【2話】森の友達
午後三時。
森の風が、少しだけ涼しい。
今日も《ゆるりの森》は静かだ。
からん。
扉の鈴が鳴った。
振り向くと、そこに立っていたのは、細身のエルフの少女だった。
長い淡い金髪。
透き通るような緑の瞳。
森の匂いをまとっている。
年は私より少し下に見えるけれど、エルフだから実際はわからない。
「……ここ、入ってもいい?」
少しだけ警戒した声。
「もちろん。営業中です」
少女は店内を見回して、小さく息をついた。
「静か」
「売りですから」
思わず笑うと、彼女の口元も少しだけ緩んだ。
注文はハーブティー。
湯気が立ち上ると、彼女は目を細めた。
「森の香りがする」
「庭で育ててるんです」
「……いい匂い」
それきり、しばらく沈黙。
でも、不思議と気まずくない。
彼女は窓の外の森を眺め、私はカウンターを拭く。
静けさが、ちゃんと静かだった。
帰り際、彼女は言った。
「また来てもいい?」
少しだけ、勇気を出したみたいな声。
「営業している日なら、いつでも」
曜日も、時間も決めない。
約束はしない。
彼女はそれを理解したように、小さく頷いた。
「……じゃあ、また」
次に来たのは五日後だった。
その次は、三日後。
来ない週もある。
ある日は森の話をしてくれる。
夜に光る花のこと。
小鹿が迷子になったこと。
古い大樹の洞の話。
私は前世のことは話さない。
彼女も、自分の家族の話はほとんどしない。
無理に聞かない。
聞かれない。
それでいい。
ある日、彼女がぽつりと言った。
「ここ、落ち着く」
カップを両手で包んだまま、続ける。
「森は好き。でも、森は広すぎる」
その言葉が、少しだけ胸に残る。
「ここは……ちょうどいい」
私は、なんとなくわかった気がした。
私にとっても、この店は“ちょうどいい”のだ。
広すぎず、狭すぎず。
縛られず、でもひとりじゃない。
「名前、聞いてもいい?」
ある日、彼女が言った。
「リゼルです」
前世の名前ではない。
私が選んだ名前。
彼女は少し考えてから言った。
「私は、ミア」
それだけ。
姓も、肩書きもない。
それで十分だった。
今日、ミアが来るかどうかはわからない。
でも、それが不安じゃない。
来ない日もある。
それでも、友達でいられる。
約束がないから、義務もない。
ただ、ときどき同じ時間を過ごす。
それだけで、心は少し軽くなる。
からん、と扉の鈴が鳴るかもしれないし、鳴らないかもしれない。
どちらでもいい。
私は今日も、ゆるりと店を開けている。




