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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

覚醒を促すすべ

作者: 赤川ココ
掲載日:2026/02/11

手慰み、第数弾でございます。

お楽しみいただければ、幸いでございます。

 週に一回だけの休日に、住まいから一時間かけてやってくる王都は、それでも気晴らしになる。

 神殿での、軽い雑用を請け負う女は、就業時間と乗合馬車の発車時間の合間に、その店に立ち寄るのが週末の定例となっていた。

 暗い赤色の髪の、美貌の女が経営するそこは、珍しいお菓子や雑貨を扱っている店で、平民には手に入りにくい薬も、安価で提供してくれることで、定評がある。

 そこを紹介してくれたのが、神殿の大神官であったこともあり、女は気楽に持病の薬を購入し、ついでに悩みも打ち明けていた。

 その日も、神殿から真っすぐそこに立ち寄ると、そこには店主の他にもう一人いた。

 カウンター席の魔女と何やら話していたが、自分が入店するとすぐに離れ、陳列棚の方へと移動するその人物は、意外に色とりどりの髪色と瞳の色が行きかう王都でも、珍しい類の容姿だった。

 思わずその姿を目で追ってしまった女に、魔女が気楽に声をかける。

「いらっしゃい。お仕事、終わったのかい?」

「はい。いつもの薬、いただけますか?」

「はいはい」

 何だか、疲れた様子の魔女だったが、それはポーズだったようだ。

 所定の位置からいつものように薬を出して、女の所要量を秤で測るうちに、いつもの魔女の様子に戻っていく。

「家と職場の方は、相変わらずなのかい?」

 他愛ない切り出しで、女は我に返った。

 微笑んで答える。

「はい」

「そうか……神殿も、未だ未知数のあんたの可能性に、太鼓判は推せないからねえ。職場の方の契約更新は、まだ先なんだよね?」

「ひと月を切りましたが、その時に、契約終了を了承してくれるかどうか……」

 そう言う女の胃が、悲鳴を上げる。

 痛みを噛みしめる客を、魔女は困ったように見つめた。

「私、本当に、神殿の、あんな高貴な場所に、立てるのでしょうか? 私なんかが、本当に?」

「それは、神官の勘を疑っているのかい? あんたは、間違いなく神殿に必要な人材なんだよ。それは、私が保証してあげる。だから、まずはあんたのその後ろ向きな部分を、何とかできる手伝いをしてる、つもりなんだけどねえ」

