に部下からあんまり仕事の相談とかされなかったんだよ。だからあまり頼られてないのかなって。
ほら言うだろ、親が駄目な方が子が成長するって。俺がダメダメだから、売上いいのかなって思ってた」
高橋と目を合わせる。
「まあ……それもないとは言い切れないけど」
「え〜何だよそれ! 褒めたり、けなしたり、結局俺をどうしたいんだよ〜」
「どっちかと言えば、褒めてる……よな?」
高橋を見ると、からかうように何度も頷いている。
「うん、褒めてる褒めてる」
「いやいや〜!
人間、嘘つく時2回言うっていうしな〜」
ビールを飲みながらそれに答える。
「ほんと凄いと思ってるよ。俺ら同期の中で一番出世してる理由がわかってきたし。
特に俺は、管理職みたいなことし始めて日が浅いから、実際にやってみて、二人ともこんなことやってたんだなって感心するばっかりで」
「そのうち、それが普通になって何とも思わなくなるさ……」
高橋がポツリとこぼした。そして続けて話し出す。
「俺、仕事にいつ慣れるのかなって昔思ってた時に気付いたんだけど、
『仕事慣れた?』って聞かれるうちは慣れてないんだって思ったわけよ。最初は色んな人に聞かれるんだけど、段々減っていって誰も聞かなくなる。
その時が慣れた時なんだろうなって」
「確かに……。それで言うと、俺まだ聞かれてるわ。
『副所長慣れた?』って。」
「じゃあ、まだってことだね」
阿部が意地悪そうに笑いながら、酒を喉に通し始める。
ちょっと悔しいが、確かにまだ聞きながらやる業務もあるし、外れてはないと思う。
阿部がパッと顔を上げた。
「そういや、佐伯さん双子だったんだろ〜?
マキちゃんに似てるな〜とは思ってたけど、リアルマキちゃんだったとか凄くない!?
お姉ちゃんはリカって名前だったり、その下に三つ子の弟とかいない!?」
「いるわけねえだろ!
そのネタわかんねえから止めてくれ……」
高橋が興味をもった様子で、つまみを食べながら会話に入ってくる。
「で? どんな感じだった?
双子の……妹だっけ?」
「ああ、ある意味似てるような? 似てないような……」
二人を比べながら思い出す。
見た目は全然違うようで、ふとした表情とか似てるところもあるんだよな、でもお互いを想い合ってるところは似てる。
「フ……なんだよそれ。全然わかんねぇ」
「はぁ〜……俺も良くわかんねぇわ……」
「でも見たい見たい! いつか紹介してよ!」
阿部は何にでも興味津々だ。
「機会があったら……な」
でも、ないだろうなぁ……。
一緒に飲み行こう! ってタイプでもなさそうだし。




