第九十九話:信じたかった
「ハ、ハル姉、俺・・」
「ハク・・あなた一体どうしてここにいるの!?」
ハクが少しずつハルに近づき、声をかけようとした。ハルは少し怒った声で叫んだ。ハクはまさか姉がそのように叫ぶとは思っていなかったので、差し出した手がビクっと震えた。
ハルは下を向いてワナワナ震えていた。
「あなたは・・家族と一緒に過ごしていて、家族を守るために農作業に専念していると侯爵様から聞いたわ。なのにどうしてここにいるの?家族はどうなっているの?家族を・・見捨てたの?」
「ハル姉・・」
ハルはまだ信じたくなかった。一縷の望みをかけていた。自分は侯爵に騙されておらず、家族はガスティン侯爵家からの支援を受けていることを。そのことを信じるためには、なぜここにハクがいるのかを知らなければならなかった。
(そしたら私は裏切られていないし、家族は元気なはずよ・・!きっとハクが何にか我儘を言ってここにいるだけでしょう!)
ハルはキッとハクを睨みつけた。その視線にハクは少したじろぎながらも、自分の気持ちを叫んだ。
「俺だって!俺だって聞きたいよ!なんでここにハル姉がいるんだよ!俺だってハル姉が家族と一緒に過ごすために仕事をするように言われて来たんだ!なのにどうしてハル姉がここにいるんだよ!」
ハルも姉としての矜持があり、反論する。
「そんなことを誰に言われたの!私はそんなこと誰にも言われたことは無いわ!騙されたんじゃないの!?」
ハルが騙されたことを認めてくれないことに腹を立てたハクは勢いよく言った。
「ガスティン侯爵だよ!ガスティン侯爵に言われたんだ!ハル姉を村に戻すためには、俺が仕事をするしかないって言われたんだ!」
「!」
ハルは驚いた。けれど同時にどこか納得している自分もいた。そんなハルにたたみかけるようにハクは話し続けた。
「ハル姉・・俺、いや、俺等騙されているんだよ。俺・・本来ならここにいるはずがないんだ。ここに居れるはずがないんだ。」
「え・・?」
「俺は、ガスティン侯爵の考えでは・・もうすでに死んでいたんだ。この世からいなかったんだ。」
死んでいたという言葉に対してハルは何も言えなかった。
「俺、ハル姉が来る・・数か月前に失敗したんだ。ルイザ様の暗殺を。」
チラリとルイザを見る。ルイザは話を続けてとばかりに頷いた。
「・・俺たちが、俺たちの村が貧しいのはルイザ様の圧政のせいだと聞いていただろう?俺は侯爵に『俺たちが安心して暮らしていくには、ルイザ様を殺さなくてはいけない』と洗脳されていて、暗殺の計画に加わったんだ。・・勿論失敗して、牢屋に入れられたんだけど。」
「・・・」
「その時、ルイザ様たちと話して気づいたんだ・・いや、気づかされたんだ。俺は捨て駒で、必ず自死するように毒の丸薬を持たされていたのを。」
「え・・」
「最初は俺だって信じたくなかったよ。騙されていたことなんて。でも、目の前で見たんだ。俺が持たされていた丸薬を少量食べたネズミが泡吹いて死んでいくのを。」
ハクは牢屋の中で見た、ネズミの死体を思い出していた。あれは本来なら自分だった。
「その後、色々あってここに置いてもらってるんだけどさ。鍛錬してたら気づいたんだ。俺たち家族って少し特殊で夜目が効くから目をつけられて、こうやって暗殺者としてこき使われていたんだってやっとわかったんだ。」
ハクはルイザに命を救われてから数か月、鍛錬をしながら自分の特性について気づいていた。夜目が他者と比べて凄くよく効くことを。
話の内容に驚き、ついていけてない様子のハルに向かってハクは肩を掴んで言葉を区切り、頭の中に自分の言葉が入るように伝えた。
「ハル姉、色々話して困惑していると思うけど・・分かってほしい。俺を見て。」
「・・」
「俺たちは、騙されている。ハル姉、今考えている暗殺は、必ず失敗する、失敗したらハル姉は殺される。」
「!」
「そしてハル姉が失敗したら、次にここにやってくるのは・・きっと俺たちの妹だよ・・。」
「あ・・ああ。」
ハルは足元から崩れ落ちる様に座り込んだ。
信じたくなかった。自分がやってきたこと、やらされていたことは家族のためだったということを。騙されていたと知れば、どうして自分はこのような汚れ仕事をしなくてはならない?自分の精神を、体力を削って、ここまでやって来たのに。
「あ、あはは、やっぱりそうだったのね・・信じたくなかった。信じたくなかったわ・・。」
ハルは床に座り込みながら呆然と呟いた。
ハクはそんな姉に向かって手を差し伸べた。
「ハル姉・・俺と一緒に家族を助け出そうよ。」




