見えない誰か
佐伯さんの言葉が気になる。
昔? 知り合い? 向こうは知ってる様子だった。
だからって本人には聞きにくい。
あなたのこと知りませんが誰ですか? って。
……そうだ! 所長室に履歴書があったはず!
一通り仕事を片付け所長室に行く。
高橋が不在だったので、勝手に引き出しを開け書類を漁る。
あ! あった!
『佐伯みのり』
……わからん。覚えてないだけ?
学年は一つ下。同級生でもないな。
その時、高橋が入って来た。
「おいおい、泥棒さん。何してんだよ」
呆れ顔で笑っている。
「佐伯さんに意味深なこと言われて……」
「アハハ……! やっとかよ!」
「……は?」
「わかったんだろ?」
「いや、全然……。
え? お前は知ってるってこと?」
「知ってるも何もお前、あの子にお持ち帰りされたじゃないか」
え? ガチのワンナイト?
「は? 俺がお持ち帰りしたんじゃなくて?」
「違う違う! されたんだよ!
あの時、お前史上一番酔っ払ってベロベロだったもんな〜。
居酒屋から出た後、少し歩くだけで座り込んで吐くし服も汚れたから、あの子の家が近いからって連れてってくれたんだよ」
そう言われれば何となく? ぼや〜っと風景が……
「何でお前止めなかったんだよ!」
「えー止めないだろ〜もうオトナだし?
お前彼女いなかったから、別にそうなったらなったで面白いかなって」
意地悪そうに笑いながら言われる。
「面白いって……」
……普通に気まずいじゃねえか……
そう言われれば、朝起きたら裸でベッドに寝てて、そこがどこかわからなくてさっさと逃げるように帰ったような気も……
記憶を手探りするがなかなか思い出せない。
家を出る時、佐伯さんはいたか? どんな顔してた?
え? 俺って最低じゃない?
恨まれてはない?
無理矢理……とかはしたことないけど、酔っ払ってる状態で大丈夫だっただろうか。
不同意性行為とか強制わいせつにあたるようなことはしてないと思うけど……
断言出来ないところが情けない……
「あれ二十歳くらいのことだし、もう十五年も前だから向こうも気にしてないんじゃないか?」
「だといいけど……
お前はいつ気づいたんだ?」
「面接の時。お前は気付いてなさそうだったから、いつ気付くかと思って見てたけど何ヶ月もかかったな……ハハ」
「他人事だと思って……」
「えーだって他人事だろ〜?」
そうだ。完璧に他人事だ。
昔のことだからと気にしてないことがあるだろうか。
男は身体で抱いて、女は心で抱かれると言わないか?
よく意味はわからんが。
女は粘着質で何年も前の事も、たった今の出来事のように怒りだすことがある。
嫁で経験済み。
相手の気持ちが全然わからない。
「お前は一回しか会ってないだろうけど、俺はその後も何回か飲みに行ったりしたから顔覚えてたんだと思う。
まあ、お前みたいに手は出してないけどな」
俺の動揺を面白そうに見ている。
高橋に疑問を投げかける。
「向こうは? お前に気付いてるんだよな?」
「さあ? 昔の話をしてないからわからない。
面接の時も普通だったろ? 動揺もしてなかったし」
確かに。動揺されていたら気付くはず。
面接の時は、気付いていて気付かないフリしてた?
演技してた?
あり得るな。女はアレの時も演技するって言うし。
浮気……にはならないよな。結婚前のことだし。
ただ、バレたら「最低!」って離婚寸前くらいの大喧嘩にはなりそう……
喧嘩というか、一方的に怒られるのが容易に想像出来る。これは墓場まで持っていく案件だ。
やっぱりそうだ。これは幽霊より怖い。
――――――
自販機前の休憩所でくつろいでいると、下のフロアに真田の姿が見えた。
「成瀬は? 成瀬は?」
と、他の社員に聞きまくっている。
何やら焦っている様子。
「真田ぁ〜!」と言って手を振ると、パッと俺を見つけ急いで2階へ向かって来る。
今日は一緒に例の契約に行く予定だが、予定時間よりまだ数時間早い。
真田は呼吸荒く俺の前に現れた。
「成瀬! 契約中止だ!!」
「は? どういうことだ?」
真田の興奮が収まらないのでとりあえず座らせる。
「とりあえず落ち着けって。ちゃんと話聞くから」
真田が今日の訪問について先方に連絡した所、数日前にもう契約は終わったと言われたという。
詳しく話を聞くと、綺麗な女性が自分の営業所だけで契約させてください、と頭を何回も下げてきたから一つの営業所だけで契約した、と。
「如月にやられた」
真田は下を向き、力なくこぼした。
「元々お前が取ってきた契約だったのにな……」
「ああ……でもお前がせっかく協力してくれようとしたのに悪かったな」
真田がゆっくり立ち上がった。
「とりあえず営業所戻るから文句は言ってこようと思う……」
「じゃあ俺も行くよ」
「え? なんで?」
「どんな弁明するか見たいし」
と乾いた笑いを見せる。
「わざわざいいのに……」
と呟いたが真田はそれ以上何も言わなかった。
余計なお世話だろうが、一人にしておきたくなかった。
そして、他の営業所や所長になった如月にも興味がある。




