【8話】灯りが消えない夜
最初の夜は、偶然だった。
二度目は、少し驚いた。
三度目で、私は気づく。
これはもう、偶然ではない。
その夜も、扉の前に人影があった。
昼間に来たことのある若い魔法使い。
「少しだけ……いいですか」
私は頷く。
椅子を引く。
灯りを少し強くする。
話を聞く。
相槌を打つ。
彼女は帰り際、銀貨を置いていった。
昨日より、少し重い。
次の日も。
その次の日も。
灯りがついていることを知っている人が、ぽつり、ぽつりと来る。
注文はしない。
ただ座る。
話す。
泣く。
黙る。
そして、何かを置いて帰る。
私は眠る時間を少し削る。
朝、目が重い。
昼の営業中、ふとぼんやりする。
カップを落としそうになって、慌てて支える。
「……いけませんね」
誰もいない店で、つぶやく。
ミアが来た日。
「リゼル、目の下、暗い」
森の匂いと一緒に、まっすぐな言葉が飛んでくる。
「そうですか?」
「うん。夜、起きてる?」
私は少し迷って、言う。
「灯りを、少しだけ」
ミアは何も責めない。
ただ、じっと私を見る。
「森の木も、ずっと光らない」
「……え?」
「夜光花。毎晩光ると、枯れる」
静かな声。
「暗い日も、いる」
その言葉が、胸に落ちる。
ルゥが来た日。
「夜、あたたかい匂いします」
ドラゴンの感覚は鋭い。
「誰か、来てますか?」
「ええ、少し」
ルゥは嬉しそうに微笑む。
「いいことですね」
その顔を見て、私は少しだけ胸が痛む。
いいこと。
そう、いいことのはず。
なのに。
その夜。
三人来た。
順番に。
話は重なり、時間は伸びる。
私は何度もお湯を沸かし、椅子を整え、灯りを足す。
扉が閉まったのは、深夜だった。
静寂。
私は椅子に腰を落とす。
足が重い。
頭が、少し霞む。
「……ああ」
この感覚。
知っている。
前世で、何度も味わった。
“誰かのため”の積み重ねが、静かに自分を削る感覚。
私は両手を見つめる。
震えてはいない。
まだ大丈夫。
でも。
このまま続けたら?
テーブルの上には、今日置かれた硬貨が三枚。
小さな紙もある。
“ありがとう”
その文字は、やさしい。
やさしいからこそ、怖い。
私は、また“必要とされること”に寄りかかっていないだろうか。
ランプの火が揺れる。
消さなければ、また誰かが来る。
消せば、来ない。
私は立ち上がる。
そして、火を少しだけ小さくした。
完全には消さない。
でも、強くもしない。
「……少し、考えましょう」
この灯りは、私の人生を削るためのものじゃない。
誰かを救うための義務でもない。
そうでなければ、意味がない。
その夜、私はなかなか眠れなかった。
優しさと、怖さの間で。




