【7話】灯す理由
夜。
店のランプを一つだけ残して、私は椅子に座っていた。
誰かが来るかもしれない。
来ないかもしれない。
昼間とは違う、静かな待ち方。
でも。
ふと、胸の奥がざわついた。
私は、何をしているんだろう。
昼は喫茶店。
それは私がやりたくて始めた。
静かな場所が欲しくて。
お茶を淹れるのが好きで。
あの空間が、好きで。
でも、夜は?
あの獣人の彼の顔が浮かぶ。
疲れた目。
灯りを見たときの、少しだけ安心した表情。
あれを思い出して、私はランプを消さなかった。
それは優しさ?
それとも。
「また、誰かが来たら」
私は立ち上がる。
お茶を淹れるかもしれない。
話を聞くかもしれない。
寝る時間が遅くなるかもしれない。
朝が眠くなるかもしれない。
昼の営業に影響が出るかもしれない。
——前世の記憶が、よぎる。
“頼られると断れない”
“必要とされると頑張ってしまう”
気づけば、自分の時間がなくなっていた。
ランプの火を見つめる。
小さく揺れている。
この灯りは、誰かのため?
それとも、自分のため?
もし誰も来なかったら、私はがっかりするだろうか。
もし毎晩誰かが来たら、私は疲れるだろうか。
そのどちらも、少し怖い。
椅子に座り直し、目を閉じる。
私は、この世界で何度も思った。
“自分を大事にする”
神様に言われた言葉。
今度の人生は、自分を削らないこと。
でも、誰かの話を聞くことは——
削ることになるのだろうか。
扉の向こうは、静かだ。
誰もいない。
ほっとする。
少しだけ、寂しい。
その両方が本音だ。
私は小さく笑った。
「……まだ、決めなくていいですね」
夜の灯りを“営業”にしなくていい。
義務にしなくていい。
来たら、考える。
来なかったら、眠る。
それでいい。
私は立ち上がり、ランプの火を少しだけ弱めた。
完全には消さない。
でも、全力でも灯さない。
そのくらいが、今の私にはちょうどいい。
階段を上がる前、振り返る。
店は静かで、やわらかい。
誰のためでもなく。
私のためでもある場所。
それを忘れなければ、大丈夫。
その夜、誰も来なかった。
私はぐっすり眠った。