 処方した薬を、いつものように小瓶に入れながら、魔女は溜息を吐いた。

「これで、気分が変わらないようなら、もう少し分量を増やすしか、ないね」

「……申し訳、ありません」

「……謝らなくて、いいって……」

 若干、呆れられている事にも、申し訳がない。

 女は小さくなりながらも、魔女から小瓶の入った紙袋を受け取り、扉の方に向かった。

 扉の取っ手に手を伸ばしたタイミングで、白い手が先に扉に伸びて、開いてくれた。

「あ……」

 驚いて振り返った女が、少し口を開いた隙に、その白い手が何かを放り込んできた。

「っ?」

 口に入った何かは、直に口の中で甘く広がっていく。

 混乱した女に、平坦な声が言った。

「そのまま、飲み込まないでください。舌で転がして、味を楽しむお菓子です」

 見上げると、先程から陳列棚を物色していた人物が、女を見下ろしていた。

「胃にも優しい物を、凝縮した品です。どうですか?」

 平坦だが柔らかいその声に、女はつい答えていた。

「甘い、です」

 そう、甘い。

 魔女とは違うタイプの、綺麗な顔立ちの微笑みも。

 ぼんやりと見上げる女から、カウンターの方を一瞥した人物は、少しだけ声を潜めた。

「よろしければ、こちらもどうぞ」

 そう言って差し出したのは、大豆大の玉を色とりどりの紙で包んだものだった。

「……?」

「勇気を引き出す、お呪いです。あなたの望む人生を取り戻せることを、心からお祈りいたします」

 掌に載せられた数個のそれを見下ろしているうちに、女は店の中に出されてしまっていた。


 女の家は、一応伯爵家だ。

 元々は、公爵位を持っていたそうだが、それは家系図にしか残らないほどに遠い過去の話だ。

 先代は堅実で、領地での信頼も厚い貴族だったから、一時期は持ち直していたのだが、女の両親の代になった途端、再び色々な分野で失墜してしまった。

 今や貴族とは名ばかりで、領地返上の危機を、家族総出で働きに出て逃れている状態だ。

 そんな中、神殿から通達があった。

 小さな商会で、雑用をしている伯爵家の長女に、聖なる力が宿った兆しが出たというのだ。

 それを聞いた伯爵家は、喜びに浮足立つ、ことはなかった。

 長女が勤務している商会も。

 神殿の言い分を、頭から否定した。

「雑用しか使い道のない貧弱な娘が、そんな大仰な力を宿すはずが、ない」

 理由は、この一言に尽きた。

 使いでやってきた神官にも、まるで詐欺師を断罪するかのように対応し、追い返してしまった。

 神殿側は、激怒した。

 だが、まだ微量の力しか覚醒していない長女に、大仰な証明を期待することは、できない。

 なので、一旦怒りを抑えて下手に出て、週一回の神殿通いを、提案したのだ。

 雑用係と称して神殿に通う長女は、秘かに聖なる力の覚醒を促す修行を続けているが、一年経った今でも、その兆しがない。

 それは、家族や職場での環境が、長女の自尊心を完全にそぎ落としてしまったからだと、神殿側は更に憤っていた。

 早く家族からも商会からも引き離し、力を覚醒させられる環境を整えようと考えた神官たちは、長女の心を取り戻す手段として、ある人物に目を付けた。

 それが、この世界のどんな理も受け付けない、赤い魔女だった。


 女が魔女と引き合わされたのは、神殿からの通達から一年経った冬だった。

 今では、神殿での修行と称するお茶会が、何よりの楽しみになっていた女は、更なる楽しみを得た。

 が、それも徐々に、気づまりになっていた。

 季節が再び冬になった今日は、神官様からもやんわりと、神殿に入る時期を伺われていた。

 長女は、去年成人している。

 成人した者は男女変わりなく、自立が可能だ。

 勿論、貴族が政略に縛られるのは仕方がないが、その縛りは伯爵家にはないし、商会が引き留める理由もない。

 長女が商会を辞職したいと言えば、契約は終了するし、神殿に入りたいと申し出れば、伯爵家には止める理由がない。

 そう発破をかけられた長女は、去年の今頃商会との契約終了を告げようと、上司に声をかけたのだが、呼び止めた年かさの男の、振り向きざまの目つきと冷ややかな声が、次の言葉を凍らせてしまった。

 震えて立ち尽くす女を一瞥し、上司は鼻で笑って立ち去ってしまい、結局、目的は果たせなかったのだった。

 今回は、ちゃんと言えるのかな……。

 乗合馬車の中で立ち尽くし、窓の外を見ていた女の頭の中で、今までの事が走馬灯のように、目まぐるしく駆け巡った。

 もしかしたら、本当に限界が来たのかもしれない。

 神殿に行きたい気持ちはあるが、家を出るのも商会を辞めるのも怖い。

 そんな板挟みの生活に、本当に疲れていた。

 赤い魔女の処方してくれる薬は、精神安定剤、というらしい。

 何かと罵声を浴びせられる女の、精神を心配してくれての処方だが、それでは効きにくくなっていた。

 悲しいのと悔しいのがないまぜになって、涙が浮かんだ目元を隠すため、女は顔を俯けたが、ふと、その手元を見て思い出した。

 服のポケットに入れた小瓶入りの小包と違い、扉の前で手渡された小さな丸い何かは、手に握りしめたままだったのだ。

 一つを残してポケットにしまったあと、紙包みを開いてみた。

 空色の、小さな玉だ。

 珍しい色合いに目を見張り、ついつい馬車の中で窓の光に、それをかざしてしまう。

 先程、薄色の金髪の、あの人に口に放り込まれた物は、ミルクのような甘い味がした。

 これは、どうなんだろう?

 得体のしれない食べ物かも知れない。

 だが、これを手渡した人の微笑みと言葉に惹かれて、口に含んでいた。

 舌で転がしていると、徐々に何かがはじける感覚が、口の中を刺激する。

 全く未知の感覚が、わだかまっていた思いを、全て溶かしていくようだった。

 領地に戻って馬車を下りる頃には、その塊は口の中で消え、余韻だけが残った。

 そしてその余韻が、可笑しな高揚感を生み出したのである。


 長らく現れなかった聖女が突如覚醒したと、世界中に通達されたのは、それから僅か三日後だった。

「……辞職を申し出た時、手を上げた上司を、ついつい吹っ飛ばしたそうです。それで一気に」

 楽しそうに神官が報告し、向かいのカウンターでカップを上げる赤い魔女を見た。

「ありがとうございました。これで、この世界の安寧が、保てます」

「……うん」

 曖昧な返事だが、構わず神官は続けた。

「伯爵家の方も、黙らせました。何せ、完全に覚醒されましたので、詐欺師呼ばわりは、出来ませんよ。というか、名誉棄損で訴えることも、視野に入れております」

「神殿から訴えられるのは、致命傷だね。聖女の心情は、考慮してる?」

 最後に会った時の女の様子で、そこが気になった魔女に、神官は軽く答えた。

「勿論です。聖女様の心情を考慮して、要求は軽くいたします。精々、爵位の返上でしょう」

 突然解決した問題に、神官は肩の荷が下りた思いだが、それを助けてくれた魔女の方は、半信半疑らしい。

 一体、何が功を奏したのかと首を傾げる女に、神官は聖女となった女の言伝を口にした。

「不思議な呪い玉の残りは、大事に取っておきますと、言伝を頼まれました」

「呪い玉?」

「? 空色の綺麗な玉で、変わった味がしたそうですよ。残りも見せてもらいましたが、変わった品ですね。聖女様が食べたものと同じ色もありましたが、黄色い物や濃い赤の物もありました」

 説明されて思い当たったのか、魔女は少し呆れた顔になった。

「……あ。それ、ただの、飴ちゃん」

「? アメ、ちゃん?」

「砂糖を煮溶かして、丸く固めたお菓子。それの、多分ラムネとコーラとレモン味」

「え? お菓子?」

 目を瞬く神官に頷き、魔女は呆れ顔で天井を仰ぐ。

「嘘だろ。ただの自己暗示で、覚醒って……」

 人間というのは、何がきっかけで立ち直るか、分からないから面白い。

 だが今は、面白がっているだけでは、いられなかった。

「聖女様に、伝言をお願いできる?」

「はい」

「その呪い玉……」

 真顔で切り出した女に、神官が表情を改め、緊張する。

「夏場は解けるから、早く食べなさい」


 


店番が口に入れたのは、有名なミルク味の飴ちゃんです。

持たせた飴ちゃんは、シュワシュワ系です。

ポケットに入っていたのを、そのままあげたので、店の品ではないです。

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