【3話】森の贈り物
からん、と鈴が鳴った。
午後三時。
陽がやわらぎ始める時間。
扉の隙間から、ふわりと森の匂いが入り込む。
「リゼル」
今日は、少しだけ誇らしげな声だった。
ミアの両手には、小さな布包み。
「これ、見つけたの」
そっとカウンターに置かれたそれを開くと、見たことのない淡い青色の葉が現れた。
細くて、光を受けるとほんのり銀色にきらめく。
「夜霧草。森の奥でしか育たないの」
「……綺麗」
「乾かすと香りが変わるの。リゼルなら、きっと上手に淹れられる」
期待と信頼が混ざった視線。
私は葉をそっと指先で撫でた。
「じゃあ、今日はこれで特別メニューですね」
ミアの耳が、ぴくりと動いた。
湯を注ぐと、青い葉はゆっくり色を溶かし、淡い藤色へと変わっていく。
立ちのぼる香りは、最初は涼やかで、あとからほんのり甘い。
「……森の朝みたい」
ミアが小さくつぶやいた。
私はカップを差し出す。
「本日限定、夜霧草のハーブティーです」
彼女は両手で受け取り、ひとくち。
そして、目を閉じた。
「……うん」
それだけ。
でも、充分だった。
その日、店には他に誰も来なかった。
特別メニューは、ミアのためだけ。
でも、それが不思議と贅沢に感じた。
「ねえ」
カップを見つめたまま、ミアが言う。
「リゼルは、どうしてここにいるの?」
まっすぐな質問。
少しだけ考えて、私は答えた。
「静かな場所が欲しかったから」
本当は、もっといろいろある。
前の世界のこと。
働きすぎた日々。
倒れた夜。
でも、それは言わない。
「ここ、好き?」
彼女が続ける。
「うん。ちょうどいい」
そう答えると、ミアは少し笑った。
「私も」
それからだった。
ミアが時々、小さなお土産を持ってくるようになったのは。
春には甘い森苺。
夏には爽やかな香りの葉。
秋には木の実。
冬には、凍らせても香りが消えない白い花。
どれも大量ではない。
両手に収まるくらい。
「見つけたから」
それだけ言って渡してくる。
私はそれで、期間限定の一杯をつくる。
メニュー表には書かない。
その日、たまたま来た人だけが飲める。
でも、たいていはミアしかいない。
「約束しなくていいの?」
ある日、私が何気なく聞いた。
次はいつ来る、とか。
何を持ってくる、とか。
決めたほうが楽かもしれない。
ミアは首を横に振った。
「森は、決められないから」
「そう」
「でも、来たいと思ったら来る」
真剣な目。
「リゼルがここにいるって、わかってるから」
胸の奥が、ほんのり温かくなる。
縛られない。
でも、信じている。
それだけで、充分なんだと思った。
今日も店を開ける。
特別なメニューは決めない。
何が来るかは、その日次第。
森がくれるもの次第。
そして、ミアが来るかどうか次第。
からん、と鈴が鳴る。
私は顔を上げる。
そこに立っていたのは——
「今日はね、すごいの見つけた」
少し得意げな、エルフの少女。
私は笑う。
「じゃあ、今日も特別ですね」
静かな町はずれの喫茶店は、今日も少しだけ、森とつながっている。




